第28話 『春風祭』
春の旅立ちに向けて、俺たちはクエストを受けまくった。
冬の討伐クエストは数は少ないけど危ないものも多い。でも、その分報酬は高いからいい経験と稼ぎになった。兄貴は悲鳴上げてたけど。
今じゃ雪も解けて、すっかり暖かい。
ゴクウや獣人の二人も冬毛が抜け変わり、だいぶスッキリした見た目になった。クズハは「これこれ!」って身軽そうにしてたけど、個人的にはモフモフ丸い冬毛が好きだ。
「えー、みなさん。準備はいいですか?」
小太りで気弱そうな町長が、お立ち台の上に立っている。
前の世界とは形が違うが、手に持つ棒はマイク。拡声魔法の紋様が刻まれていて、町中に声を響かせていた。
「それでは……
高らかな開会宣言に、集まった町民が沸いた。
花火が上がり、周辺にも祭りの開催を知らせる。
「いいぞー町長ー!」
「いぇーい!」
「開催しまーす!」
「ウキー!」
もちろん、その中には俺たちもいた。
町のエンブレムが入った法被を着て、わくわくに身を任せている。
「よっしゃあ! 稼ぐぞお前ら!」
「「おー!」」
「ウキイー!」
アルケ伝統の春風祭は、普段商売をしない人でも出店を出すことができる。
メープルみたいに甘い樹液で固めた名物の蜜パンや最終日の花火が有名で、町の外から大勢の人が来る。こんなチャンスを逃してたまるかと、金が必要な俺たちは迷わず申請の手続きをした。兄貴の言っていた通り、路銀を稼ぐにはうってつけの機会だ。
「兄貴、よくこんないい場所取れましたね。広場のすぐとなりじゃないっすか」
「ふっふっふ、振りまいた愛想とすったゴマの賜物よ」
「ちょっと! 看板娘とマスコットに仕事させてなにしてんのよ!」
「ウキャキャ!」
「看板娘? そんなのどこにいるんあいてっ!」
クズハが蹴り飛ばした石が、兄貴の額にクリーンヒットした。
この三ヶ月くらいで、クズハともいい関係になったと思う。
相変わらず兄貴とはぶつかることが多いけど、なんだかんだノリノリで店を手伝ってくれる。ゴクウとも打ち解けたし、今じゃ信頼できる仲間だ。
「よーし! 商品はバッチリだな!」
「冬の間に作り方覚えた蜜パン……と兄貴の手作り小物に、クズハの白狐伝統つまみ細工。今さらだけど、手ぇ広げ過ぎじゃないっすか?」
「祭りは三日もやるんだ、いろんな客層狙うんだよ。売れるもん全部売って、旅に出るぞ!」
商魂を燃やした兄貴は、遠くに見える町の門を見つめた。
「お前ら、客には笑顔だからな! クズハ、ムカついても蹴るんじゃねぇぞ?」
「し、しないわよ!」
「本当か~?」
「お前もだぞケイン。殴るのも禁止だからな」
クズハと二人で小さくなりながら、近づいてくる人の波を見た。
みんな、楽しそうな顔をしている。
「よーし、声出せー!」
「「いらっしゃいませー!」」
「ウキャッキャーイ!」
この町に来て一番の熱気を感じながら、誰にも負けないように声を張り上げた。
――――
討伐クエストよりも一日が早い。
二日間売りまくった結果、蜜パンはもちろん小物もつまみ細工も上々の売れ行きだ。
「よっし! 最終日も売りまくるぞ!」
戦いのときと違い、物売りの兄貴はめちゃくちゃ頼りになった。
的確な指示と買い渋る客を口説く口のうまさ。客足が鈍ったときには小物制作の実演までやり始めて、ちょっとした有名人になっていた。
「あぁ、もっと早く始めとけばよかったぜ。去年までは酒に溺れてたからなぁ~」
自分でも才能を実感しているのか、感慨深そうに震えた。
「兄貴、大活躍っすもんね」
「ちょっと、看板娘も褒めなさいよ」
「ウキャキャキャキャイ」
「分かってるって。二人もすげぇよ」
満足そうに笑う狐娘と子猿。
クズハは意外に人当たりがよくて、真っ白な毛色が目立つのかマジで看板娘になっていた。
ゴクウは子どもが寄ってきて、いい遊び相手になっている。ついでに親が買ってくれるから、売り上げにもちゃんと貢献してる。
俺はといえば……普通だ。
足を引っ張っているわけじゃないが、特に目立った活躍がない。
でも、それも今日までだ。
「ケインは気合い入れろよ? お前の稼ぎ時はこのあとだ」
「押忍!」
兄貴の言葉に、自分の頬を叩いて喝を入れた。
「蜜パンもらえるかい?」
「はい! いらっしゃいませ……って、ティアさん!」
薄着に戻ったティアさんが、煙管を吹かして立っていた。
「お、珍しい客だな。小物も買っていけ」
「あんたのセンスは好みじゃないよ……あら、この髪飾りはかわいいね。ひとつもらおうか」
「ふぇ!? あ、ありがとうございましゅ!」
初めて会ったときからすっかり上下関係のできたクズハが、自作の髪飾りを震えながら渡した。
「ケイン、次はあんたなんだろ?」
ニヤリと指さした広場では、先輩冒険者たちが楽器の演奏をしている。
「はい! 気合十分です」
「そうかい……実はさっき知り合いに会ってね。こっちに来るよう言っといた。もしあんたの催しに参加したら、面白いことになるかもね」
「なーんか嫌な予感がするんすけど」
意地悪な笑みを浮かべ、ティアさんは金を払った。
「ま、頑張んな。あたしも楽しみにしてるよ」
食べ歩きをしながら去って行く背中は、どこか楽しげだった。
「気をつけろ。あいつの知り合いはろくでもねぇのが多いぞ」
「ムーサも含めてね」
二人のやり取りに笑っていると、聞こえていた音楽が止んだ。
「よし出番だケイン! クズハ、ゴクウ。一旦販売は中止だ、店番頼んだぞ!」
「よっしゃあ! いくぜ!」
「頑張ってね、ケイン!」
「ウキャキャ!」
「おう!」
剣を腰に下げて、用意していたものを抱えて走った。
祭りの間、広場の中心は様々な催しの場になっていて、使用料に応じて時間が割り当てられる。兄貴は高い金を払って、まとまった時間を確保していた。
「お集りの皆様ー! どうもどうも、わたくし冒険者のムーサ・シミックスと申しますー!」
手製のマイクで声を響かせた兄貴が、小気味いい喋りを繰り広げた。
「春風祭は楽しんでいますか? それはよかった! ここで昨年の夏、アルケ冒険者ギルドに入った少年剣士をご紹介致します」
紹介に合わせて、剣を抜き放った。
「彼の名はケイン・ローガン! まだ真鍮級ですが、町の者にも大人気! 特に果物屋からは、いつも差し入れをいただいております!」
集まった群衆から、笑いとにぎやかしが飛ぶ。
ぶっちゃけかなり恥ずかしい。
でも、我慢だ。顔を下げるな、胸を張れ。
「……あの髪……ローガンってまさか」
「本当にローガンの子なの?」
盛り上がりに隠れて聞こえる戸惑いの声と、刺すような視線。
兄貴は隠そうって言ってくれたけど、どうせバレるしどんな扱いも覚悟の上だと説得した。
なにより、俺が活躍すればローガン家の汚名を返上できるだろうって考えもあった。
「本日、彼は腕試しをしたいと申しております。木剣にて手合わせをしていただき、見事一本を取った方には、なんと賞金八万ミラ! さらに我々が営むあちらの店で、蜜パンを食べ放題とさせていただきまーす!」
注目を浴びた店の前では、クズハとゴクウがにこやかに蜜パンを見せていた。
「受付の制限時間は次に教会の鐘が鳴るまで! 参加料は三〇〇〇ミラです! さあさあ、腕自慢はどうぞ前に! 小僧の鼻っ柱を折ってやってください!」
周囲から笑いと「どっちの味方だー!」とツッコミが飛んだ。
俺は剣を置いて木剣を握り、挑戦者を待った。
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