第36話 『封印の巫女』

「水、換えてきたぜ」

「ありがとう、ケイン。そこに置いといて」


 水が入った桶を、クズハのそばのテーブルに置く。

 イビル・ワイバーンを倒した俺たちは、ミアを抱えて近くの村に向かった。小さな村で宿屋もなかったが、事情を話すと村長の家で空いてる部屋を貸してもらうことができた。なんでもミアの村とは交流があったらしい。

 

「あの村はツノ村といってな。この子のことも、小さい頃からよく知っとるよ……村の若いもんに、様子を見に行かせよう。それから……シアを埋めた場所を聞いてもよろしいか? こちらで引き取ろう」


 腰の曲がった人の良さそうな村長は、悲しげな目で言った。

 疲れを感じていた俺たちは好意に甘えて休みつつ、ミアの看病をしながら男衆の帰りを待っていた。


「様子はどうだ?」

「変わらないわ。いったい、なにがあったのかしら」


 静かに眠る褐色の少女。

 見れば見るほどシアに似ているが、明らかに違う点がひとつある。

 全身に刻まれた刺青。

 意味があるんだろうが、俺たちには分からない。ティアさんの魔除けの刺青と違って本にも載ってないくらいだから、伝統的な紋様だろうか。


「失礼するよ。きみたちも少し休みなさい。ほら、お菓子をお食べ」


 杖をついた村長が部屋に入ってきた。

 手には、煎餅みたいな菓子の袋が握られている。


「わぁ! ありがとうございます!」

「ウキャキャ!」


 黒染めで変装したゴクウも出てきて、三人でお言葉に甘えた。


「日が暮れる前には、若いもんも戻ってくるじゃろう。最近はワイバーンが凶暴になって困っとったんじゃが、きみたちのおかげでそれも解決した。まさか、イビル・ワイバーンがいるとは驚いたがの。さすが剣聖様の弟子じゃ。改めて礼を、本当にありがとう」


 深々と頭を下げ、村長はお礼を言ってくれた。


「いえ、そんな」

「当然のことをしただけです」

「ウッキャキャ!」


 せっかく俺が慣れない謙遜をしたのに、クズハとゴクウはドヤ顔で胸を張りやがった。


「ほっほっほ。じゃが、一番感謝すべきはその子を助けてくれたことじゃ。その子がいれば最悪の事態は回避できる。森の様子を見るに、少なくともアレは無事じゃろうて」

「アレって?」


 村長は椅子に座って、俺の疑問に答えてくれた。


「ツノ村は別名、封印の里と呼ばれておっての。昔から、とある魔剣を封じておるんじゃ」


 魔剣と聞いた瞬間、バンズの狂った笑顔が浮かんだ。


「魔剣にも様々あるが、中でも強力な上位魔剣と呼ばれるものらしい。わしもよそ者じゃから、詳しくは知らんが。シアとミアは先祖代々続く封印の巫女なんじゃよ。その子の体に刺青があるじゃろ? それには、魔剣の力を抑える能力があるんじゃ」

「ちょっと待ってください」


 内容が引っかかって、話を止めた。


「二人とも巫女なんですか?」

「そうじゃよ。わしが見ても分からんが、シアが死んだのならその分の刺青もミアに移って」

「シアには刺青なんてですよ?」


 俺の言葉に、村長は目を見開いてわなわなと震え出した。

 顔がどんどん青ざめていく。


「なんじゃと? なら……命を落とす前に、封印の力を失っていたということか……」

「だとしたら、なにかマズいんですか?」


 深く息を吐くと、クズハの質問に答えてくれた。


「ミアに……封印が移らんということじゃ。今、魔剣は不完全な封印となっている」

「そんな! 調査に行った人たちは大丈夫なんですか?」

「……あちらの村長に聞いたことがある。二人の巫女は、本体の封印と能力の封印に分かれておると。仮に前者が無事なら手に取ること叶わず、後者が無事ならただの剣と変わりない。シアが本体の封印だったのなら、今すぐの被害はないじゃろうが、わしにはなんとも……ミアが起きてくれればのぉ」


 ベッドの少女へ視線が集まる。

 穏やかな寝息で、静かに眠っている。


「あああああああああああああっ!!」


 が、突然悲鳴と共に跳ね起きた。


「ど、どうした!?」

「落ち着いて、大丈夫だから!」


 取り乱し、涙を流して叫び続ける。

 俺とクズハで押さえるが、華奢な見た目のわりに力が強い。

 そして熱い。

 まるで熱湯の入ったコップみたいだが、熱を持ってるのはミア自身じゃない。

 

 全身の刺青が俺たちを拒絶するように光り、熱を発していた。


「おぉ……封印が……」


 茫然とする村長が呟いた。

 眩しく熱い光は、徐々に消えていく。そして、再び現れた紋様は薄まり消えかかっていた。


「どういうことだ」


 なにが起きてるのか分からない。

 でも、ヤバいことなのは直感で感じ取れた。

 なんとか落ち着いたミアは、汗をびっしょりかいて荒い息をしていた。周囲と俺たちの顔を、何度も見る。


「ここ……は? あれ……外の村の村長さん? あなた……たちは?」

「わたしはクズハ・ナインテイル。こっちはケイン・ローガンで、この子はゴクウ。はい、お水飲んで。味方だから安心して」


 ぼーっとした様子だったが、ミアは差し出された水を素直に飲んだ。


「大丈夫?」

「は、はい。あの、私はミア・ハルメイと申します。えっと、ツノ村ってところ……で……」


 律儀に自己紹介を始めたミアだったが、途中でなにが起きたのかを思い出したようだった。

 頭を抱えて、ぶるぶると震え出す。


「あ……ああ! そ、そうだ、そうだった……村が、おじちゃんが……封印……お姉ちゃん、シアお姉ちゃんが!!」

「落ち着け。大丈夫だから」


 痛々しくて見てられなくて、咄嗟に頭を撫でた。

 気休めにもならないと思ってたけど、意外にも効果があった。顔を上げて俺の目を見つめたミアは、もう震えていなかった。


「もしかして、狼さん?」

「え?」


 そういえば、シアも同じようなことを言っていた。

 なんだよ、そんなに狼に似てるか?

 獣人がとなりにいるのに、そりゃねぇぜ。


「あ、あのね。わたしたち、シアに頼まれてあなたを助けたの。話を……聞いてもらえる?」

「……はい」


 表情は暗いままだが、ミアはハッキリと返事を返した。


 クズハの説明を黙ったまま聞き終わると、静かに涙を流した。


「お姉ちゃん……私……私っ……」


 今度はクズハが抱きしめて、涙を拭いてやった。


「あのさ……話しづらいかもしれないけど、なにが起こったのか教えてくれないか?」

「はい……お話します」


 ミアは深呼吸をして、ゆっくりと語り始めた。


 森での悲劇とその元凶を。


――――


 私は朝から、姉といっしょに村はずれの丘へ遊びに行っていました。

 占いに使う絵札を持って、お互いを占っていたんです。


「じゃ、ミアの占い結果を発表しまーす!」


 先に、シアが明るい声で言いました。


「今週のミアは……別れ、試練、牡牛、力、運命、出会い、狼」


 占いは初めに七枚のカードを引いて、そこから導かれる物語を口にします。


「大切な人との別れが来る。そして、逃れられない牡牛の試練がやってきて、力が必要になる。でも、あなたを助けてくれる幸運の狼と出会うって。うーん、この絵は……緑色の目をしてる?」

「なにそれ怖いよ!」


 私は泣きそうになりました。

 シアの占いはあまり当たりませんが、無視はできません。


「あははは! 大丈夫だって! ちゃんと狼が助けてくれるって言ってるじゃん!」

「なんで狼なのよぉ~! ただでさえ別れとか試練とか怖いのに、助けてくれる人まで怖いの!?」


 私たちは双子ですが、性格は正反対でした。

 人見知りの私と違い、シアは誰とでも友達になれる明るさを持っていました。そんな姉が羨ましくも、大好きでした。


「さ、次はミアが占って! あんたの占いはよく当たるんだから! 最近ワイバーンも騒がしいし、そろそろ私にいい男が現れてもいいんじゃない?」

「そっちが本音でしょ? ったく」


 私もカードをめくります。

 今思えば、やめておけばよかったのに。


「今週のシアは……苦しみ、使命、血、願い、希望、別れ、死」


 全身が冷たくなる気がしました。

 私の占いは、本当によく当たるから。


「深い苦しみを味わう……己の使命を全うするために血の中を進み、願いと希望を託し、死の別れが……訪れる」


 何度も引き直しました。

 でも、何度やっても同じなんです。浮かぶ物語も、どれだけ明るいものにしようとしても変わりません。


「……そっか」


 なのにシアは、どこか達観した目をしていました。


「なにが『そっか』よ! こ、こんなの無効よ無効! 当たるわけがない!!」


 叫んで、カードを投げ捨てました。

 風に攫われて、森の中へ消えていきました。


「まぁ、今回ばかりは私も外れることを祈るわ。それより、カードどうすんの? あれしかないのに」

「いいもん。カーおじさんに買ってきてもらうから」

「あぁ……あの人」


 カーおじさんは、三年ほど前からツノ村に来ている冒険者です。

 怪我をしていたところを私が見つけて、治療してあげました。以来、村を魔物から守ってくれたり、遠くの町で買ったものを届けてくれるようになったんです。


「ずっと言ってるけど、なんか私は嫌いだよ。あの人」


 村中の人が慕っていたカーおじさんを、なぜかシアだけは邪険にしていました。


「ほんと珍しいよね。人好きのシアが、こんなに嫌うなんて」

「うん。なんか信用できない感じがあるのよね。胡散臭い……っていうか、親父臭い?」

「本人に言っちゃだめだよ?」


 気を取り直して遊ぼうとしました。


「ぎゃあああああああああああああああああああ!!」


 ですがそのとき、村の方から悲鳴が上がり黒煙が昇っているのが見えました。


「な、なに!?」

「村だ! 魔物が襲ってきたのかも。行くよ、ミア!」

「う、うん!」


 普段は結界が守っていますが、有事の際は私たちがその力を強め、魔物を追い払うことができるんです。

 だから、急いで村へ戻りました。


「え……」

「なに……これ」


 先程までいつもと変わらなかった故郷が燃え、魔物が我が物顔で歩き、みんなの死体が転がって、まるで地獄のようでした。


「守護者はなにしてるの!? ミア、とにかく結界を!」

「う、うん!」

「おーここにいたのか」


 背後から聞こえた男の声。


「カーおじさん!」


 私は喜んで振り向きました。

 でも、シアに突き飛ばされました。

 

 次の瞬間、大好きな姉は剣に貫かれました。


「う……あ……」

「……え?」


 なにがなんだか分からず、私は呆然とすることしかできません。


「馬鹿だな。どっちも殺すのに」


 カーおじさん。

 優しくて冗談も面白かったカーおじさんは、見たことないほど恐ろしい笑顔で言いました。


「な、なんで……」

「あんた……最初からこうするつもり……だったのね」

「あぁ、そうさ。シア、お前だけは心を開かなかったな。気に入らなかったぜぇ〜、だから今はいい気分だ」


 ゲラゲラ笑う声が不気味でした。


「俺の目的は最初からこいつよ」


 カーおじさんの手には、祭壇にあるはずの箱がありました。

 中身は、私たちが守るべきものです。


「魔剣カルノ! 警戒心の強い村の連中に取り入るため、わざと魔物に襲われて三年かかった。いやぁ〜、なかなか見つけてもらえなくて焦ったぜ。ありがとうな、ミア。お前のおかげだ」


 聞こえる言葉が、私には呪詛に思えました。

 

「お前は傷ついた俺に優しくしてくれたし、よく懐いてくれたな」


 一瞬だけ、大好きだったカーおじさんの顔に戻りました。


「心底気持ち悪かったぜ、クソガキ」


 次の瞬間現れたのは悪魔。

 いえ、あれは悪そのものです。


「はあっ!!」


 悪意の塊が迫る前に、私は黄色い光に包まれました。

 シアが最期の力で、結界を張ってくれたんです。


「シア!」

「生き延びてミア! これが私の使命、願い! 希望はあんたよ!」

「たいした生命力だな。巫女は伊達じゃねぇか。だがよ、余計なことすんじゃねぇ!」


 乱暴に振った剣から、シアが飛んでいきました。

 ゴミのように捨てられた姉は、すぐに見えなくなりました。


「お姉ちゃあああん!!」


 必死で叫びましたが、結界から出ることはできません。

 追うこともできず、ただ無力に見ているだけです。

 

「おっ」

  

 箱を縛っていた鎖が消えていきました。

 それはシアが司っていた封印。

 私は姉が死んだのだと思いましたが、生きていたのなら、きっと私の結界で力を使い果たしたのでしょう。


「あっちは物理的なほうだったか。これでやっと拝めるわけだ」


 取り出された魔剣は、禍々しく恐ろしい姿でした。

 あれをうっとりと眺めていたあの男の神経が、私には理解できません。


「私がいる限り……その力は使えない!!」

「いーや、方法はある。こいつは人肉が好きなんだ。新鮮な血肉をたっぷり吸わせてやれば、お前のチンケな封印なんざ破れる」

「どうしてそんなことを……」

「詳しいだろ? ただしまっていたお前らとは違うんだよ……ま、たしかに死んでくれたほうが早いか」


 吹かれた口笛に呼ばれ、不吉な影が空から下ります。

 村人の血を口から垂らす、イビル・ワイバーンでした。


「俺も忙しくてなぁ。魔剣さえ手に入れば、あとはどうでもいい。おい、この玉に入った女やるよ。食うなり遊ぶなり好きにしろ。死の飛竜なら、そのうち結界も破れるだろ」


 信じられませんが、イビル・ワイバーンがまるで笑ったんです。

 その様子があまりに恐ろしく、震えが止まりませんでした。


「じゃ、任せたぜ兄弟」


 私には目もくれず、あの男は歩き出しました。

 イビル・ワイバーンに咥えられた私は、その口から流れるオーラに当てられ気を失ったんです。


 最後に見たのは、滅びゆく村の様子でした。


――――


「……以上が、ツノ村と私たちの顛末です」


 爆発寸前の怒りが込み上げる。

 どんだけ非道なんだ、そいつは。

 俺も前世はクズだったが、その男は比べものにならねぇ。まるであのときの盗賊たちみたいだ。

 

「失礼します。村長、男衆が戻りました」


 メイドのおばちゃんが、重い空気を幾分軽くしてくれた。


「おぉ、そうか。わしは話を聞いてくるから、きみたちはここで待っていなさい。そうだ、彼らにお茶を。少しは落ち着くじゃろう」


 おばちゃんに指示を出して、村長は部屋を出ていった。


「辛かったわね……」


 クズハが抱きしめ、優しく頭を撫でている。


「……イビル・ワイバーンにも、雪玉獣と同じもんが刺さってた。その男がなにか企んでるのは間違いねぇ!」

「そうね。魔剣といい、ろくでもないことなのはたしかよ」


 ここにきて分かった真実に、俺たちは頷き合った。


「なぁ、ミア。その……そいつの特徴とか、教えてもらえるか?」


 まだ弱ってるミアに酷かとも思ったが、恐る恐る聞いてみた。


「そう、ですね。たぶん名前は偽名だろうから、似顔絵とか描ければ」

「ウキャー!!」


 ゴクウが興奮してベッドの上に飛び乗った。

 そういえば、こいつはあの注射器もどきになにかと反応していたな。


「どうしたゴクウ。なに持ってんだ?」

「ウキ!」


 手には見覚えのある紙が握られている。

 ゴクウは丸められた紙を広げて、ミアに見せた。


「あぁ、なんだ」


 となりのクズハが笑みを浮かべる。


「カルマの似顔絵ね。たしかに、そのくらい上手に描ければ」

「待てクズハ」


 ミアの様子がおかしい。

 顔が強張り、体中から恨みが滲み出ている。


「そいつです」


 震える指が、ぴんと伸びる。


「その男が村を襲い、魔剣とみんなの命を奪ったんです!!」


 睨みつける視線の先には、長髪で眼帯の義賊冒険者が笑っていた。

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