第23話 『冒険者昇級』

『母上へ

 ケインです! ローガン家のみんな、村のみんなは元気にしてますか?

 俺はとりあえず元気です。手紙を出すのが遅くなってごめんなさい。出したかったけど、ペンも紙も初日に盗られて買う金もなかったから……。


 アルケの町に着いてからは、母上も知ってるムーサ・シミックスといっしょに過ごしています。同じ女を好きになった者同士、なんだか気が合ったみたいで。世話になる代わりに「オレのことは兄貴と呼べ!」って言われたんで、ムーサ兄貴って呼んでます。

 兄貴は弱いけどすごいんです! 今、兄貴が住んでる町の近くの洞窟にいるんですけど、ベッドとか椅子とかすげぇ豪華なのがあるんです。どうしたのか聞いたら自分で作ったらしくて! 魚釣りの竿とか古布で俺の服も縫ってくれたし、弱いけどめちゃくちゃ手先が器用なんですよ! 弱いんだからそういう職人になればいいのにって思うんですけど、本人には言いません。

 

 陶片級の間は、とにかく他の冒険者から嫌がらせが多いですね。町に行ったらすぐに絡まれます。

 最近は兄貴直伝の潜伏術で隠れてもしつこいんで、返り討ちにすることが増えました。鋼級ってのも、あんま大したことないですね。おかけで最近は割と静かです。

 そして、これを書いている今日。

 冒険者になって一ヶ月になりました!

 やっと磁器級になって、クエストを受けられるようになります。いよいよ始まるって感じだけど、兄貴もいるし怖くはありません。

 母上は金級冒険者だったって、ティアさんに聞きました。俺もすぐ追いついて追い越してみせますんで、期待しててください!

 これからは、もっとこまめに手紙を書きます。みんな体に気をつけて。


 追伸

 ゴクウは俺といっしょにいます! ハンナたちに教えてやってください!』


「……こんな感じ、かな?」


 兄貴お手製のテーブルに、昨日作ってもらった羽ペンを置く。

 紙と封筒はさすがに自作できなかったから、靴底に隠してたなけなしの金で買った。


「手紙なんて、生まれて死んで生まれ変わって初めて書いたからな……おかしくねぇよな?」


 何回も読み直して、とりあえず間違った字がないから良しとした。


「おーい、書けたかー?」

「あ、はい! 今行きます!」


 兄貴の呼ぶ声がする。

 手紙を封筒に入れて、出入り口に向かった。


「すんません。お待たせしました」

「気にすんな。こっち来て初めての手紙だろ? ソランも喜ぶだろうさ。ティアに渡せば送ってもらえるからよ」


 髭の先に付いたゴミを指で弾いて、兄貴は笑った。


 戦いは基本逃げるか隠れるかの二択なこの人に、俺は頭が上がらない。

 アルケに来てから、本当に世話になりっぱなしだ。初日のことは謝ってくれたし、荷物盗られたことにも責任を感じていた。面倒見がいいっていうか、純粋に人がいい。たしかにパッと見は勇ましい獣人だけど、人となりを知ってしまえば、冒険者なんてつくづく似合わないと思ってしまう。


「あざす……あれ? ゴクウはってぇ!」

「ウキャ!」


 木の上から落ちてきたゴクウが、俺の頭に飛び乗った。

 兄貴には正体を明かしているけど、今日はすでに体を黒くしている。

 

「よし。じゃあ町に行くか。ケインの磁器級昇進によ!」

「はい!」

「ウキャア!」


 洞窟を出て少し歩き、ここんとこ毎日のように魚を捕る川を下っていく。


「いやぁ、ついにこの日が来たなぁ。ソランと炎人えんじんの子か……どこまでいくか楽しみだ」

「えん……じん?」


 自分のことみたいに喜んでくれる兄貴の言葉は嬉しかったが、聞き慣れない単語が引っかかった。


「なっ、お前まさか親父の通り名を知らねぇのか!?」

「ち、父上の? いや、初耳っす……」


 本当に聞いたことがない。

 呆れて頭を掻きながら、兄貴は教えてくれた。


「ライオスはな、言うまでもねぇがめちゃくちゃ強かったんだよ。オリハルコン級の冒険者と闘り合ったって、ティアに聞いただろ? そんとき奴の炎の化身が発現してよ。当時たった十三のガキだぜ? で、付いたあだ名が炎人。それがそのまま通り名になったってわけだ」

「マジっすか」


 カッコいい。

 俺もなんか、餓狼じゃない通り名が欲しい。


「オレら世代でライオスを知らねぇ奴はモグリだぜ。当時の勢いはマジでヤバかったんだからな」


 俺の憧れが伝わったのか、兄貴の語りに熱が入った。


剣聖けんせいは知ってんだろ? 真武六修人しんぶろくしゅうじんの一人」

「うす。各分野であらゆる種族の流派を修め、連なる武具のすべてを極めた者たち」

「そうだ。すべての剣術とすべての刀剣を極めし、剣聖。肉体の限界を超えた生きる伝説、闘仙とうせん。槍や棍など長物の天才、槍星そうせい。遠距離武器の頂き、弓天きゅうてん。破壊と力の王、斧王ふおう。暗殺術と暗殺具の長、一影いちえい。このうち二人が本気でぶつかれば、一夜で国が滅ぶと言われる化け物たちだ」


 実際にあったわけじゃないのに、兄貴は大げさに身震いした。


「で、お前の親父は今の剣聖を倒して、ゆくゆくは次の剣聖になるって噂されてたんだ!」

「マジっすか!?」


 強い強いとは思っていたが、まさかそれほどだとは。

 もしかして俺、とんでもない家系に生まれたのか?


「だから、心人流以外を学ぶ予定だったんだけどよぉ……あんなことがあって田舎に引っ込んじまってからは、大っぴらな修行もできなくなっちまってな。噂も下火になったんだ」

「え、なんで?」

「そりゃおめぇ、兄貴が有力な貴族やらぶっ殺してんだぞ? 追放先で弟がさらに強くなりましたってなりゃ、反逆の意思ありとか言われるだろが……だからそのぶん、お前に期待したんじゃねぇのか? 子どもの成長なら、うるせぇ奴も少ないだろうから」


 タイズ村での鍛錬が思い浮かぶ。

 厳しかったし辛いときもあったけど、ライオスは俺のために全力でぶつかってくれた。

 そこに込めていたかもしれない男の想いは、今の俺には計り知れないし応えられてるかどうかも分からない。

 でも、気持ちは分かる。

 鍛えられている間に、戦士の心ってやつが俺の中にも芽生えた。だから、ライオスの無念も期待もぜんぶ理解できる。


 まったく、本当にすげぇ父親を持ったもんだぜ。


「……俺、頑張ります」


 気づいたら拳を握っていた。

 熱い気持ちが燃えていて、全身がやる気に満ちていく。


「その意気なんじゃねぇのか? ま、魔法がソランに似なかったのが残念だけどなぁ。そこも受け継いどきゃあ、最強だったのによ。なんだあのファイアボール、殴りつけるとかめちゃくちゃ野蛮じゃねぇか」

「し、仕方ないっしょ! 魔法は弟がすげぇからいいんすよ!」


 からかう笑いに便乗して、ゴクウまで指差してきやがった。

 二人から逃げるように走ると、あっという間に川を下りきって森を抜けた。目の前には、もう見慣れたアルケの町が広がっている。洗濯をしていたおばちゃんたちに挨拶をして、「犬と子犬」って小馬鹿にしてきた門番にはゴクウが石を投げつけた。 


「……ん?」


 ギルド館へ行く途中、なんだか違和感を感じた。

 すれ違う人たちの視線に、なんとなくいつもと違う雰囲気を感じる。肩のゴクウも、落ち着きなく周りを見ていた。


「見えてきたぞ!」


 兄貴はそんなこと感じなかったようで、はためいていたギルドの旗を指差して笑った。


「来たね」


 ギルド館の前まで来ると、ティアさんが煙管を吹かしていた。


「な、なんだよこりゃあ」


 上機嫌だった兄貴が後退る。

 妖艶な唇が吐き出した煙の後ろには、殺気立った冒険者たちが武器を構えてこっちを見ていた。


「なにって、こいつらの顔見れば分かるだろ? ケインにちょっかい出して返り討ちに合った阿呆たちさ」

「陶片級に負けっぱなしじゃ、おれたちの面子も丸潰れよ。このまま磁器級になんてさせねぇぜ」

「今回は本気だ。魔物討伐するつもりでやるからな?」


 どいつもこいつも目がギラついている。

 本気だってのが全身から伝わる。たぶん、昨日から酒も抜いてるんだろう。


「そ、そんなこと言ってもよ。ここでまた負けたら同じだろうが。こ、こいつは炎人の息子だぞ? 無駄なことすんじゃねぇよ」

「あんたも同じ阿呆なら分かるだろ、ムーサ。同じ負けでも、やれること全部やんないと気が済まないのさ。それとも『負け犬ムーサ』には理解できないかい?」

「なっ! て、てめぇ」

「大丈夫っすよ、兄貴」


 俺の代わりに口を出してくれた兄貴に、振り返って笑いかけた。


「俺なら大丈夫っす。今までの礼もまだなんだ。今日きっちり磁器級になって、初クエストの報酬で酒でも奢らせてもらいますよ」

「ケ、ケイン……」


 まだなにか言いたげだったが、兄貴はそれ以上なにも言わずに距離を取った。


 「っしゃ!」


 ゴクウといっしょにハチマキを締め直して気合いを入れ直し、剣を抜いた。


「さあ、これが最後の洗礼だよ! 実家に帰りたくなけりゃ、切り抜いてみせな!」


 ティアさんの声を合図に、冒険者たちが一斉に襲いかかってきた。


「「うおおおおおお!」」

「舐めんなよガキがあ!」


 先頭の何人かは闘気を纏って、後ろの奴らは矢を放ったり魔法の詠唱を始めている。


「おもしれぇ! やってやるぜ!」


 俺も闘気を練り上げ、全速力で駆ける。

 

 間合いに入った武器を弾いて、闘気を纏わせた剣を先輩たちに叩きつける。

 矢を躱し、魔法を斬り裂いて、後衛の奴らもぶっ飛ばした。


「「ぐおあああああ!!」」

 

 豪快に飛んでいく冒険者たち。

 目の前で立っているのは、これだけの戦闘にも微動だにせず、満足気に微笑むティアさんだけになった。


「……やるじゃないか。もうこの町であんたを馬鹿にしたり、舐めてかかる奴はいないだろう。磁器級への昇級、おめでとう」


 差し出された手には、白くて艷やかな冒険者証が握られていた。

 適当な欠片だった陶片級と違い、ちゃんと長方形に整えられている。


「ありがとうございます!」


 受け取って頭を下げた。

 

 これからやっと、冒険者らしい生活が始まる。

 そう思っただけで、わくわくが止まらないぜ!


「ムーサの兄貴! さっそく、クエストの選び方教えてください!」

「ウッキャーイ!」


 振り返ったとき、兄貴は近くで倒れていた冒険者に、すり潰した薬草を塗ってやってるところだった。


「え? あ、お、おう! 任せとけ!」


 あとは自分でやれと言わんばかりに残りの薬草を投げつけ、兄貴は走り寄って来てくれた。


 クエスト。

 ギルドへ依頼された仕事をそう呼ぶ。

 依頼はいろんな立場の人から来るが、どれも困っているから頼むもの。どんなクエストでも人の役に立つものなんだって、ソランから教えてもらった。

 

 だから本当に楽しみだ。

 やっと、人を殴る以外の仕事ができるんだからよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る