第19話 『家族会議』

「ケイン、お前に話しておくことがある」


 九歳の誕生日。

 夏の夜も深まってマリオスが寝たあと、俺はライオスたちと居間のテーブルで向かい合っていた。

 ダインとソランも座っていて、メイとロアはそばに立っている。


「お前も来年には十歳。貴族の子どもがその年齢になると、家を出て学ぶことが義務付けられている。知っているな?」

「はい」


 いつになく真剣な眼差しだった。


「選択肢としては、王都の貴族学院。王国軍養成学校。東の辺境の魔法学校がある。いっしょに考え」

「その前に知らねばならんことがある」


 腕を組んだダインが口を開いた。


「ローガンの名を背負って生きる以上、必ず付き纏う汚名……本来なら、儂だけが背負うべきものだ。お前たちには、本当に申し訳なく思う」

「……それって、ガイン伯父さんのこと?」


 その場にいた全員が驚きを隠せなかった。

 ダインが立ち上がり、カッと目を見開いて問い詰めてきた。


「なぜその名を知っとる! 誰に聞いた!」

「おばあさまに聞いたんだ。ほら、俺がワクチ草を取って帰ってきた日に。なにがあったのかも、だいたい知ってるよ」

「モニカが……そうか……モニカが」


 深いため息をついて、力が抜けたように座った。


「……なら、話は早い。ローガンの名を名乗れば、あやつの事件を言う輩は必ずいる。どの道に進もうとそれは変わらん。そのせいで、お前は苦しむことになるやもしれん」

「大丈夫だよ、おじいさま。そんなの気にしないって」


 明るく笑って見せたが、ダインは眉間にしわを寄せたままだった。


「その意気だ。だがな、あの悪魔を生み出してしまったのは儂の責任だ。その因果を孫にまで背負わせてしまうのは、心苦しくてな」

「親父殿の気持ちも分かるが、俺たちの頃よりはマシになってるさ。段階を踏むが、ローガン家の再興は国王陛下が認めてくださったんだ。言ったろ? いろんなとこから嘆願書が来てたんだって。ローガンの名を悪く言う奴もいるだろうが、味方になってくれる人も多いんだ。時間はかかるが、ケインたちの時代は明るいさ!」


 ライオスが頼もしいことを言ってくれたが、俺の胸に悲しい冷たさが流れていた。

 

 親であるモニカとダインが、自分を責めていることは知っていた。でも、この世界での悪魔は、世界を滅ぼそうとしたくらい悪い奴のことだ。本人の口から息子をそんなふうに呼ぶところは、見たくなかった。


「……ひとつ聞きたいんだけど、ガイン伯父さんって本当に死んだの?」


 モニカが死んでから今日まで、誰一人ガインのことを話題にしなかった。

 探すような素振りもなかったし、きっとモニカは、俺以外にあの手紙のことを言わなかったんだろう。葬儀の日、こっそり例の木箱を見てみたが中身は空になっていた。もしかしたら、いっしょに天に昇っていったのかもしれない。


「あぁ、それは間違いない」


 俺の質問に、ライオスが即答した。


「あのとき、親父殿が右目を潰し俺がトドメを刺した。心臓を貫いて、白亜岬はくあみさきの崖から海に落ちたんだ。魔力も尽きかけていたし、まず助からない。その様子は、あの場にいた討伐部隊の全員が見てる。メイもソランも……リースも、な」

「えっ」


 驚く俺を見つめながら、ソランが静かに頷いた。


「当時、冒険者ギルドにもクエストとして依頼が来てね。リースとはパーティを組んでたから、いっしょにクエストを受けたの。ライオスもガインも、知らない仲じゃなかったし。その場にいなかったのは、お義母様とロアだけね」

「そう、だったんだ……」


 ソランやリースまで参加してたのには驚いた。

 そのときは他人かもしれないが、自業自得とはいえ家族全員に追い詰められたガイン伯父には、なんだか同情してしまう。


「それほどのことだったんだ。ケイン、悪いがこれが父さんたちの過去で現実だ。お前がどう感じても、文句は言うまい。だが、あのときはそうするしか」

「大丈夫。たしかにショックではあるけど、おばあさまから聞いてたし。今さら傷ついたりしないって」


 俺の言葉に、みんなほっと表情を緩めてくれた。

 

 でも、これでハッキリした。

 誰もガインが生きていることを知らない。

 もし知ったら、どんな反応をするだろう。なんだか怖くて、とてもじゃないが言えない。  

 でも、今のままってのも悲しい気がする。あのとき見た、モニカの温かい微笑みが目に浮かんだ。


「さて、話を戻そう。ケイン、お前の進路についてだ」


 手を叩いて、ライオスが仕切り直した。


「実はどこでも伝手はあるんだ。貴族学院は父さんが卒業したし、養成学校は親父殿、魔法学校は母様が働いてたからな」


 自慢気に「ふふんっ」と鼻を鳴らして、ライオスは笑った。


「実はね、お義母様が魔法学校にあなたの魔法について手紙を送ってたみたいなの。ぜひお招きしたいって、ほらっ!」


 ソランが嬉しそうに、魔法学校からの推薦状を見せてくれた。


「軍学校もいいが、今のケインの実力は最上級生でも多くが敵わんだろう。だが、戦術や最新の装備について学べる。貴族学院は考えんでいい。あんなとこ、テーブルマナーとダンス覚えれば終いだ」

「息子の母校に対してひどくないか!? 学院なら、聖剣や伝説の武器に触れられる。他国との交流もあるから、学びは多いぞ?」


 それぞれがそれぞれの推す進路を言ってくれる。


 でも、すでに俺の中で希望はあった。


「どれも気になるけどさ。俺、冒険者になりたいんだ!」


 三人は固まり、メイとロアは目を丸くしていた。


「まあ! 冒険者になりたいの?」


 ソランはちょっと嬉しそうだった。


「た、たしかに十歳になれば冒険者にもなれるが……それよりも、どこかの学び舎に」


 長くなりそうなダインの言葉を、ライオスが制止した。


「理由を聞かせてもらえるか? まさか……リースがやってたから。とかじゃないよな?」


 俺は頷いた。


「まぁ、きっかけとして母上とリースのことはあったよ。でも、決めた理由は違う。俺はこの世界がもっと見たい。そして、もっと強くなりたいんだ!」


 大人たちは黙って聞いてくれている。


「たしかに、学校でも学べるし鍛えることもできる。でも、俺がやりたいのはそういうことじゃないんだ。本とか話で聞くんじゃなくて、自分の目で見て耳で聞いて、この世界を知りたい。ただ闘気や武術が上達するんじゃなくて、誰かを助けたり役に立つ強さがほしい」


 今度こそ真面目に学校に行こうとも考えた。

 でも、たぶん違う。

 うまく言えるか分からねぇけど、俺が求めるものは違うと思ったんだ。


「今までこの家でいろんなことを教えてもらった。それに、マテリアル・スネーク、バル・モンキー……盗賊とも戦った。嫌ってほど思い知ったよ、この世界は知らないことだらけで、俺はまだちっぽけで弱いんだって。だから、この体で旅をしたい。行けるとこまで行って、やれるだけやりたい! わがままなのは分かってる。でも、お願いします!」


 椅子から飛び降りて、深く頭を下げた。


 三人のリアクションが見えない。

 ちゃんと説明できたかも分からない。

 でも、言いたいことは言った。


「……顔を上げなさい、ケイン」 

 

 ライオスは淡々とした口調だった。


「分かっているか? 冒険者は母さんたちみたいな人だけじゃない。荒くれ者や、非道を是とする輩もいるんだぞ?」

「はい」


 もし関わってきても、上手く立ち回る自信はある。


「世界を見たいと言ったが、それは今まで以上の危険に向かっていくのと同じだ。命を落とすかもしれない。そして、誰かが助けてくれるとはかぎらない。覚悟はあるのか?」

「もちろん。でも、死ぬつもりはないよ」


 ライオスとソランが、小さく息を飲んだのが分かった。


「リースと約束したんだ。絶対、幸せになるって。最高のファミリアを作るって。だから、それまで死ねない。絶対に死なない!」


 考えるより先に言葉が出てきて、自然に胸を張っていた。

 しばらく見つめ合っていたが、俺の決意が固いことを悟ってライオスが小さく息を吐いた。


「分かった。冒険者になることを認めよう」

「ライオス! 本気か?」


 ダインがたまらず声を上げる。


「あぁ。だけど、条件を出させてもらう。まず、期限を設ける。冒険者としての活動は、各学校への途中編入ができるギリギリの、十三歳までで一旦止めてもらおう」


 口を挟まず聞き続ける。


「お前はローガン家の長男だ。これからは、その立場も理解しないといけない。跡継ぎがどこも通ってないのは、のちのち余計なしこりになる。社交界に触れたり貴族の同年代との交流は、必ず将来の役に立つ。なにも引退しろってんじゃない。一旦帰ってこいってだけだ」


 ダインが大きく頷く。


「次に、心人流剣術を免許皆伝まで修めろ。冒険者登録はそれからだ」


 これにはソランがたまらず「厳しすぎない?」と怪訝な顔をした。


「どんなクエストを受けるか分からないんだぞ? それに、ケインには才能がある。十三歳までに皆伝は不可能じゃない。ちなみに俺は十一歳で修めた。どうだ? やるか?」

「もちろん。十歳でやってみせるよ」


 自信満々で言い切った。

 条件を飲んだことで、ダインたちもそれ以上反対はしなかった。どうなるかは分からなかったけど、やるしかない。目標を得た俺は翌日から、さらに鍛錬に励んだ。


 でもまさか、誕生日当日にやり遂げるとは思ってもみなかったな。

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