第29話 『春風祭 挑戦者たち』

「おれにやらせろ!」


 初めに出てきたのは、モヒカン頭のにいちゃんだった。

 彼女っぽい派手な女が見ていて「泣かせろー!」と面白がっている。


「へっ! 調子に乗ってんなぁガキ! 大人の怖さを見せてやるよ!」

「……よろしくお願いします」


 礼儀正しく頭を下げて、木剣を構えた。


「では……はじめ!」


 兄貴のかけ声で、第一戦が始まった。


「おらああああ!」


 上擦った声を出しながら、モヒカンが襲いかかってくる。


 でも……遅っせえ!

 こいつが間合いに入るまでに、俺なら三回は斬り込める。


「う、うわあ!」


 でも我慢して受けた。

 普通の子どもみたいに、ビビったフリをして。


「ひゃははは! おらおら、もっといくぜぇ!」


 調子に乗ったモヒカンが、腰の入ってない剣撃を繰り出す。


 この苦戦は兄貴のアイディア。 

 実力を知ってる町の人間は当てにせず、外から来た客を狙う。で、わざと弱いフリしてギリギリで勝つ。兄貴の情報だと、こいつみたいな女連れが多いから、いいとこ見せようとしたとこをカモにしてやろうって作戦だ。


「反撃してこいよぉ! 町の人気者なんだろこらぁ!」


 にしても、こいつはウザい。

 時間も限られてるし、そろそろキメるか。


「うおおお!」


 頭を狙った大振りの一撃。

 モヒカンはニヤつきながら、軽々防ぐ。


「うわあー」


 木剣がぶつかった反動を利用して素早く回転し、反対側から顎に一発当てた。


「ぅちゅんっ」


 小鳥が鳴き損ねたみたいな声を出して、モヒカン男は倒れた。


「勝負あり! 勝者ケイン・ローガン!」


 歓声と負けた男を笑う声が混ざりあった。

 兄貴が退かすと、すぐに次の対戦者が名乗り出た。


「おれが相手だあ!」

「はじめー!」


 そのあとも演出を混ぜながら、何人も倒していった。

 

「おれは、お前の伯父が手にかけた貴族に世話になった者だ。お前に罪はない。だが、憂さ晴らしをさせてもらう!」


 たまにこんな人もいた。

 そういう人は、なるべく真剣に相手をした。


「……驚異の十五人抜きです! ですがさすがに疲労が見える! 次で決まるかぁ?」


 本当は全然余裕だけど、わざと息を荒くする。


「私がいこう!」


 男のよく通る声。

 進み出た姿に、周りから歓声が上がった。


「カマセィだ! 守備力に定評のあるカマセィだ!」

「アルケ最強の冒険者が帰ってきたぞ!」


 太陽を反射させる立派な鎧を身に纏い、自信満々な表情を浮かべている。

 でも、ハッタリじゃねぇ。

 他の先輩冒険者の誰よりも強い気迫を感じる。


「帰ってたのか、カマセィ」

「久しぶりだなムーサ。今朝着いたばかりだ。元気な後輩と景気のいいことやってるじゃないか」


 愛想笑いを浮かべながら、兄貴がそっと俺の背後に回った。


「あいつはな、金に近い銀級だ」

「ちょっと違うな」


 フッと笑うと、カマセィは見物客に向かって声を発した。


「みんな聞いてくれ! 先日、我々も参加した大規模な調査により、白亜岬の怪物悪食あくじきの消滅を確認した!」


 喜びの声が上がり、拍手喝采が起きる。

 でも、俺は兄貴に耳打ちした。


「兄貴、なんすか悪食って」

「昔から船とか襲ってた鯨の化け物だよ。お前の伯父が死んだっていう根拠のひとつにもなってた、ほとんど災害みたいな奴だ」


 こっそり賢くなっている間も、カマセィは続けた。


「そして、私は重ねた功績が認められ、ついに金級冒険者へとなった! 今後さらに、この町の発展と守護に貢献しよう!」


 掲げた手には、金色の冒険者証が輝いていた。


「すっげぇ! あれが金級!」

「マジかよ」

「その一環として」


 カマセィは剣を抜き、俺に向けた。


「未来ある後輩の育成にひと肌脱ごう!」


 不敵に笑う金級冒険者。

 近づこうとするカマセィの前に、慌てた兄貴が割って入った。


「おいおいおい! 木剣での手合わせだ。真剣なんて使わせられるか!」

「彼も愛剣のほうが力を出せるだろう。大丈夫、ちゃんと寸止めするさ」

「そういう問題じゃ」

「一万ミラでどうだ?」

「いってらっしゃ~い!」


 尻尾を振った兄貴が道を開けた。

 でもその背後で、俺に口パクで「やってやれ!」って指示を出した。


「っしゃ!」


 俺も剣を抜いて、この町最強と向かい合う。

 広場に満ちる熱気が、どんどん増していた。


「演技は必要ないよ。思いっきり来るといい」


 それも見抜かれてたのかよ。

 ふと、視界の端に煙管を吹かすティアさんが見えた。

 なるほど、さっき言ってた知り合いってのはこの人か。


 なら、遠慮はいらねぇな!


「真鍮級冒険者、ケイン・ローガン。胸お借りします!」

「金級冒険者、カマセィ・ヌデス。相手になろう」

「はじめ!」


 兄貴の声と共に、カマセィから闘気が溢れた。


「これが闘気だ。上を目指すなら、覚えておくといい」


 重そうな鎧を来ているのに、カマセィは素早く動いた。

 俺の後ろに回り込んで、そっと呟く。


「ムーサにはあぁ言ったが、闘気を受けるのもいい勉強になる。安心し給え、峰打ちだから」


 振り下ろされる剣の風切り音が聞こえる。

 鋭く重い一撃が、右肩を狙っているのが分かる。


 分かるから、防いだ。


「なにぃ!」


 刃がぶつかる音とカマセィの声が響いた。


「な、なんで見てもいないのに……い、いや、なぜこれ以上押し込めない!」

「そりゃあ、よく見れば分かるでしょう」


 振り下ろされる直前、俺も闘気を練っていた。

 むしろ、金級と戦えるってのに抑えとくほうが難しい。


「んじゃ、思いっきりいきます!」


 雪玉獣と戦ったときと同じくらい滾る。

 

 距離を取ったカマセィは、目を丸くしていた。


「な、なんだ……その巨大な闘気は……」

「ちゃんと受けてくれよ。守りに定評あるんだろ?」

「へ?」


 返事を待たず駆け出した。


 大丈夫かな……間合いに入ったのに、なんも反応してねぇけど。

 ま、強者の余裕ってやつだろ!


「オラァ!」


 俺の横薙ぎをアルケ最強のカマセィは。


 もろに受けた。


「あごぼろあばばばぼろろろろ!」 


 鎧のおかげか吹っ飛ぶことはなかったが、衝撃で激しく転がり痛そうな声を出した。

 サッカーボールみてぇに足で止められても立たなかったから、意識を失ったらしい。


「勝者、ケイン・ローガン!」


 外からの客や一部の町民に、どよめきが広がる。


「ギャハハハ! ダセェ金級だなおい!」

「ケイーン、気にすることねぇからなー!」


 でも、他の冒険者や俺のことをよく知ってる人たちからは、笑いと労いが飛んだ。

 カマセィはマッチョな冒険者に抱えられて、ギルド館に退散していった。


「よくやった!」

「勝っちゃってよかったんすか?」


 肩を組んできた兄貴に聞いてみた。

 正直、拍子抜けって感じがしなくもない。


「いいんだよ。あいつは直接の戦闘ってより、集団を指揮するタイプなんだ。べつに嫌われてるわけじゃないからよ。ただ……あんなの見せたら、もう挑んでくる奴はいないだろうな」


 苦笑いを向ける先には、完全にビビった見物人たちがいた。


「ケイン」


 声をかけられて振り向くと、髪飾りをつけたティアさんが立っていた。


「相手がカマセィとはいえ、仮にも金級を倒すとはね。やるじゃないか」

「あははは。ティアさんが言ってたのって、今の人だったんすよね? ちょっと思ってたのと違ったけど、実際に金級と戦えて」

「なに言ってるんだい?」


 わざとらしく煙を吐いて、ティアさんが言った。


「え、だってさっき」

「知り合いってのはカマセィなんかじゃないさ」

「じゃあ、誰なんですか?」


 刺青が入った顔が、また意地悪く笑う。

 

「あの子」


 煙管を向けられた先には、俺らの店があった。

 その前にはクズハがいて、一人の客を相手に話をしていた。


「すいません。今はちょっと販売を止めてるんですよ」

「買えない……の? ここの……蜜パン……美味しいって……聞いた……のに」


 細い声の女が、しょんぼりと肩を落とす。

 背が高くて細見。長い黒髪を揺らしていて、着ている服も全部黒だった。


 ただ、俺の目は一点に奪われた。

 女が持つ、身長と同じくらいの長刀に。


「あそこにいる彼と剣の手合わせをして、勝ったら食べ放題っていうのをしてるんです。お姉さん、剣士ですよね? よかったら挑戦してみませんか?」

「食べ……放題っ!」


 クズハに言われて女がこっちを見た。

 

「ムーサ、どうせもう挑戦する奴はいないだろ? あの子がやるよ。あたしが金を払う」

「なっ、妙に気前いいじゃねぇか。なんなんだ、あの女」  

「本人から聞きな」


 女が歩いてくる。

 ただそれだけなのに。

 俺は、思わず後退った。


「はじめ……まして」


 目の前に来てペコリと頭を下げる。

 

 剣を持っていること以外、幸薄そうな普通の女。

 ビビる要素なんてひとつもない。

 なのに、なんで俺は。

 こんなに冷や汗が止まらねぇんだ!


「私……は……リリィ・ソードマン」


 その理由は、続いた言葉で理解できた。


「……剣聖を……しています」

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