第20話 第一部最終話 『冒険の始まり』

 今日もよく晴れてくれた。

 真夏の太陽が、朝から元気に輝いている。


「ケイン、忘れ物はない? ポーションとか薬草類はちゃんと持った? 魔物避けの笛は? 野宿道具に穴は空いてなかった?」

「大丈夫だよ、母上。昨日の夜も確認したじゃん」


 南に続く街道の入り口に、タイズ村のみんなが集ってくれている。

 この日、旅立つ俺を見送るためだ。

 ソランが涙ぐみながら、長めの抱擁をした。


「とりあえず、ここから白髭山しろひげやまの方にある、アルケの町を目指しなさい。私の知り合いがギルドにいるから、きっといろいろ教えてくれるはずよ」

「うん、分かった」

「ケイン、変な話だが初対面で優しくしてくる奴は疑ってかかれよ? あと、妙に露出の多いお姉さんとか、ボディタッチの多い美人とか。あと」

「妙に具体的ね〜ライオス?」


 怖い笑顔にビビったライオスが、わざとらしく口笛を吹いた。


「ケイン、これを」


 ダインからは、新品の剣を渡された。


「餞別だ。村の鍛冶師に、儂がうるさく口出して作らせたものだ」


 ガハハッと笑う背後で、鍛冶屋の職人がゲッソリしている。


「私たちもひと仕事やらせていただきました。私の忍術とロアの魔法で加護を加えています」

「これで魔法剣にも耐えられると思いますよ〜」


 鞘から抜くと、朝日を反射した刃の光が少し虹色がかっていた。


「おぉ……これはマジで助かる! ありがとう!」


 さっそく腰に下げた。

 魔法剣を使うたびに買い直すのかと思っていたから、本当に有り難い。


「「ケイーン!」」


 泣いているミーナとエリースの頭を撫でていると、会いたかった奴らの声がした。


「来てくれないのかと思ったぞ」

「んなわけないだろ!」

「で、でもギリギリだったね……」

「はやく渡そう? ケイン、手を出して」


 ハンナの言う通りにすると、手のひらに見慣れない首飾りが置かれた。

 

「これは?」

「わたしたちで作ったの。えっと、デザインはわたし。村の英雄像をイメージしたんだけど」


 ハンナが恥ずかしそうに視線を落とす。

 たしかに言われてみれば、広場にあるご先祖様の顔に似ている気がする。


「材料は僕が調達したんだ。お小遣い使い切ったけど、革紐とか色鋼とか良質なのが手に入ったんだ!」


 ジミーも照れながら言う。


「……本当は、お前の誕生日に渡すつもりだったんだけど、間に合わなかったんだよ。でも、この二日くらい俺が夜なべして仕上げたんだ。感謝しろよな」


 ジョンは目を合わせずに、ぶっきらぼうに言った。

 

「なんだよ。用意してたなら、ちゃんと言えよ」

「びっくりさせたかったんだよ。なのに、お前がもっとびっくりすること言うから」

「……悪かった。みんなのこと、頼んだぞ」

「おう。帰ってくるときには、俺のほうが強くなっといてやる!」


 肩がかすかに震えている。

 不器用なのに無理しやがって。感謝しかねぇよ、馬鹿野郎。

 ペンダントを首にかけると、程よい重さを感じられた。三人と別れを惜しみながら抱き合って、握手を交わして、拳を突き合わせた。


「じゃ、いってく……あれ? マリオスは?」


 朝飯のときはいっしょにいたはずだ。

 みんなで周りを見るが、どこにもいない。


「にいさま!」


 そのとき、背後で声がした。

 街道の脇に立った、タイズ村の看板の影から泣きっ面の弟が飛び出してきた。


「マリオス! よかった、見送ってくれないかと思ったぞ?」

「見送ってなんかやるもんか!」


 いつもニコニコしていて、優しくて甘えん坊なもうすぐ五歳。

 しばらく会えないってのに、いつもは聞けない怒鳴り声を向けられた。


「行っちゃやだ! にいさまは、ずっといっしょに暮らすんだ! どうしても行きたいなら……僕を倒してから行けぇ!」


 ライオスがやれやれと首を振る。

 だけど、俺は咄嗟に身構えた。マリオスの手に、見覚えのある杖があったから。


「あれは……おばあさまの魔法の杖。保管してあったの、勝手に持ち出したな?」

「『 こん じょう 大地の柱 魂の鉄拳よ 我が激情を宿せ 偉大なる巨人よ 汝の腕をお借りする 怒れる大地の鉄腕ガイア・フィスト!』」

「……は?」


 マリオスの背後で、土が重なり盛り上がる。

 詠唱が進むにつれて高層ビルみたいな腕に変わり、馬鹿デカい拳を握りしめた。


「ソソソソラン! あれ上級魔法だろ!? なんてもの教えてんだ!」

「お、教えてないわよ! また勝手に魔導書を見たんだわ。って、だからってあの年で普通、上級魔法なんて使えないわよ! 私でさえ八歳だったのよ!?」


 村人からは悲鳴が上がり、両親はパニックになった。


「ダイン様! 闘気で防御を!」

「天才じゃ……うちの孫は将来の武神と叡神えいしんじゃあ!」

「こんなときに孫バカトリップしないでくださいませ!」

「み、みなさん逃げてくださ~い!」


 ダイン、メイ、ロアも余裕がないみたいだ。

 でも、俺は。


「はははっ! すげぇ!」


 なんか楽しかった。

 かなりヤバい状況なのに、笑いが込み上げてきた。

 だってそうだろ?

 俺の弟、すごすぎるじゃんか。


「そういえば、お前と本気で兄弟喧嘩したことなかったな。上等だ、マリオス!」


 もらったばかりの剣を構えて、闘気と魔力を高めた。


「『迸る稲妻の剣 天よりの断罪 愚か者たちよ 後悔の暇もなく ただ雷鳴と共に消え去れ! 轟雷砲サンダー・ランページ!』」


 俺はまだ中級止まりだってのに、マジですげぇよマリオス!


「魔法剣 雷光刃ライトニング・ブレイド!」


 稲光を纏う剣が生まれた。

 青白く照らされる俺の顔を、マリオスが睨みつける。


「にいさまの……ばかー!!」


 甲高い叫びと共に、大拳が振り下ろされた。


「いっくぜえぇぇぇぇ!」


 真正面から迎え撃つ。

 弟の魔法だ、全力でぶつからねぇと嘘だろう!


 隕石みたいな拳。なら俺はまっすぐ突っ込むロケットだ。

 突き出した刃が光を放ち、押し合い、拮抗する。


「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 砕けないように思えた岩肌に亀裂が入る。

 大量の雷が入り込み、伸びる腕の根元まで光らせ、爆散させた。


「『旋風の護羽衣サイクロン・ヴェール』」


 飛び散った欠片はソランが風の魔法で防いでくれて、人や村に被害はなかった。


「う、うぅ……」


 崩れ泣くマリオスに近づいて、肩に手を置いた。


「ごめんな、いつも俺の勝手に付き合わせて」

 

 顔を上げないまま、マリオスは首を振った。


「ち、ちがうよ。にいさまは悪くない。ぼくだって、本当は分かってるんだ。でも、でも……」

「お前はすごいよ、マリオス。こんな魔法使えるし、勉強もできるし、俺なんかよりずっと優秀だ。だから、信じて待っててくれないか? お前みたいなすごい奴に信じてもらえてるって思うと、自信もやる気も出るんだよ。な?」


 涙は止まってなかったが、やっとマリオスは顔を上げてくれた。


「絶対に、帰ってくるって約束する?」

「あぁ、もちろんだ! 俺を誰だと思ってる。五歳で上級魔法ぶっ放す、マリオス・ローガンのにいさまだぞ?」


 揃いの水色の髪が揺れて、この前抜けたばっかの隙っ歯が見えた。

 これで、安心して行ける。


「それじゃあ、みんな。いってきます!」


 泣いたり、叫んだり、紙吹雪を飛ばす人たちに見送られて。

 俺は生まれ育ったタイズ村を出た。


「……しっかし、ゴクウの奴来なかったな。今日出発だって言ったのに、分かってなかったのか?」


 一歩一歩踏みしめながら、姿の見えなかった親友を想う。

 正直なところ、ちょっと寂しかった。


「ま、仕方ないか……バレたら怒られそうだけど、ちょっとつまもっかな〜」


 荷物には、五日分の食料が入れてある。

 こんな序盤で消費するのは馬鹿なんだろうが、誰かが見ているわけでもない。たしか、干したイモとかあったはずだ。かじりながら行こう。


「えーっと、こっちの袋に」

「ウキッ」

「お、それそれ。ありがとな、美味いか?」

「ウキャイ!」

「そうか……って、ゴクウ! てめぇ、また勝手に食べやがって! い、いや、そんなとこでなにしてんだ!?」


 食料の入った革袋から顔を出したゴクウは、先につまみ食いをしていた。

 我が物顔で俺の肩に登ると、イモに続いてなにかを渡してきた。


「なんだこれ? 布……紐……ハチマキか!」


 どうやら当たっていたらしく、ゴクウは満足気に鳴いた。

 たしか、森に生えてる花で染められたはず。ここ最近、ライオスが村の売りにできないか試行錯誤していた。


「まさか、母ちゃんたちが作ってくれたのか。ありが……ってお前のもあんのかよ!?」


 ドヤ顔のゴクウは揃いの紐を取り出して、自慢気に巻いた。


「っていうか、もしかしてついて来るつもりか?」

「ウッキウキャ!」


 堂々と親指を立ててきた。

 一瞬引き返そうかとも思ったが、たぶん言うことを聞かないだろう。

 まぁでも、ぶっちゃけ嬉しい。


「しかたねぇ〜なぁ〜!」


 渡されたハチマキに目をやる。

 深い藍色に、思い出すものがあった。


「……似てんな。青輝石に」


 今は丘の上の墓標にかかった、リースのペンダント。

 昨日、挨拶に行ったときに見た懐かしい輝きが目に浮かぶ。懐に入れた護りの牙を掴んで、リースの想いを握りしめた。


「……よっしゃあ!」


 ゴクウに習ってキツく巻く。

 

 気合いは十分、準備もできた。

 なんなら旅の仲間もいる。


「次に帰ってくるときは、俺たちだけじゃねぇ。新しいファミリアといっしょだ!」

「ウキャッ!」


 今でも十分胸を張れる、自慢のファミリア。

 でも、まだまだ途中だ。これからもっと増やしてやる。

 俺と心の絆を結んでくれる人たちを。


「ついでに、ガイン伯父も連れて帰るぞ。冒険者やってるみたいだし、探し出してやる! 家族揃っておばあさまの墓参りだ!」

「ウッキャキャーイ!」


 テンションの上がったゴクウが飛び跳ねる。


「さぁ、行くぜゴクウ! 冒険の始まりだぁ!!」

「ウキャーッ!!」


 後先なんて考えず、思いっきり走り出した。


 二回目の人生は、まだ前の半分。

 なにが待ってるか楽しみでしょうがねぇ!

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