第38.5話 『父と息子の罪と罰2』
「シャシャシャシャシャッ!」
「ぬぅぅぅ」
恐ろしいほど鋭く、強烈な斬撃。
以前戦ったバンズと違い太刀筋に乱れはなく、むしろ洗練されている。力に溺れず、鍛錬を怠らなかった証だ。
なのになぜかな。
その生真面目さを褒める気にならないのは。
「ガインよ……」
一瞬蘇った幼き日の姿を振り払い、盾を押し込み剣を振るう。
「ぬおおおっ!!」
「おっと」
素早く跳び退き、躱されてしまった。
「おいおい、マジでジジイかよぉ~。まだまだ強いなんて、さすがは親父殿だぜぇ~」
「はあっ!」
頭上で声がしたかと思うと、空を断つクナイの雨がガインに降り注いだ。
「おおう!?」
器用に避けていく息子を絶え間なく襲うのは、険しい顔のメイであった。
「メイ! 手出しは」
「させていただきます! ガイン様がこうなってしまわれたのは、教育係であった私の責任でもあります!」
言い切るや否や、煙のように姿を消す。
たしかに、生まれたときから側におったメイにとっても、ガインの行動は他人事ではないか。
長年共に過ごしながら今さら気づくとは、儂は本当に大馬鹿者だ。
「せぇ!」
「はっ!」
背後に現れたメイの一撃を防ぎ、ガインはニヤリと笑った。
「メイ~、お前も久しぶりだなぁ~! 少し老けたけど、やっぱりそそるなぁお前は~。餓鬼の頃から、何回お前で抜いたか分かねぇぜぇ~」
「……女性の年齢と見た目を茶化すなとお教えしましたよね? それに」
柄を握る手を踏み台に跳び、空中で印を結ぶ。
「下品なことを言う殿方は、嫌いだとも言ったはずです」
辛うじて見えた印の種類に、儂は咄嗟に盾を構える。
それは忍びとしてのメイが使う、最大火力の忍術であった。
「忍法
大口を開けた歪な大蛇が鎌首をもたげ、一瞬でガインを咥えこんだ。
瞬く間にとぐろを巻いた蛇は動きを封じ、カッと目を見開くとファイアボール三〇〇発にも匹敵する爆発を起こした。
「ぬぅ……相変わらず凄まじい」
周囲の人々が逃げていてよかった。
遠く背後で覗き見る野次馬はおるが、とばっちりを受ける距離ではなかろう。
「ヒャハハ」
聞こえた乾いた笑い声。
爆炎から飛び出したガインは、たちまちメイの懐に入った。
「馬鹿な!」
「ほぅら!」
跳び退きクナイで防いだが、振り上げられた魔剣の剣圧に弾かれてしまった。
服が破れ胸部が晒され、決して浅くない太刀傷が入る。
「ヒャハハハハハ! 風呂覗いて見てたもんが目の前に! でもよ~……昔ほどそそらねぇな~」
下劣な笑みを浮かべつつ、その目は冷たく冷酷だった。
「死ね」
躊躇いなどない一撃。
共に過ごした記憶など、彼方に捨て去っているのだろうか。
「させんわ!!」
だからこそ甘い。
胸に視線を取られ、踏み込みが半歩足りない。
冷静に周りを見ていれば、儂の接近も分かったはずだのに。
「っち! 邪魔すん」
「お仕置きは終わってませんわよ」
靴のつま先から飛び出した刃で、メイが肩を突く。
怯んだ隙に、化身を宿した一刀を繰り出した。
「ぐおおおう!」
体を捩って直撃は免れたが、メイよりも深い裂傷を与えることができた。
「大丈夫か」
「えぇ。この程度、まだやれますわ」
目は闘志を失っておらんが、息は荒く血も流れ続けている。
破れた衣服を巻いて止血をしたが、どこまで保つか。
「もう少し踏ん張れ。あやつのダメージも」
「ヒャハハハハ」
ガインが笑いながら、意味深に傷を見せつけてきた。
今付けたばかりの傷が、みるみるうちに癒えていく。
「そんなっ!」
「……その魔剣は、まだ辛うじて封印の内にあるはず。その回復力はなんだ?」
「気になるか? そうだよなぁ~、見せてやるよ。これのおかげさ~」
得意げに眼帯をめくり、ライオスが奪った右眼を晒してきた。
右眼はない。貫くところを、儂もこの目で見た。
だが、その代わりに。
小さな魔剣が、虚の中に収まっていた。
「馬鹿な! なんということを! お前は、二つの魔剣に手を出したというのか!!」
「そうだなぁ~、プレシィオって魔剣もあったが、このカルノが喰っちまったからなぁ~」
こちらの驚きようが楽しいのか、また無邪気な笑いを見せた。
「この右眼の魔剣はアノマロカリス。こいつのおかげで、あのとき生き延びたんだぁ~」
誇らしげな右眼で、魔剣が不気味に動いた。
「崖から落ちた俺を、あの悪食が食ったんだ。丸呑みでよぉ~、意識取り戻したときは腹の中。そこで見つけたんだよぉ~、突き刺さってたこいつをなぁ~」
本来眼球があるべき場所を、指で乱暴に叩く。
「抜こうとしたら肉体乗っ取ってこようとするからさ~、右眼代わりにしてやるって抵抗したんだよ~。そしたら上手くいってさぁ~、今じゃこいつのおかげで風邪ひとつ引かねぇよ。笑えるだろぉ~? 長年災厄とか言われてた悪食が、ただ魔剣を飲み込んでたアホな鯨だったんだぜ~。ビビりまくって近づいてなかった国の連中は、最近いなくなったことに気づいたらしいけどなぁ~」
アルケの冒険者の話で悪食の消滅が確認されたと聞いたが、まさかガインが原因だったとは。
「……悪いことは言わん、ガイン。その魔剣カルノだけでも手放せ。それならまだ間に合う!」
儂の言葉が意外だったのか、ガインは目を丸くした。
「なんだよぉ~、今さら俺のことが心配ってのか~?」
「そうだ。あぁ、そうだ! 儂がお前にやってきたことをすべて謝る! お前がそうなってしまったのは、すべて儂のせいだ!」
いつぶりだろう。
こうして、ガインのことをまっすぐ見るのは。
「これ以上罪を重ねるな! お前の罪は儂の罪だ、共に償おう。この老体が朽ち果てるそのときまで、儂はお前の罪滅ぼしに生きよう!」
もう伝えられぬと思っていた言葉。
もう会えぬと思っていた息子。
何の因果か奇跡が起き、こうして想いを伝えることができている。
ならば、ならばこそ。
もう訪れぬだろうこの機会を、無駄にしてなるものか!
「親父殿……」
「きっとモニカも……母さんも見守ってくれる。母さんは最期まで、お前のことを想っていた。息を引き取る直前、母さんは家族全員の名を口にした。メイドはもちろん、お前の名もだ。ありがとうと、言っていたんだぞ!!」
「ほ、本当か?」
顔を押さえ、ガインが震える。
そうだ、知ってくれ息子よ。
罪を犯し、世間では大罪人と呼ばれ、死んだとされていたお前を。
母は最期まで、愛していたのだ!
「母上が……俺に、ありがとうって?」
「そうだ! お前を」
「ヒャーッハハハハハ!!」
おい、なぜだ。
なぜ、今、そうやって高笑いする。
「なにを……笑うことがある」
「だってよぉ~、こんな間抜けな話ないぜぇ~」
「間抜け……だと?」
言っている意味が分からない。
「だって、あのババア殺したの俺だもん」
「……は?」
さっきから、こいつはなにを言っている?
モニカは、原因不明の病気で死んだのだ。
そのはずだ、間違いない。
「あー、あのババア誰にも言わなかったんだな~。俺さ、ババアに手紙書いて送ったんだよ。そこに呪詛書き連ねてたんだけど……あ、そうか! 普通の手紙に見えるように細工したんだっけ! きっと、俺が孝行息子に思えるような文面だったんだろうなぁ~。ババアの病気、薬草とか全然効かなかっただろ? 俺の呪いだったからだよ!」
誰か教えてくれ。
この胸に渦巻く感情はなんなのだ。
怒りか、悲しみか、恐怖か、絶望か。
誰か教えてくれ。
儂は今、どんな顔をしている。
「普通そこまで効かなかったら、呪いも疑わねぇかぁ~? あ、そうか。ババア、周りから慕われてたんだっけ。でも残念でした~! 息子に呪われてました~! ヒャハハハハハ!」
「どうして……そこまで……」
いつも毅然としているメイの声が震えている。
「あぁ? そりゃあそうだろ。俺はすべてが憎いんだ」
魔剣を舐め、ガインが儂を見た。
「俺はずっとあんたらの言うとおりにしてきた。なのに、殺そうとしてきた。逃げながら意味分からなくてよ~、でも崖から落ちてるとき悟ったんだぜ~」
我が子ながら、なんと醜い笑顔か。
「この世界が俺を嫌ってるんだってなぁ! そしてその筆頭が家族だったんだ! だから人生上手くいかねぇし、つまんねぇし、殺される。だったら、殺られる前に殺っちまえばいい! で、滅びの欠片とも呼ばれる魔剣に手を出したんだ。嫌われ者同士、よく馴染んでくれたぜぇ~? でも、それ以外にもいろいろしたんだ」
体が動かない。
全身の血が、冷たく凍ってしまったようだ。
「魔物拉致って実験してさ~。濃い魔素入れまくって成長速度いじったり、人間と混ぜたやつ作ったりなぁ~。マテリアル・スネークは糞弟に倒されたし、バル・モンキーは生意気に逃げ出したけど、ちゃんと全部見てくれたんだろぉ~? 俺すごいよなぁ~?」
そうか、全部ガインの仕業だったのか。
子どもが遊びを考えるように、そんなことを考えていたのか。
「なぁ、褒めてくれよ親父殿~。あんたら殺すために、すっげぇ苦労したんだぜぇ~?」
「……そうか」
すべて分かった。
儂はとんでもない者を生み出してしまった。
もはや、あとには引けない。
贖罪の方法はひとつしかない。
「ガインよ」
胸に渦巻いていたものは腹に収まり、覚悟が決まった。
「これ以上、ローガン家の名を汚すことは許さん! これ以上、命を奪うことは許さん! これ以上、罪を重ねることは断じて許さん!! 全身全霊を以って、儂が貴様を倒す!!」
全盛期にも劣らぬ闘気が、戦士の姿に変わっていく。
燃えろ、わが命。
ここで潰えても構わぬ。
だが、必ずガインは止めてみせる。
これ以上の勝手を許せば、他の家族にまで生き辛い思いをさせるだろう。
すべての責任を背負う老いぼれとして、孫の未来にこの遺恨は残しはせん!!
「……なんだよ……やっぱりかよ……なら死ねえええええええええええええ!!」
狂った瞳に狂ったオーラ。
なのに体に染み付いた構えは乱れず、剣はブレていない。
本当に、本当に。
「この愚か者があああああああああ!」
盾を地面に突き刺し体を支え、切っ先を向けた。
同じ構えを取った化身から、高まる闘気が迸る。
これぞ儂が守護の剣と呼ばれし所以。
若かりし頃、一撃にて敵軍を退けた最強の技。
「
突き出された巨大な光の剣。
相手が魔剣でなければ、一瞬で勝負はついていただろう。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
光の刃の中で、必死に耐える黒い影。
しかし抵抗虚しく、その姿は霞んでいった。
「この……このおおおおおおおっ!」
生まれた衝撃波で白髭山を覆う湯気が晴れてしまった。
代わりに巻き上がった土煙と吹き出した源泉が、静かに辺りを包んでいる。
「……ダイン、様」
背に庇っていたメイに名を呼ばれたが、振り向くことができない。
変わり果てた息子が立っていた場所から、目が離せなかった。
「……ガインを殺したのは儂だ。ライオスではなく、な。これからは儂がすべてを背負う。同じローガン家であろうと、他の者にはなんの罪もない……あの子も、儂が」
「ヒャハ」
信じられないほど禍々しいオーラが、周囲のものを吹き飛ばした。
手応えはあった。
如何に再生能力があろうと、魔剣ごと滅したはずだった。
なのに、なぜガインが立っている。
「ヒャハハハハハハハ! ありがとうよ〜親父殿〜。封印解くには、血肉の他に大量のエネルギーが必要だったんだけど、おかげで解決したぜ〜!」
かつて見たバンズの魔剣とは、比べ物にならない力。
化身ではないが、ガインの背後に悪しき存在が見える。
「これが上位魔剣カルノの、本当の姿だぁ〜!」
纏うオーラに触れた瞬間、大地や空気でさえ赤黒く染まり、生命力を失った。
まるで、喰われているようだ。
「さぁ〜て、全力でやってみようかな〜……逃げようと思えばできるけど〜、親父殿はしねぇよなぁ〜」
ハッとして背後を見る。
奴の力がどれほどかは分からんが、高位魔法にも匹敵するかそれ以上ではあるだろう。
その予想が当たっていれば、後ろの人たちは消し飛んでしまう。下手をすれば、離れたアルケの町にまで被害が及ぶ。
「ダイン様!」
「下がれ、メイ!」
やるしかない。
この老いぼれの命、すべてを注ぐ。
「ヒャハハッ」
刀身に集中した魔剣の力は恐ろしいほどだ。
しかし、引くわけにはいかん。
「
あとのことなど知らぬ。
出せるすべてを絞り出せ!
「ぬおおおおおおおおおっ!!」
「ヒャッハアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ぶつかる生命と悪しき波動。
どちらが強いかは一目瞭然。
我が化身にヒビが入り、押され始める。
しかし、それでも。
「ガイ……ン」
モニカよ、我が最愛の妻よ。
愚かな儂に力を。
ほんの少しでいい、お前の愛を分けてくれ。
罪は儂が背負う。
地獄には一人で落ちよう。
だから、どうか頼む。
あの子の目を覚ますことのできる力を。
あの子の踏み外した道を正してやる力を。
あの子を狂った苦しみから救える愛を。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
痛みも恐怖もなにもない。
儂の目の前には、ガインの。
優しい眼差しが見えていた。
――――
「ダイン……様」
あまりの衝撃に目の前が霞む。
傷は痛むが、そんなことは言ってられない。
守るべき主が、死力を尽くして戦ったのだ。その決着をローガン家に仕える者として、私は見なければならない。
二つの巨大な力は衝突したのち、爆発した。今は不気味な静けさが漂っている。赤黒く染まった視界に、光の戦士の姿が見えた。
「あれは、ダイン様の化身!」
よかった、勝ったのだ。
ダイン様は最強のお方。
魔剣の力は強かったが、正気を失ったガイン様が敵うはずない。
あの方が負ける姿なんて、想像できない。
「ダイン様、ご無事……で」
近づく足が止まる。
違和感に気づいてしまった。
嗚呼、嘘だ。
どうして、なんで。
化身に首がないの!
「ヒャハハッ」
不気味な笑いが聞こえた。
「あ……」
見えた光景に体が動かない。
私にとってまるで悪夢。
想像したこともなく、死んでも見たくなかった瞬間。
ダイン様の生首を掲げ、狂い笑う男の姿があった。
「いやあああああああああああああああっ!!」
「泣くなよメイ。すぐに同じとこに送ってやるからよぉ〜」
切っ先を向けられても、悲鳴を止めることはできなかった。
ダイン様と同じところに行ける。
その言葉に、魅力を感じてしまった。
「きゃあ!」
そのとき、崩れかけていた化身が動いた。
腕を振るい、私の体を吹き飛ばしたのだ。
「マジかよ! 首ないんだぜ? ヒャハハッ、しぶとすぎるだろぉ〜!」
嗚呼、遠くにいってしまう。
仇が、主が。
愛する人が。
「ダイン様ああああああああ!!」
投げ出された空で聞いたのは、ガイン・ローガンの高笑い。
誰かに受け止められた感触を最後に、私は気を失った。
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