第30話 最終試合

降霊術士の戦闘試験、最終の試合。

闘技場、目の前に居るのは同じく最終試合まで勝ち上がって来たイーナ・ダラスさん。

むーちゃんの古い知り合いで玄武、亀じじいが守護霊だ。

んん⁉︎ なんか王様の後ろに存在感半端ないデカイ守護霊が立っている。

あれは… まさかお父様の守護霊じゃ?

ここに来てたのか。

でもなんで王様と同じ所に居るんでしょうかお父様?

そしてデカイ守護霊に黒い物が巻き付いている。

良く見ると黒い大蛇だった首に赤いリボンを付けている…

あのセンスはお母様だね。

蛇の守護霊だったのか。

すると姉達も来ているはずだが… 見当たらないな。

違う場所に居るのだろうか。


「降霊術士、戦闘試験、最終試合!」


おっと、今はこっちに集中しないとな。

目の前には準備運動らしい動きをしているイーナさんが居る。

今日はすでに亀じじいを纏った玄武の鎧状態だ。


… さて、むーちゃん、頑張ろう! …


… うむ、あやつ相手なら私も力を解放しても良かろう …


… そうだね、むーちゃんの霊力に気圧される人達じゃ無いみたいだし全力で行こう …


… おそらく開始と同時に一気に向かって来る筈だ …


… そうなの? …


… 先の戦いで腑に落ちない所があったからな、あの猫も思考加速ができるぞ …


… あー やっぱりそうか、そうでなければ動きが遅くなる玄武の鎧を着てあの速さはできないよね …


… なに、私が霊力解放すればヒロミ殿の負担もなくなる。なんとかなるだろう …


… なんとかですか …


思考加速でむーちゃんと作戦会議をしている間もイーナさんがこちらを普通にチラチラ見てるしな。

向こうも思考加速してないと普通に振り向く事なんてできない。

思考加速を持ってるで決まりだね。


… では、ヒロミ殿力を解放するぞ …


… OK、解放したら思考加速も解除するね …


むーちゃんがきゅるんとした顔から真面目な顔になった。

その瞬間むーちゃんを中心に物凄い霊圧が広まる。

俺も思考加速を解除した。


「最終試合、はじ!!!  …め?」


むーちゃんの霊圧に怯えながらも審判が開始を宣言した。


「にゃー、またこの霊圧とんでもないにゃ!」


イーナさんが一瞬怯み出足が遅れている。

その隙に思考加速を発動させた。

イーナさんが思考加速を発動するまで0.1秒の間にほとんど動きの止まった世界を全力で移動する。

そのままドロップキックの体制でイーナさんの腹部目掛けて突っ込んだ。

まともにくらったイーナさんは場外に飛ばされて行く。


ドオーーーーン!


飛ばされて行くイーナさんが一瞬動いたかと思うと急に体重が重くなったように闘技場の床にめり込み止まってしまった。


「ふにゃ〜 危なかったにゃ!」


… 向こうの霊力はわかっておっただろう、臆するでないわ! …


 亀じじいが鎧のままイーナさんに檄を飛ばしている。


「あのタイミングはずるいにゃ!」


うーん、全然聞いて無い感じだな。実際にダメージゲージもほとんど減ってない。

玄武の鎧、固いな。


… 飛ばされた瞬間に思考加速が発動したようだな霊力で重さを変えて飛ばされるのを止めたようだ …


… 猫娘もあの重量に顔色一つ変えていないとは少々厄介かもしれんな …


 観客も突然闘技場が陥没した事に驚きざわついていた。


「速度じゃ勝てない感じにゃからこっちを試すのにゃー」


 そう言うと姿が消えた。

 縮地か?

 思考加速を発動し周りを確認した。


… うわ! …


 思考加速の世界なのに目の前からイーナさんが飛び出して両手に持った短剣で切り掛かって来た。

 思考加速の世界なのにすごい早い!


… 縮地の瞬間に思考加速をしたのだ …


 むーちゃんが作った捏紫ねし白月剣びゃっきけんで応戦する。

 速度はこちらが若干早いが二刀流のイーナさんは手数が多くほぼ五角の状態。

 そう思った瞬間、イーナさんが玄武の鎧を着ていない事に気がついた。

 嫌な予感がする…


 ガチャン!


 俺の手首、足首に緑の絡まりがはめられた。

 次の瞬間、とんでもない重さが手足に課せられる。

 思考加速も解けてしまっている。

 やばい、イーナさんに思考加速で来られたら!

 …あ、あれ? 普通に突っ込んで来てるな。

 どうやらイーナさんも思考加速できないようだ。


… ヒロミ殿、動けるか? …


… 思考加速は出来ないけど多分動けると思う …


… 猫娘の思考加速は玄武の補助が無ければ出来ないようだな …


… 今、ヒロミ殿には玄武によって思考加速が封じられている、玄武も封じながら猫娘に思考加速を補助するのは出来ないようだ …


… という事はこの手足の枷で動きを封じて倒す作戦だね …


「これで終わりにゃー!」


 ガキィーン!


… な、なんじゃと! …


「亀じじいに取り憑かれて何で動けるにゃ⁉︎」


 剣でしっかりとイーナさんの攻撃を受け止めていた。


「何でと言われても… これくらいの重さならまだ動けるかな」


 幼い頃からあのお父様の感覚で鍛えられていた俺は身体強化も行う事で超重量の枷でも動く事ができた。


「さすがに動きは少し遅くなるけどね!」


 ギャリーン!


「ゔぃにゃー!」


 受け止めたイーナさん剣をイーナさんと一緒に弾き返した。

 イーナさんが闘技場の端まで飛ばされギリギリで止まった。


「はぁはぁ、そんな華奢な体でなんて馬鹿力にゃよ…」


… あほ猫!さっさと動かんか!この者はほとんど枷が効いておらぬぞ! …


 イーナさんが動き出す前に場外に出せるか?

 イーナさんに向かい突進する。

 枷の超重量で踏み出す度に床に足が食い込むが沈む前に次の足を出す。

 忍者の水走りと同じ原理だ。

 まさか本当に出来るとは思わなかったが…

 しかも陸上で…

 突然、体が軽くなった!

 思考加速も出来るようだ。

 いつのまにか玄武の枷が無くなっていた。


「あ、これやばいかも!」


 軽くなった体は勢いを付けて場外にに向かっている。

 その先にイーナさんは既にいなかった。

 先に思考加速に入って回避したようだ。


… むーちゃん、どうしようか?このままじゃ場外にに出ちゃうよ …


… うむ、思考加速中とはいえ動いていた反動はそのままだからな …


… そうなんだよね、無理矢理止まると多分闘技場反動で吹き飛ぶかも …


… それなら上はどうだ? …


… 上か、でも上にはイーナさんが居るよね? …


… そうだな、向こうもお見通しのようだ …


… おそらく玄武の超重量で落下速度と威力を上げてくるだろう、あやつらが落ちて来ても闘技場は吹き飛ぶだろうな …


… 観客にも被害出るよね?一応結界あるみたいだけどあまり意味が無さそう …


… それもあやつらの計算の内だろう、ヒロミ殿がそれを許さず向かって来るのがわかっている …


 案外エグい作戦だな。


… しょうがないね、罠と解ってるけど行くしかないか …


… それともう一つある、玄武の鎧をどうにかしないと弾き返されて終わるぞ …


… それって難しいんじゃ? …


… まだやった事はないがヒロミ殿の全開の身体強化に今まで貯めた霊気を加えてはどうだ? …


… え、霊気って溜まってたの? …


… 本来の目的にはまだ足りないがヒロミ殿の力を底上げするには使えるだろう …


… それ使っちゃったら男に戻るの遅くなるのでは? …


… そこは心配しなくていい、使おうが使うまいが目的には全然足りないからな、今使った方が良い …


 男に戻れるのは当分先になりそうだ…


… わかったよ、どうすればいい? …


… ヒロミ殿は身体強化を全力ですれば後は私が霊気を付与する …


… それじゃ、行ってみますか! …


… 遠慮はいらない、あやつらに思いっきり行くのだ! …


 思考加速の中、こうして相談できるのはありがたい。

 実際にはこの会話に掛かった時間は0.01秒も掛かっていないのだから…

 まあ、話してる間体はほとんど動かず場外に向かって突進している状態だけどね。

 そんな状況から今度は上に向う。

 身体強化を最大にして踏み出す右足に集中する。

 そして横に進む反動を右足で上に踏み出し方向を変える。

 上で待つイーナさんに向かって飛んだ。

 なるべく闘技場を壊さないように慎重に踏み込んだが完全には反動を抑えきれなかったらしく踏み込んだ足場が爆発したかの様に崩壊してしまった。

 その分、上に行く力が減少したな…

 行けるかな?

 思考加速中でもそれなりの速さで上に向かっている。

 現実ではとんでもない速さだろう。

 地上から数百メールは上がっただろうか、上に緑色をした玄武の鎧を纏ったイーナさんが見えた。

 鎧が下で見た物とは違い厚みのあるアーマーの様に変化している。

 なるほど、あれが今までに傷も付いた事のない超々重量な鎧か…

 イーナさんは両手を広げて待ち構えているようだ。

 こちらは剣を構えているのに防御に絶対の自信があるんだな。

 こちらの攻撃を弾いてその隙に掴みかかりそのまま超々重量で落下するつもりだろう。


… ヒロミ殿、そろそろ行くぞ! …


… 了解! 思いっきり行くよ! …


 むーちゃんに作ってもらった剣。

捏紫ねし白月剣びゃっきけんを両手で構え、切っ先をイーナさんに向けた。


 身体強化MAXなんてあの修行最初以来だ。

 ゆっくり目を瞑り全身の力が大きくなるイメージをする。


 ドォオオオンー!


 上に上がる速度が更に増しどうやら音速を超えたようだ。


… さすがツクヨミ様が守護するお方じゃ!霊力もツクヨミ様に匹敵するぞい! …


… 亀じじいの鎧は絶対だにゃ!ツクヨミ様でもアマテラス様でも大丈夫にゃー! …


… いや、さすがにアマテラス様には敵わんぞ …


… そ、そこで嘘でも敵うと言うにゃ⁉︎ …


 なんか上で揉めてる気配がするな…

 むーちゃんの霊力が大きく膨らんだ感じがした。

 そしてそれが1箇所に集まっている。

 これが霊気だろうか?

 次の瞬間、燃え上がるように熱くなった。


「ウオオオォーー!!」


 耐えきれず思わず咆哮を上げていた。


… な! 更に増強するじゃと⁉︎ …


… 大丈夫にゃ! じじいは最高の守護霊にゃ …


 イーナさんは変わらず両手を広げ構える。

 むーちゃんに付与された霊気のせいだろうか?

 体が一際大きくなった感じがして力が沸いてくる。

 お互いの距離はもう100mも無いだろう、思考加速の中でもこの速度ならぶつかるまで瞬きする間も無いだろう。

 しかしその時ハッキリとイーナさんの声が聞こえた。


「お前、誰にゃー⁉︎」


 何それ?

 そう思ったがもう目の前にイーナさんが居る。

 今一度剣をしっかり構える。


 キーーーーン!!


 大きな音だがとても澄んだとても硬い物と硬い物がぶつかって放ったような音がした。

 構えた剣の切っ先がイーナさんの胸を守る厚い玄武の鎧にぶつかり止まっているのが見えた。

 そしてその後に…


 ピイーーン!!!


 先程のぶつかった音よりも高く澄んだ音がした。


… なんじゃと!! 儂の鎧に亀裂が! …


… にゃにゃー!! …


… いかん!このままでは子猫に剣が通ってしまう! …


 玄武はそう言うと鎧を更に厚く大きくした。

 その途端にその重さからか皆を巻き込み勢いをつけて落下し始めた。

 鎧は更に大きくなりさっきの倍位になっている。

 イーナさんはその圧力を受けたのか気絶しているようでピクリとも動かない。


… ヒロミ殿、まずいかもしれん玄武の混乱が予想以上だ。このままだと下にも被害が出る! …


「玄武様!落ち着いて下さい!」


 返事がない。


… 私も問い掛けているが反応がない、強化した鎧に意識を持っていかれているようだ …


… もう、しょうがないないな! …


 鎧に先端が刺さった剣を引き抜きイーナさんを抱き抱える。


… どうするのだ⁉︎ …


… むーちゃんは着地した時に周りに被害が出ないように結界をお願いできる? …


… できるが、そのまま着地するつもりか? …


… 凄まじい重量と速度で無事ではすまぬぞ! …


… 大丈夫だよ、なんとかなると思う …


 なんとなく諦めでもやけっぱちでもなく何故か思った。


 これくらいなら大丈夫… と。


… ヒロミ殿・・・ ヒロミ殿がそう言うなら私は結界に集中しよう …


… ありがとうむーちゃ・・・ ツクヨミ様 …


 そして大丈夫と思う気持ちの一つにリーン姉様の気配も感じていた、まるで背中から抱き締められているような暖かい気配。

 下から見守ってくれているのがわかる。

 それに加えてなぜかアマテラスの気配もリーン姉様と同じく感じていた。

 自称神様もさすがに来てくれたのかな…

 地面が近くなって来た。

 重くなったイーナさんを抱えて落ちる速度は思考加速の中でさえ普通に落下する速度以上になっていた。

 現実世界では音速は軽く超えているだろう。

 地面に衝突する時が来た。

 なるべく衝撃を和らげるように猫のようにしなやかに着地するイメージをする。

 猫思い浮かべ何故かイーナさんの猫耳を思い出してほんわりとしていた。

 そして右足の先が地面についた時…



 世界が止まった…



 それは自分のみ自由を許された世界だと理解できた。

 ツクヨミ様、創造神アマテラスでさえ止まっているのがわかる。

 世界で動けるのは自分だけ…


 

… その真魂を持って良き出会いがありますように …



 誰も居ない世界でその声は微かだがハッキリと聞こえた。

 そうだな、自分の人生一人で終わるのだと思っていたら異世界に飛ばされて…

 女になって…

 沢山の出会いがあったな。

 特にシャリーンとの出会いは今では運命を感じる程になっている。

 この先どれくらい一緒に居れるかわからないができれば男として彼女の側にありたい…

 その為にもこんな序盤なピンチはさっさと回避だ。

 イーナさんからそっと離れてみる。

 イーナさんはそのまま止まったままだ。

 俺自身も少し地面から浮いている。

 地面に降りるイメージで左足を前に出してみた。

 左足は闘技場の上に届いている。

 そのままゆっく闘技場に降りる。

 その時に今まで重く圧し掛かっていた力から解放された。

 もしかして落ちてきた反動を無くす事ができたのか?

 確かめるように浮いているイーナさんに近づきそっと抱きかかえる。

 そのままゆっくり横に動いてみる。

 するとイーナさんからも感じていた反動がスッと消えた。

 どうやらこの世界は時が止まっているだけでなく作用している反動や力を自由にできるらしい。

 そして自分の腕を見て気がついた… 

 俺、男に戻ってる!!

 

 



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笑って降霊術! ~ 降霊術に笑顔は必要ですか⁈ ~【連節-太陽節】 りるはひら @riruha-hira

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