【EX】色粉の祭

「ゲンさん。私達、来るとき間違ったね」

「なんだ、気弱な。いつもなら、絶好の機会に来れたと目を輝かせるくせに」

「いやいやいやいや、お祭りだって聞いたから、取って置きのドレス着てきたんだよ? それが、あーっという間に虹色だよ?!」

「それはそれで、綺麗だぞ」

「ぜんっぜん! うれしくないから!!」


 宿を出て、外で朝食を取ろうとした一人と一匹が屋台を探している時に事件は起きる。

 栗色の髪にペリドットの瞳を持つリノは隣でとてとてと歩くカワウソ姿の精霊に、おかしくない?と声をかけたのは宿を出てそこまで時間はかからなかった。

 屋台が一台もなく、食堂も一件も開いていない。昨日はあんなににぎやかだったにも関わらずに、だ。通りには何かつまった袋を売っている店が幅をきかせている。中身を訊ねても、本気で言っているのかと手を振られて笑われた。

 祭りと聞いていたが、出店もなく白い服を着た人がやけに多い。

 リノが首をかしげていると、時を知らせる鐘が鳴った。周りの歓声に驚くと同時に、粉をかけられる。

 ぽかんと口を開けたままのリノは、色粉を思いっきり吸い、咳き込んだ。


「うぇ、なに、これ」


 嗚咽混じりに絞り出された声にゲンはカワウソ姿に相応しいつぶらな瞳を細めた。


「宗教の名前は忘れたが、他の女神に嫉妬した女神が泥を投げつけたことに由来して、色粉を投げつける祭があるらしいぞ」


 それを聞いたリノの反応は冒頭にさかのぼる。

 端的に言えば、道行く他人から、赤や緑、黄色や桃色、玉虫色みたいな色まで投げつけられた。確実にリノを狙っているものもあれば、狙いもなく一帯に撒かれたものをかぶることもある。

 一方のゲンは猫ほどの体躯も通らないほど込み合いに耐えかねて、リノの肩に乗った。器用に顔の周りだけ水の幕をはり、体が染まるのを楽しむ。

 大通りから脇道に逃げ込むまでには、元の色がわからなくなるまで染まっていた。


「ゲンさんだけ、ずるい」

「何がだ」

「私は顔まで壊れたステンドグラスみたいになってるのに」

「味があるぞ」

「そーじゃなくて! 口の中まで変な味がするぅうう」

「飲み水なら出してやる」

「うがいがしたいけど、街中じゃあ、ねぇ」


 そう言いながら、リノは通りの様子をうかがった。相変わらず、色粉の掛け合いが続く中、その合間に何かをあおる人々も見かける。頬が上気している様子から酒だと思われるのだが。


「この辺りって、あまり酒を飲まない地域じゃなかったっけ?」

「宗教の関係でそうだっただろう。……今日は解禁日なのかもしれないなぁ」

「うっわぁ、めちゃくちゃ酔うやつでしょ、それぇ」

「リノも飲めばいいじゃないか、最強になるだろう」

「………………………………赤の他人に説教ばかりして回るのは、ごめんよね」


 遠い記憶を眺めるように生気の薄い瞳が酔っぱらいを眺める。

 ゲンはとても不思議そうに小首を傾げる。


「楽しそうに説教をしていたではないか」

「いやいやいやいや? 記憶残るから、恥ずかしいんだよ? 人生の半分も生きてないような小娘が楽しく酔ってるおじいちゃんに正座させて、こんこんと説教とかありえないからね? すぐに逃げちゃうゲンさんみたいじゃないからね、みんな!」

「私を小者みたい言うでない」

「実際、頼りにならなかったのはどこのどいつだ、マイペース精霊!」


 まぁ、自分のペースは崩しはしないな、と妙なところで頷くゲンを相手することに疲れて、リノの肩はため息と共に落ちた。リノや、と声をかけられても、目線だけをやるだけでやっとだ。


「何か、香ばしい匂いがする」


 鼻をひくつかせるゲンにつられて、リノも匂いを探った。

 色粉の匂いばかりだが、確かに空いた腹にくるものが隠れている。


「行ってみようか」


 リノの口から自然に出た言葉にゲンも頷いた。

 入り組んだ道を進んでいくと、通りでは見かけなかった景色が広がっている。子供達だけで色粉かけあう微笑ましい場面や、日傘を差して、さも私達には色粉をかけるなといった老婆達の道端の会話。窓からリノ達の姿を見た年配の女性は今年も被害者が出たねぇと困ったように笑いながら、サモサを差し出される。どうしてくれるのかと訊ねれば


「祭の時は配り歩くもんなんだよ。いろんな人が配るから、それで機嫌をなおしてやってね」


 とリノの手にあたたかい包みがのせられた。

 割りにくいそれを少々こぼしながら、リノとゲンで半分ずつ食べる。食べ終わる頃にもう一つ、さらにもう一つともらった。豆が入ったもの、甘辛いもの、スパイシーなもの、それぞれ味も食感も違って家庭のあたたかさを感じる。

 腹も膨らみ、渡されるサモサを手持ち無沙汰にする頃にはリノの機嫌も上向いていた。大通りの喧騒から離れれば、いい祭だと思えてくる。


「リノ、上」

「うえ?」


 言われて見上げた先には目に突き刺さるほどの太陽だ。その端に影があると気付くのが遅くなったのは、目が慣れなかったため仕方がない。

 楽しそうな笑い声をあげる子供達がかけてくる。


「食らえ! 粉嵐トッファーン!」


 高らかに響く甲高い声は子供のものだ。

 声と同時に広がった粉が光を遮り、雷雲が立ち込めたように辺りは暗転した。色が混ざりすぎて、茶色とも灰色とも言えないような色に壁も道も人も染まる。

 そこで本来の色を保てたのは、精霊の顔だけだ。茶色の毛並みなので、特別輝いているということはなかったが。

 しばらくの静寂の後、泣き声が響き渡る。泣き声に恐れ入ったかと笑い声が重なり、説明を聞かずとも通りの惨状を目にした親達はほとんどを察した。


「ゲンさん、お願いがあるんだけど」


 一色で染まった顔はどこに何があるのか判別しづらい。その中で爛々とペリドットの瞳が燃えていた。

 ゲンがなんだ、と問えば、答えは簡潔なものだ。


「あの子捕まえて、お酒持ってきて」


 有無を言わせない口調に、やれやれと精霊は重い腰を上げて言われたようにしてやった。

 リノが地元の人と一緒に説教したことは言うまでもない。

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