旅のお話
【Ⅰ】初対面は水鏡
私、リルヴィノ・セラフィーナは決意した。
家を、セラフィーナ領を出ようと。
暮らしてきた場所を離れるのはさみしいけれど、仕方がない。二年前の日照りで土地がやせて、おばあ様の遺品の多くを売り払った。働き手の牛や馬も売った。山を掘って、魔石をかき集めた。それでも足りない。
なら、食いぶちを減らせばいい。行き遅れの私がここから出ていけば、お金に余裕もできる。その場しのぎかもしれないけど、結婚話がちゃんと結ばれる話の方が、ずっと先だろう。
私はいいと言ってるのに、相手が首を縦に振らないのだ。ほんと、失礼な話だ。
大人しく家を守るなんてできそうにもないし、旅に出るぐらいがちょうどいいんじゃないかしら。
一応は装飾品だからと残されたおばあ様の魔具も埃をかぶっている。すごく便利なものばかりなのに、ちゃんと使ってあげないのは宝の持ち腐れだ。
善は急げと夜が明けて間もない中で準備をはじめる。
身だしなみを整えようと、井戸から水を組んで
都に出れば、じゃぐちを捻るだけで水が出るらしい。まずは都に足をのばすのもいいかもしれない。
いい匂いのする食べ物に、きらきらと輝くおもちゃ屋のショーウィンドウ。それから、見たこともない機械や魔具。小さい頃のままで止まった景色はどんな風に変わっているのだろう。
胸の高鳴りが止まらない。
ばしゃりと洗面器に水を入れて、できた水鏡を見る。
茶色の毛に青い瞳。
「あれ?」
私の瞳は
瞬いても、変わらない。
「芽の出たジャガイモみたいだな」
青い瞳の茶色の塊が言った。もうひとつ瞬いて、やっと焦点が合う。胴が長いからイタチだと思う。話ができるから、たぶん、イタチの姿をした精霊。イタチの精霊なんて初めて見たけど。
じっと見つめられていることに気がついて、言葉の意味を考える。ちょっと想像がつかなくて訊いてみることにした。
「ねぇ、ジャガイモって何のこと」
「お主のことだが?」
小首を傾げたイタチが器用に顎をかいている。
私も合わせて首を傾げてしまった。
ははーん、とイタチは得意気に笑ってびしりと指さしてきた。
「茶髪にそばかす、焼けた肌に緑の目。土のついたジャガイモそっくりだ……いてっ、何をする!」
「失礼なイタチをこらしめようとしただけじゃない」
イタチの両手を左右それぞれに目一杯に引いた。
噛みつくようにイタチは吠える。
「失礼なのはどっちだ! わしはカワウソだ!」
これが一人と一匹の絵にならない出会いのお話。
*続くかもしれない。
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