第二部 冒険者ケイン・ローガン
第21話 『アルケの町』
街道の土に太陽の光が照りつける。
肩のゴクウと俺にも、容赦なく照りつける。
「あっぢいぃぃぃぃ」
「ウキャギィィィィ」
生まれ育ったタイズ村を出て五日。
途中で荷車に乗せてもらったりしたのに、まだ目的の町は見えない。なにより真夏の暑さで参りそうだし、大問題も起きている。
「ゴクウのせいだぞ、食料尽きたの」
多めに持ってきてたとはいえ、食料は元々俺一人分だけだった。
なのにゴクウが増えたせいで、減りが予想よりも早くなった。水は魔法で出せばなんとかなるが、食べ物はそうはいかない。二日目でやべぇと思って注意したのに、俺が独り占めすると思ったのか余計に食いだした。だから俺も意地になって取り合って、昨日の昼に革袋の中は空になった。
「こんなことならザナドゥ連れてくれば……いや、でも新人冒険者が乗ってると盗まれるって母上が言ってたもんな〜。ったくよぉ、涼むのも食いもん買うのもできねぇんだぞ。コンビニなんて無ぇんだから!」
「ウキャ〜」
俺の嫌味なんて聞き流して、ゴクウは陽射しから逃げるように空いた革袋へ入ろうとした。
「っざけんな、てめぇ! 少しは自分で歩きやがれ!」
思えば始まりから今まで、こいつは俺に乗ってるだけ。
さらに一人だけ涼もうとするとか、ふざけんじゃねぇ!
「ウッキャアー!」
首根っこを掴んで阻止した瞬間、逆ギレして指に噛み付いてきやがった。
「いってぇ! なにしやがんだ、てめぇゴラァ!」
「ウキキキキャー!」
飛びかかってきたゴクウとマジ喧嘩しながら、まっすぐ続く街道を走った。
左右はところどころ岩が出てる草原で、遮るものはない。他に誰も通らないまま、生傷だけが増えていった。
「……く、くそっ……余計にっ……疲れたじゃ……ねぇか」
「ウッ……ウキ……」
結局引っ込みがつかなくなって、薄暗くなるまで走ってしまった。
なんだかんだ草原を越えて、林に囲まれたとこまで来た。
でも、マジでもう動けねぇ。
「し、死ぬ……こんなところで……ん?」
ゴクウと並んでうつ伏せに倒れたところで、木の向こうに明かりが見えた。
ポツポツと増えていくオレンジ色は、俺たちにとって希望の光だった。
「ゴクウゴクウ! 見ろ! 着いたぞ……たぶんっ!」
動けないはずの体が跳ね起きた。
木が生えてない場所まで駆けて行くと、遠くにタイズ村よりデカくて壁に囲まれた町があった。
「やっぱりだ! 乗れゴクウ! このまま町に入るぞ!」
「ウッキャーイ!」
疲れもムカついてた気持ちも吹っ飛んだ。
肩にゴクウを乗せて、気持ちよくなった風を切りながらラストスパートをかけた。
「閉門ー! 閉門ー!」
門番の髭面が分かる距離まで来たとこで、デカい丸太を並べた門がゆっくりと下がり始めた。
「ぬわああああ! 待って待って!」
「急げボウズ! この辺は夜になったら魔物が出るぞ!」
面白がって言うくせに、全然待とうとしてくれねぇ。
「くっそおおおお!」
尽きかけた体力を振り絞って、閉まるギリギリのところをくぐり抜けた。
「セ、セーフ……」
「あっはっはっは! やるじゃないか」
人が必死になってた様子を笑った門番が、乱暴に背中を叩いてきた。
腹が立ったんで文句を言おうと顔を上げた俺の目に、明るい町並みが広がった。
「ようこそ、アルケの町へ!」
果物を投げて寄越した門番は、自慢気な笑顔を残して人混みに消えていった。
「ここが……アルケか」
初めての見る、タイズ村以外の場所。
歩いてる人の数が多くて、いろんな種族がいる。ネオン街とまではいかないけど、暗くなった空を照らすみてぇに町全体が光ってる。ざっと見た感じだと、家よりもなにかしらの店のほうが多い。
「ははっ、すげぇ」
わくわくが止まらない。
見える全部が珍しくて、まっすぐ歩けてるのかも分からない。もらった果物は、リンゴみたいな味がした。
「ウキャ~」
浮かれていたところで、革袋からゴクウのスネた声がした。
「あ、悪いゴクウ。ちょっと待ってな」
布屋と細工屋の間の狭い路地に入って、ゴクウを出してやった。
「ほら、目ぇ瞑って息止めてろよ? せーの」
十秒ほど我慢してもらって、ライオスにもらった黒い粉を振る。
王都に行ったとき知り合いにもらった髪染めの粉らしくて、なにかに使えるかもって渡してくれた。こんなかたちで役立つなんて思ってもいなかっただろうけど。
「よっしゃ、これでどうだ? 黒猿の完成だ」
くぼみに溜まった酒に映る自分を、ゴクウはまじまじと見つめた。
「ウキイィ~ン」
ムカつくほどの決め顔をしたから、気に入ってくれたみたいだ。
これで、ゴクウがバル・モンキーだって簡単にはバレないだろう。子どもとはいえ、町に魔物が入ったなんて知られたらパニックが起きるかもしれない。
「よし、じゃあ冒険者のギルド館を探そうぜ」
果物を二人で分けながら、人の行き交う大通りに戻った。
「えーっと、たしか剣が二本交わってる絵の旗だったな。あの尖がってるのは……教会か。奥の赤い屋根……にはなんもねぇな、町長の家か?」
完全に迷子みたいだったが、歩いているだけで楽しかった。
俺みたいな子どもなんてお構いなしに進んでくる酔っ払いを避けるのは、いい鍛錬にもなるし。
「お、ここか!」
ぐねぐねフラフラ進んだ先に、ソランに描いてもらった旗印を掲げている建物を見つけた。
辺りは人通りもまばらで、なんとなく薄暗い。
「なんか、殺人事件が起きる洋館みてぇだな」
「ウキャ?」
誰にも伝わらない呟きを吐き出して、深呼吸をした。
「よし、行くぜ!」
「ウキッ!」
初めてバイトの面接に行ったときに似た緊張が湧いている。
あのときは面接した店長が中卒を馬鹿にしてきたから、ムカついて殴って不採用になった。今度はそんなことにならねぇように注意する。舐められたら負けだけど、とりあえず基本は敬語。ソランの知り合いにも、失礼がないようにしねぇと。
短い階段を上って、無駄にデカい扉を開ける。
ほんのちょっと隙間から、にぎやかな声が流れてきた。
「酒場かよ……」
見えたギルド館の中は、テーブルと椅子が並べられた広いホールで、端には二階に続く階段もある。
奥の壁は半分がパチンコの引換所みたいになっていて、もう半分は見たまんまバーのカウンターだ。飯のいい匂いがするから、給仕の姉ちゃんが出てきた簡単な間仕切りの奥が厨房にでもなってるんだろう。
扉を開け放つと、そこら中で飲み食いして騒いでいた奴らが一斉に俺を見た。
どいつもこいつもいいガタイしてやがる。
何人かから、実力者の圧を感じた。そしてほとんどの奴らから、小馬鹿にした視線と見下した陰口を叩かれた。
「……冷静に、冷静に」
自分に言い聞かせながら、奥の窓口を目指す。
あそこで冒険者登録やクエストの受注をするって、ソランが言っていた。酒臭い息の中を、周りを無視して進んだ。
「げへへへ」
真ん中くらいまでいったところで、歯がほとんど抜けた男が笑った。
同時に、俺を転ばせようと足を出してきた。
あと一歩の距離。
だがしかし、免許皆伝を受けた実力者の俺は、一瞬でとるべき行動の選択肢を絞った。
一、余計なトラブルを生まないために避ける。
二、先輩冒険者を持ち上げるために、わざと引っかかってやる。
三、邪魔だから踏み潰す。
四、ムカつくから蹴り飛ばす。
個人的には三か四で悩んだが、そんな野蛮で物騒なマネしたらローガン家の名に泥を塗ると思ってやめた。
だからそっとつま先を触れて引っかかり、派手にこけて見せた。
「ぎゃはははははは!」
ホール中が笑いに包まれた。
足を出した男は唾をまき散らして手を叩き、大喜びしていた。
喜んでくれたならよかった。
じゃあ、次はこっちの番だよな?
「なにしやがんだ、てめぇ!」
起き上がる動作を利用して、歯抜け男の顎に思いっきりアッパーを食らわしてやった。
残った歯も全部抜けやがれ。
俺が選んだ選択肢は五。
調子に乗らせてぶん殴る、だ。
小柄な体が宙を舞い、となりのテーブルの上に大の字で伸びた。
「いいぞーボウズ!」
あとに続いて襲ってくるかと思ったが、意外に盛り上がってくれた。
男が伸びたテーブルの奴らだけは気の毒に思ったりもしたが、ちゃっかり財布から飲みなおしの金を拝借していたから、俺に被害はない。
「やるねぇ、あんた」
拍手喝采を受けていた背中に女の声がした。
出発前に聞いたライオスの注意を思い出しながら振り返ると、煙管を吸う女が立っていた。
紫色の派手な髪に、なんとなく気怠そうな表情。顔や体のいろんなところにピアスが光っていて、ロックな女だと思った。しかも、全身に彫られた刺青が昔モニカの本で見た、強力な魔除け。こいつはただ者じゃねぇ。
「あたしはティア。あんたのお母さんから聞いてるよ、ケイン・ローガン」
この女がソランの言ってた知り合いか。
なんて言うか……意外だな。
「ローガン? ってことは、ソランの息子か!」
俺の名前を聞いて、周りの連中がさらに沸き立った。
何人も席を立って取り囲んできて、さっきまでの嫌な空気が吹き飛んだ。どうやら、冒険者時代のソランは顔が広かったらしい。
「あー、本当だ。目がそっくりだぜ」
「言われてみれば、髪はライオスと同じだな。気づかんかった」
いや一番特徴的だろ、気づけよ。
「はいはい、あんたら邪魔だよ。先に冒険者の登録をしてやろうじゃないか。あたし、ここの受付嬢やってんだ。ちゃちゃっと終わらせちまうよ」
冒険者じゃねぇのかよ!
パンチの効いた受付嬢だな!
と思ったけど、どうにか飲み込んだ。
なんとなく、この人に下手なことは言わないほうがいい気がする。
「ちょっと待てええええ!」
奥に案内されようとした矢先に、二階から遠吠えみたいな声が響いた。
次の瞬間、黒い影が立ち塞がるように飛び降りてきた。
「ムーサ! よしな!」
「うるせえティア! ソランのガキが来てオレが黙ってるわけねぇだろ! 分かんだろ!」
ムーサと呼ばれた男は、犬の獣人だった。
全体的には黒毛だが、ところどころ茶色が混ざってる。
「おい、ガキ! お前、お前に聞くことがある!」
めちゃくちゃ酒臭い。
足もフラフラだし、よく飛び降りてきたな。
「リースが死んだってのは本当か?」
出てきた名前に、思わず鳥肌が立つ。
周りも静まり返って、葬式みたいな空気になった。たしかにソランのことを知っているなら、パーティメンバーだったリースのことを知っていても不思議じゃない。
「……あぁ」
「嘘だ!」
自分で聞いたくせに、ムーサは俺の言葉を否定した。
「あいつが死ぬわけねぇ! 盗賊なんかに負けるわけねぇんだよ! ソランもいて、ライオスも鬼のダインもいて、リースが死ぬわけねぇんだ!」
胸倉を掴んできた目には、涙が溜まっていた。
ムーサの叫びに、ゴクウがビビッて身を隠した。
「……あのとき、父上は村にいなかった。リースは、妊婦を庇って」
「知ってんだよ、そんなこと! ソランから手紙が来たからな! てめぇ、ケインだったな? いったいリースのなにを知ってる? てめぇはリースのなんなんだよ、お坊ちゃん!」
言ってることがめちゃくちゃだ、こいつ。
「恋人だよ。結婚の約束をしてた」
今にも噛みつきそうだった顔から、一気に覇気が抜けた。
ストンと力も抜けて、俺は息苦しさから解放された。
「……は? 恋人? 結婚? て、てめぇ、まだガキじゃねぇか」
「ガキだけど、俺は本気でリースを愛してたし、リースも愛してくれていた。だから、こいつを遺してくれたんだ」
懐から形見を出して、ムーサに見せた。
「護り牙……強さと幸せと……永遠の、愛」
呆けた顔で見ていたかと思うと、徐々に犬の唸り声を上げ鋭く睨みつけてきた。
「……表出ろ」
「は?」
ムーサは腰の短剣を抜き、目の前に突き立ててきた。
「ムーサ!!」
「うるせぇ! おい、ガキ。このムーサ・シミックスが腕試ししてやる。本当にてめぇがリースの恋人だったなら、逃げるような臆病者じゃねぇよな?」
「上等だ。受けてやるよ」
なんか無性に腹が立った。
こんな酔っ払いの犬野郎に、俺とリースの関係をとやかく言われる筋合いはねぇ。
「ムーサがタイマンやるってよ!」
「相手はあのソランとライオス・ローガンの息子だとさ! おらっ、賭ける奴は早くしろ!」
他の冒険者たちは面白がって、速攻で賭博が始まった。
唯一ティアだけが呆れた顔をしていたが、外に向かう俺たちを止めようとはしなかった。
予想してなかった展開だけど、ちょうどいい。
俺の力をこいつらに見せてやる。
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