第34話 『剣聖の修業 化身武装』
「……ここ、は」
目を覚ますと、俺は岩山の洞窟に寝かされていた。
入口からの日の光で、夜がすっかり明けていることが分かる。
「ケイン!」
「ウキャイ!」
クズハとゴクウの声がした。
「待ってて! 今お師匠呼んでくるから!」
言われるがままにしていると、穏やかな表情の師匠が現れた。
話を聞くと、倒れている俺をゴクウが見つけてくれて、二日間死んだように寝てたらしい。
「クズハも……すごく……心配、してた」
「だ、だって、全然起きないし!」
「ありがとうな。ゴクウも助かったぜ」
頭を撫でてやると、嬉しそうに肩に乗ってきた。
「師匠、俺」
「……化身に会った、ね」
起こったことをすべて知っていたように、師匠は微笑んだ。
「明日……今までのおさらい……やってみよう、か……今日は、休んでね」
「は、はい」
「わたしもやっと修業に集中できるわ。これでも、あんたが寝てる間にかなり上達したんだから。待ってなさい、今日こそ合格もらってみせるから!」
なんだか気合いの入ったクズハは、師匠とふたり森に消えていった。
修業が始まって初めての休日。特にやることもなかったが、座ってるだけで自分の変化が分かる。
内側から広がるように、なにか熱いものが流れている。新しい血液が運ばれて、どんどん全身が作り変わっていく気分だった。
そして夜。
本当にクズハは全部の鳥を捕まえて、小太刀も合格をもらうことができた。
喜び跳ねるクズハは、改めて見ると初めて出会ったときと別人みたいな雰囲気になっている。体の大きさは変わらないのに、醸し出す空気みたいなものが分厚くて大きくて、惹かれる美しさが出ていた。
次は俺の番。
なんだか興奮して、あまり寝られなかった。
朝日と一緒に目が覚めて、剣と向かい合う。
この世界に転生した俺だけど、今はさらに生まれ変わったような晴れやかな気分だ。
「……化身の力が……馴染んでる……いい感じ」
後ろで師匠の声が聞こえたかと思うと、背中に鞘の一撃が飛んできた。
まるで、見ているみたいに分かる。
風耳流の、風を感じる動きができる。僅かな風圧や空気の流れを読んで、次々に繰り出される攻撃を避け続けた。
「……いいね……他のも、行ってみようか」
「押忍!」
寝起きのクズハとゴクウを残して、今での課題を終わらせに向かった。
手に取るように風を感じられた俺は、風耳流をクリアした。
大岩や自分の重心を理解し、重くも軽くも自由に操り鉱腕流をクリアした。
魔法以外では眠ったままの魔力を起こし、身体能力や威圧感の向上に使えた俺は、魔角流もクリアとなった。
「うん……これでケインも……全五大流派の基礎……すべて修了、だね」
「はい! ありがとうございます!!」
嬉しくてたまらない。
全部の流派を学べただけじゃない。武器の扱いや闘気まで高めることができたんだ。得たものは多いなんてレベルじゃねぇ!
「おめでとう、ケイン!」
「おう!」
「ウッキャキャーイ!」
岩山へ戻ると、クズハとゴクウが祝ってくれた。
「……ケインは、まだ終わりじゃないよ……」
そうだ、むしろこっからが本番だ。
「化身で……私と……手合わせ、する」
「押忍! 今度は剣を使ってもらいますよ! あと、化身の名前を聞くくらいは善戦してやりますから!」
「えっ」
師匠が目を丸くして固まった。
「なに言ってんのケイン。化身は化身でしょ? 名前なんてあるわけないじゃない」
「へ? そうなのか?」
「いや……ある、よ」
ビリビリとした気迫が、師匠から漏れ出ている。
顔はもう剣士のものになっていて、オーラの切っ先は俺に向けられていた。
「一般的に化身と呼ばれているものは……厳密には『化身顕現』と……呼ぶもの……化身を認識し……力を引き出す」
師匠は動かず、ゆっくりと語る。
「化身には……その先がある……化身に認められ……名を知り……力を我が物とする……その名も『化身武装』……」
「化身、武装……」
「そんなの、聞いたことないですよ?」
「当たり前……私が知るかぎり……一部の者しか使えない」
「一部って?」
「真武六修人」
今までで一番の武者震いがした。
師匠がおもむろに柄に手をかけると、ゆっくりと長刀の鞘が抜かれていく。
初めて見る剣聖の刀。
刃こぼれも汚れひとつもない、美しく鋭い刀身だった。
「ケイン・ローガン……見せてあげる……これが……剣聖の力……私の……化身武装」
鞘を捨て、師匠が構えた。
「
迸る闘気が光を生んだ。
ただでさえ洗練された気が凝縮され、形を作っていく。
瞬く間に、師匠の刀は神々しい白銀の装飾に彩られた。籠手や胸当てとか、他の装備もあるが触れた空気すら斬る刀が一番目を引く。
剣聖の名に相応しい、最強のひと振りだ。
「ケ、ケイン」
「いってくるぜ」
心配するクズハに親指を立てて、俺は進み出た。
修業の前なら、きっと戦う気すら起きなかった。
でも、なんでかな。
今は師匠相手でも負ける気がしねぇ!
『力が必要なとき、この名を呼ぶといい』
剣を構えて、あの狼を思い出す。
さっそく呼ばせてもらうぜ、もう一人の俺!
「
あいつの毛色と同じ光が溢れた。
すげぇ、本当にすげぇ。
信じられねぇほど力が溢れてくる!
「これが……俺の化身武装だ!」
刀身が光を放ち、新たな力を得た。
師匠のほうが剣は豪華だが、俺は全身が鎧に包まれている。フェンリルと同じ色の甲冑で、兜もあるみたいだけど自分じゃ見えないのが悔しいな。
「ケインケイン! こ、これ!」
と思っていたら、クズハが手鏡を見せてくれた。
「おぉ、カッコいい! 全体的に狼っぽいな。兜は頭の部分か」
「か、かっこいいと、思いましゅ……」
あのクズハがもじもじしてる。
これはマジでイケてんな。
「ようこそ……その領域に……じゃあ、やろうか」
「押忍」
クズハたちが離れると、お互いにオーラをぶつけた。
お互い構えて動き出すまで、瞬きよりも短かった。
「剣聖流剣術」
恐ろしく速い踏み込みと剣速。
でも見える、感じる、分かる、動ける!
半身で上段からの一刀を躱した。
空振りの一撃は、岩山どころか魔の森そのものに刀傷を付けた。
よし、いける! 振り下ろしの隙がある!
このまま反撃を叩き込め!
教えてもらったことを、すべて込めて!!
……いや、待て。
違う、思い出した。無理だ、反撃なんてしてたら殺られる!
初代剣聖は佐々木小次郎だ。
本当かどうかは分からんが、漫画で見ただろ!
燕を斬った小次郎の技は、こっからが本命だ!
「秘剣 燕返し」
ほら来た、もう躱せねぇ。
反転させた刃が、足元から斬り上げられる。さっきより速くて、今の俺でも見えやしねぇ。
でも風を感じて軌道を読め!
体幹固めて重心をズラせ!
闘気だけじゃなくて魔力も注げ!
全身全霊全力全開っ!
この奮い立つ気持ちを剣に乗せろ!!
「うおおおおおっ!」
無我夢中だった。
目の前にムラクモは迫っていて、衝撃波が生まれたばかりの兜に傷を付けた。
でも、刃は当たっちゃいない。
ギリギリのところで、俺の剣が防いでいるからだ。
「嘘……防御……されちゃっ、た……」
師匠は信じられないといった顔をしている。
俺だってもう一度やれなんて言われても、できる自信はない。昔、散髪屋に置いてた古い漫画を読んでてよかった。
「へへへ、止めましたよ。じゃあ、次はこっちのばいだだだだだ!」
全身の筋肉が千切れるかと思った。
あまりの痛みに、化身武装を解いてしまった。
「まだ……体が追いついて、ないみたい……全力出せて……だいたい十五秒くらい、かな……それ過ぎると……すごく痛い」
「だ、大丈夫? ケイン」
「こ、これはキツイ」
こんなに強いのに、たった十五秒か。
でも、これならほとんどの奴は一瞬で倒せるだろうし、これから鍛えていけば時間も延びるだろ。
「……でも、これでケインも……文句なしの合格……修業、終わり」
痛がってる場合じゃない。
立ち上がって、武装を解いた師匠を見上げる。笑っているけど、どこか寂しそうにも感じる。本当に、この人には感謝しかない。
「剣聖リリィ・ソードマンの名の下に……ケイン・ローガン、クズハ・ナインテイルの……修練終了を認める……手を出して」
師匠が手をかざすと、じんわりとした熱が手の甲に宿った。
剣をモチーフにした紋様が浮かんで、染み込むように消えていった。
「それが印、念じれば浮かび上がる……今後、剣聖の弟子を名乗って……いい」
師匠はおもむろに、俺たちの頭を撫でた。
慣れてないのか、少しぎこちない。でも、心から嬉しい手のひらだった。
「クズハ……妖力を極めるなら、ここから先は私じゃない……でも、教えたことを忘れないで……小太刀もきっと……道を切り開いてくれる」
「はいっ!」
クズハは泣いていた。
肩を振るわせて、少しも隠そうとしていない。
やめろよ、俺も釣られるだろう。
「ケイン……きみの力はすごい……でも、だからこそ溺れないで……力には責任が伴う……気高く、もっと強くなったきみと……もう一度会える日を、楽しみにしてる」
「はい!!」
言葉を聞きながら、泣くのを我慢できなかった。
焼き付けたい笑顔が、涙で歪んでしまう。
「これにて……修業を終える……お疲れ様」
「「押忍! ありがとうございました!!」」
森に響く声を出した。
腹から、魂から、出せる感謝をすべて乗せて。
「私は、このまま旅を続ける……三人はどうする?」
「うーん、とりあえずアルケの町に帰るかなぁ。兄貴待たせてるし」
「でもせっかくだから、ちょっと腕試ししたくない?」
尻尾を振るクズハの気持ちも分かる。
「なら……ここから南のカルノス火山が、オススメ……ワイバーンの巣がある……今のきみたちなら……二日で着くよ」
「ワイバーンか、見たことねぇな」
「行きましょう! あと何日か延びても、ムーサならなにも言わないって!」
ノリノリのクズハを説得するなんて出来る気がしなかった。
まぁ、俺も行くつもりなんだけど。
「じゃあ、気をつけてね……ティアにもよろしく……あ、ゴクウちゃん……これあげる」
「ウキャ?」
別れを惜しんで離れないゴクウに、師匠は磨かれた石の剣を渡した。
「魔物に印はできないから、作ってみた……ゴクウちゃんも……私の弟子、だよ」
「ウキャ~ンっ!!」
泣いて喜ぶゴクウの姿に、みんな笑顔になった。
森を出ると広大な草原が広がっていた。
俺たちは南に、師匠は東へと進む。本当に、ここでお別れだ。
「じゃあ、師匠もお達者で」
「またいっしょに蜜パン食べましょう!」
「ウキャキャキャキャ!」
「うん……みんなに会えて……よかった」
いつまでも名残惜しい気持ちが燻ぶる。
「ギョッギョ?」
そんなとき、南側にできた水たまりの中から二匹のハンギョノンが現れた。
笑ったクズハと目が合った。
進み出すきっかけに、ちょうどいい敵だ。
「よっしゃ!」
「いくわよ!」
「ウキャイ!」
魔の森の魔素からも解放された体は、三ヶ月前より遥かに軽い。
間合いは一瞬で迫り、見たくもねぇスネ毛の揺れまで認識できた。
「ギョン?」
すれ違いざまの一刀両断。
俺たちの動きにまったく反応できないまま、ハンギョノンは倒れた。
この一撃を別れに、振り返ることなく走り続ける。
でも、背中にはいつまでも優しい視線を感じていた。
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