第27話 『雪が溶けたら』
町に戻ると、俺たちはギルド館に直行した。
例の注射器もどきといっしょに、体験した異常を話した。でもティアさんにも分からないみたいで、王都の本部に報告してくれるそうだ。
手続きが終わると、安心したのかさすがに疲れを感じた。
休みたいのもあって、一日中騒がしいギルド館からねぐらにしてる洞窟へ向かった。
「はあ? あんたたち、こんなところに住んでるの?」
当たり前のようについてきた、クズハもいっしょだ。
「勝手について来て文句言うんじゃねぇ。ちゃんと戸板でドアも作ってるし、立派な家だろうが!」
家主の兄貴がたまらず吠えた。
「そういえば、お前はどこに泊まってんだ?」
「普通に宿屋よ。母様からもらったお金があるし、旅の途中でたんまり稼いだから」
「……嫌味な借金取りだな」
扉で閉めているとはいえ、洞窟の中はさすがに冷える。
兄貴が照明の
「えっ、なにこの家具。ものすごいお洒落じゃない」
「へっ! それだけじゃねぇぜ! 耐久性もバッチリだし、使い心地も追求してるからな!」
「寝具には羽毛使ってるし、絨毯は分厚いし……町の宿屋より豪華……あんた本当に家具職人になったら?」
「余計なお世話だ!」
俺とは少し距離が縮まった気がするけど、兄貴とクズハは言い合いが止まらない。
狐と犬って仲悪かったっけ?
「ほら、あんたたちが手続きしてる間にもらってきたわよ」
なんか持ってるなと思っていたが、クズハが肉と野菜を挟んだパンを取り出した。
しかも、人数分。
「マジかよ! いいのか?」
「こ、今回だけよ? 一応、ケインの初討伐だったから」
なんだよ、優しいとこあんじゃん。
これに兄貴が秘蔵の酒を出して、俺が朝もらった果物をデザートに、ささやかだけど祝勝会が行われた。
「ねぇ、ずっと気になってたんだけどさ」
人には少し固いパンをガブッと頬張って、クズハがゴクウを指さした。
「その子、普通の猿じゃないわよね? なんなの?」
そういえば正体を言ってなかった。
ゴクウはわざと見せつけるように、焼き石で熱したお湯に入って体を黒くしていた粉を落とした。
「バル・モンキー!? 魔物じゃない!」
「落ち着けって。こいつが敵じゃないの知ってるだろ?」
「知ってるけど! でも、それは子どものうちだけでしょ? 大人になったら人間に危害をくわえるわ!」
クズハの剣幕にビビったゴクウは、俺の後ろに隠れた。
「そんなことしねぇよ。俺の育った村では、バル・モンキーといっしょに狩りをしたりしてんだ。こいつの父ちゃん母ちゃんは文字も書けるようになったし」
「はあ!? なにそれ信じらんない! あのね、そうやって肩に乗せたりできるのも今のうちなのよ? バル・モンキーは一年もすれば、わたしより大きくなるんだから!」
「……は?」
思わずゴクウを見た。
出会った頃と比べれば大きくなったけど、普通の子猿とほとんど変わらない。
「俺、こいつと会ったの三年前なんだけど」
「え?」
三人揃って驚いた。
本人は注目されてると勘違いしたのか、胸を張ってドヤ顔を向けてきた。
「っていうか、お前はなんでバル・モンキーの成長過程なんて知ってんだよ。一年って本当なのか?」
「本当よ。あんたは知ってるでしょ、白狐の森は代々わたしたち一族が住んでるの。森の魔物の生態については、長い年月をかけて調べ上げてるわ。同じところに住んで分かることだから、二人が知らないのも無理ないけど間違いないはず」
疑う視線が小さい体に刺さる。
俺はゴクウを親友だと思ってるけど、クズハが言ってることが本当ならこいつは一体なんなんだ?
「ついでに、バル・モンキーが文字書くなんてのも聞いたことない」
「あ、それはオレも」
「文字どころか父ちゃんは剣も使うし、母ちゃんはこのハチマキを作ってくれたぞ。まぁ、たしかにあの二人は妙に人間くさかったな。いや……そういえば、あのボスもマテリアル・スネークの牙を武器にしてたっけ」
「マテリアル・スネーク!? タイズ村の近くにはいねぇはずだろ!」
「そっか、兄貴にはリースのことしか話してなかったっすね。渡した青輝石のペンダント、そいつから取ったんですよ」
「マジか……ローガン家の金で買ったのかと思ってた」
「……ねぇ、ケイン。あんたの話聞かせてよ。ここに来るまでの話を」
なんだか改まって言われると照れくさい。
でも、誤魔化せる雰囲気じゃなかった。上手く話せるか不安だったけど、転生者ってことは隠して今までのことを語った。
マテリアル・スネークのこと。
リースとの関係。
ゴクウとの出会い。
バル・モンキーとの戦い。
モニカの死、ガインの手紙。
魔剣を持った盗賊。
そして、リースの死。
冒険者として村を出たところで、俺の話は終わった。
「……で、今こうして飯を食ってるってわけで」
「お、おま……お前、本当に……頑張ったんだな……そんですげぇよ! なんだ四歳で闘気って! ケイン・ローガンはすげぇ! オレの自慢の弟分だあ!!」
「あ、ありがとうござ酒臭っ! 兄貴、聞きながらどんだけ飲んだんすか!」
話を聞き終えた兄貴は、泣いたり笑ったりして肩を組んできた。
クズハはなにか考えてるようで、きれいな赤い瞳が少し悲しそうにも寂しそうにも見えた。
「ねぇ、護り牙見せてもらえる?」
「ん? あぁ、いいけど」
手渡すと、クズハは鞘を抜いて全体をじっと見つめた。
「……本当にケインのことが好きだったのね、そのリースって人」
そっと優しい目になったかと思うと、護り牙を丁寧に返してくれた。
「あんた、そんなに想ってくれる人がいたんだから、今日みたいな無茶なことはやめなさいよ?」
「お、おう。でも、俺は俺の信念を貫くよ。それが、リースが愛してくれた俺だからな」
「そうだぜ! だからケインに色目使うんじゃねぇぞって熱ぅっ! てめっ、狐火で尻尾焼くんじゃねぇ!」
「うるさい! 変なこと言うなバカ!」
顔が赤い兄貴は、ギャーギャー言いながらゴクウに水をかけてもらっていた。
「……話を戻すけど、ケインの話を聞いてちょっと思い出したことがあるの」
食べかけのパンを置いて、クズハが喋り始めた。
「ゴクウたちのことは、正直分からない。でも、マテリアル・スネークは心当たりがあるかも」
「マジかよ!」
この六年間、あの大蛇の出現は謎のままだった。
もし分かるなら、ライオスたちに知らせねぇと。
「東にはね、まだマテリアル・スネークを神様として崇めてる集落があったの。でも、わたしがまだ三歳の頃に滅んじゃった。その原因が、皮肉にも崇めてた神様に襲われたことなんだけど、それには理由があるの」
「理由?」
「生き残りの話では、襲われた原因は子どもを失った母親が怒り狂ったからだって。もちろん、村では子どもに手を出したりしてない。何者かが攫ったんじゃないかって言われてる。その生き残りが、怪しい男の姿を見てたらしいの」
「待てよ。じゃあそのマテリアル・スネークの子どもが、タイズ村に現れた奴だってのか?」
クズハは神妙な顔で頷いた。
「わたしはそう思う。ちょっと成長が早すぎる気がするけど」
「なんだよ、ただの勘じゃねぇか」
「こっちもずっと謎になってる事件なの! ケインの話聞いたときに、もしかしてっ思ったのよ!」
せっかく話してくれたクズハだったが、不機嫌にパンをかじった。
「とりあえず、父上に報告してみるよ。実際に見たのは俺たち二人だけだし、なにか分かるかも。ありがとう、クズハ」
「べ、べつにあんたのためじゃないわよ。勘違いしないでよね!」
「色目使うな熱い!」
マテリアル・スネークについて進展があったのは嬉しいが、肝心のゴクウについては謎のままだ。
俺たちの友情は変わらないけど、なんか気になるな。
「ねぇ、こっちにはカルマって来ないの?」
「カルマ?」
聞き慣れない言葉を言ったクズハは、デザートの果物に手をつけた。
「知らないの? 東では有名な義賊冒険者よ。貧しい村に物資を届けたり、人攫いの組織を潰したり、クエストに貼られないような人助けを無償でやってるの。今じゃ、彼の手助けをする人たちまでいるわ」
「へぇ~」
組織ひとつ潰すなら、相当強いんだろうな。
「どんな奴なんだ?」
「気になるでしょ? 有名人なのに、人相書きは恥ずかしがって描かせない人なんだけど。ここに来る前、友達が偶然見つけてこっそり描いてくれたの! 見る? いいや、見なさい。特にあんたは崇めなさい!」
荷物の中から丸めた紙を取り出したクズハは、自慢げに見せつけてきた。
「じゃーん! この人がカルマよ!」
思ったよりも年を取った男の人族。
黒いインクで書かれているから分からないけど、頭の長髪は白髪か?
右目は眼帯をしていて、なんだか歴戦の猛者って感じがする。
「……うーむ」
なんだか腑に落ちない感じで、兄貴が唸った。
「どうしたんすか?」
「いや、カルマなんて聞いたことないんだけどよ。なーんか見たことある気がするんだけどなぁ。」
強い風が吹いて、戸板がガタガタと揺れた。
兄貴は紙を穴が空くほど見つめたけど、酔った頭では思い出せなかった。
「そうだ! ねぇ、春になったら東に行かない?」
パンッと手を叩いて、クズハが目をキラキラさせた。
「はぁ!? なんでだよ!」
「白狐の森に近くなったほうがお金も徴収しやすいでしょ?」
こっちの意見は聞く気もねぇ。
でも、言ってることは一理ある。
「オ、オレはいいけどよ……ケインは」
「え? 全然いいっすよ? むしろ行ってみたいし、このカルマっておっさんにも会ってみたい!」
「ケイ〜ン、お前本当にいい奴だなぁ〜!」
抱きついてきた兄貴はさらに酒臭かった。
「決まりね! 案内は任せなさいっ!」
抑えられない白い尻尾が、ぶんぶん振られている。
「でも路銀がいるな……よし、春に祭りがあっから、そこで金を稼いでいこうや!」
「え! お祭り!?」
「おぉ、いいっすね!」
なんだかテンションが上がってきた。
「よっしゃあ! こうなったら、春までに精をつけとくぞ! 秘蔵の塩漬け肉出してやる!」
「そんなのあるなら最初に出しときなさいよ!」
思いがけず、宴会は仕切り直しになった。
今度は……春に向けての決起会だ!
「ん? どうしたゴクウ」
いつもなら続く元気な声がない。
ふと見てみると、ゴクウが絨毯に包まって震えていた。
「だ、大丈夫か? お前もしかして、ちゃんと体を乾かしてなかっただろ!」
「ちょっとムーサ・シミックス! なんかあったかいものないの!?」
「いちいちフルネームで呼ぶな! ほらゴクウ、この布被れ。すぐに生姜湯作ってやるからな」
しばらくすると、ゴクウの元気も戻っていっしょに騒ぎ始めた。
洞窟の中を走り回って、飛び回って、鳴いて、いつものゴクウだった。
でも。
クズハの荷物には、一切近づこうとはしなかった。
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