【Ex】森の本

 リノはそびえ立つ大樹を見上げた。

 枝をのばし空が見えないほど葉をしげらせている。濃い影かと思いきや川面の小石のような木漏れ日が降りそそいでいるから不思議でたまらない。

 大人三十人で囲んでやっとぐらいの幹には巨人の斧で割いたような太い縦筋がいくつもあった。そこには本や巻物が積み込まれ梯子が立て掛けられている。棚や梯子に落ち葉と同じ形が生えており大樹が望んで本を置いていることがうかがえた。


「わしとどっちが長生きかのぉ」


 隣に後ろ足で立つゲンは器用に腕組みをしている。細長い体躯はカワウソそのものだがアスパラガスのように真っ直ぐに立つ理由は謎だ。気が遠くなるほど生きた精霊だからだろうか。

 規格外に驚きよりも感心の勝るリノはすれ違った旅人の言葉を思い出す。


「本で本を買うことができるらしいよ」


 一冊納めれば、どんな本でも一冊買える。等価交換からかけ離れた譲渡に『買う』という表現がされるようになったと伝え聞いた。


「本がなかった場合はどうするんだ」

「書いた物語でも大丈夫なんだって。口で語るのもアリらしいよ」


 リノが指差した先には木のうろに本を納める人がいた。飲み込むように本が消える。


「精霊の類いだな」


 ゲンの言葉にリノも同意した。人の物差しで計ってはいけない。悠久を生きる彼らが価値を置くものはさまざまだ。

 お前は、と訊ねられ、リノは首を振った。


「本より食べ物がほしい」

「風情のない奴だな」

「だって、読むだけならタダらしいし」

「ケチな奴だなぁ」


 軽口を叩いたカワウソにリノは目をすがめる。


「そんな口を叩くゲンさんはご飯抜きね」

「殺生な!」

「精霊って何も食べなくてもいいんでしょ」

「食べる楽しみを味わって何が悪い」

「本を本で買う精霊もいれば食道楽する精霊もいる。世界は広いよねぇ」


 トゲのある言い方だな、と言われてもリノは気にしなかった。きにする価値がないほど、世界は広いのだ。



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