第18話 『選んだ道』

 ギラギラした太陽が照りつける。

 立っているだけでも暑くて、汗が止まらねぇ。でも、地面に落ちた汗が瞬で蒸発するのは太陽のせいじゃない。

 目の前で剣を構えるライオスの、炎の化身の力だ。


「……覚悟はいいか、ケイン」

「はい!」


 前に見たときよりも巨大で眩しい。

 本物の炎よりも熱く感じる。


 だけど、引くわけにはいかない。

 

「『激しく流れる命の源よ 溢れる力を我が手に与えよ 清く、強く 今こそ湧け 千変万化の奔流 激流砲アクア・スクリーム!』」


 水の中級魔法が握った剣に宿る。

 尽きる気配のない水の刃を、ライオスに向けた。


「魔法剣 放水刃アクア・ブレイド!」


 森の至るところで鳴いていた蝉が、一斉に黙った。

 

 一瞬も気の抜けない緊張の中で睨み合い、そのときを待つ。

 やがて流れ落ちた俺の汗を合図にして、同時に斬りかかった。


 次の瞬間、立ち位置は逆になっていた。

 背後にライオスの気配がする。

 振り抜いた剣に、無くならないと思えた水は一滴もない。刀身は乾いた土くれみたいにボロボロと崩れた。


「……ケイン!」

 

 名前を呼ばれて振り向く。

 

 ライオスの闘気はすでに解かれ、満足気な笑顔を向けていた。

 指差す鉄の胸当てには、付いたばかりの傷がある。


「合格だ。心人流剣術、ライオス・ローガンの名においてここにすべての皆伝を認める」

「マジかよ……いや、じゃなくて! はいっ! ありがとうございます!」


 お辞儀のあとすぐ、嬉しくて飛び跳ねた。

 また鳴き始めた蝉の声が、祝ってくれる歓声に聞こえる。


「まったく、化身習得前にこれか。本当に先が楽しみだな」


 剣を納め、ライオスがぐしゃぐしゃと頭を撫でてきた。


「なぁ、ケイン。例のこと、気持ちは変わらないんだな?」


 まっすぐ目を見つめてくる。

 父親として真剣な証拠だ。


「うん、もう決めたから」


 だから俺も、ちゃんと答えた。


「……そうか」


 俺の言葉に頷いたライオスは、なにを思ったのか流れるような動きで不意をついて、肩車をしてきた。


「うわぁ! びっくりした! な、なんだよ急に! もう子どもじゃないんだから!」

「ばか、まだまだ子どもだっつうの……お前が進むって言うんなら、父さんはその選択を応援する。もちろん、母さんも親父殿もみんな。あぁ……マリオスは駄々こねるかもしれんが」

「あはは。だろうなぁ」


 恥ずかしいけど、誰が見てるわけでもないし。

 いつもより高い目線のまま、森を進んだ。


「ケイン」

「ん?」

「十歳の誕生日、おめでとう」

「……うん。ありがとう」


 夏が盛り上がってきたこの日。

 俺は心人流剣術の免許皆伝を獲得し、ケイン・ローガンとして十歳になった。


 祝ってくれる蝉の声が、さらに大きくなった気がする。


――――


 あの日。奇跡が起きた冬の朝。

 家に帰った俺はみんなに謝った。特にひどいことをしたマリオスには、なおさら真剣に。心配をかけた村の人たちや、ハンナたちのところにも行った。目の前で父親を亡くしたはずのミーナさえ、俺のことを気遣ってくれた。本当に、申し訳なかった。

 冬眠を振り切って見舞ってくれてたゴクウも、俺の笑顔を見て泣いて喜んで春までの眠りについた。そして俺は、今まで以上に自分を鍛えた。


 この三年間、長いようであっという間だった。

 ライオスとタイズ村に戻り、空も薄い影の色になった頃。誕生日と免許皆伝を祝って、夏の長い夜に大きな宴会が催された。


「ケイン様、おめでとうございます」

「その年で免許皆伝なんてさすがです!」

「ありがとうございます!」


 村の人たちが、次々に声をかけてくる。

 まだ酒は飲めないのが残念だ。


「くそ〜、なんかさらに差が開いた感じがする」


 骨付き肉をかじりながら、ジョンが悪態をついてきた。

 

「そりゃそうだよ。ケインは僕らより長く鍛えてるんだし」

「それに才能と顔が違うのよ」

「おいハンナ。最後のは関係ないだろ」


 いつもの三人組も、この三年で成長した。

 ダインに頼んで、希望者には戦い方を教えてもらえるように学校を作った。もちろん、剣や魔法だけじゃなくて文字の読み書きとか計算も学べる。最近じゃ、大人もいっしょに勉強してるらしい。

 ジョンは俺より背が高いし、年上も負かす剣の腕になった。ジミーは計算が得意で、商人のボッタクリを見抜いたこともある。ハンナは治癒魔法に興味があって、俺も鍛錬のあとに何度も世話になった。


 あの盗賊襲撃で失うばかりだったタイズ村が得た、数少ないものだ。


「ケインお兄ちゃん。おめでとう」


 後ろで細いきれいな声がした。

 振り向くとミーナがいて、いろいろな花で冠を作ってくれていてた。跪くと、照れながら頭に乗せてくれた。


「ありがとう、ミーナ。お前は本当に優しいな。なにも用意してないこいつらとは大違いだ」

「えへへへ」


 頭を撫でてやると、いつも嬉しそうに笑う。

 父親を亡くしたショックはしばらく続いていたが、今じゃこうやって笑えるようになった。ミーナは俺のおかげって言うけど、特になにかしてやったつもりはない。こいつが強いんだ。


「ケイン様、お祝い申し上げます」


 丁寧な声に顔を上げた。

 黒髪の見知った女が、感慨深そうな顔をしている。


「ありがとうございます」

「ほら。あなたもお祝い言ってごらん? 練習したでしょ?」


 後ろに隠れた小さな影に向かって、女性が言った。

 スカートに半分隠れたまま、ミーナより小さな女の子がひょっこり顔を出した。


「ケイン、しゃま。おめでとう、ごじゃいます!」


 大声を出した勢いで走ってきたかと思うと、つやつやした丸い石を渡してくれた。


「あげる、ます!」

「いいのか? ありがとう……エリース」


 この子の名前はエリース。

 あの日、俺の恋人だったリースが命がけで守ったもの。助けた妊婦が産んだ、かけがえない命だ。


「……エリース。お前の名前は、すごくきれいで優しくて、とっても強い人からもらった名前なんだ。だから、これからもお母さんの言うこと聞いて、好き嫌いせずにたくさん食べろよ?」

「うん!」


 元気に笑う小さなエリースの後ろで、母親が涙ぐんでいた。


「にいさまおめでとう!」

「おぐはっ!」


 気の緩んだ脇腹に、突撃してきた奴がいる。

 五歳になる、弟のマリオスだ。


「おまっ……思いっきり……」

「へへへへへ〜。だって、さっきから大人に囲まれてて、近づけなかったんだもん」


 無邪気な笑顔を向けてくる。

 ブラコンのつもりはないが、こいつの美少年っぷりはズルい。昔は自分もかわいいくらいに思ったこともあったが、マリオスは比べ物にならん。本当に股間にモノがぶら下がってるのか、ときどき疑問に思うことがある。


「ウキャキャ!」

「なんだゴクウ、お前も来てたのか」


 マリオスのローブのフードから、馴染みの顔が飛び出した。


「ウッキ!」

「お、ワクチ草! わざわざシロツメクサで結って、祝いのプレゼントか!」

「キャキャキャッ!」

「ありがとうよ、親友……おい、そこの三人。猿以下だぞ?」


 俺が顔を向けると、三人はわざとらしくそっぽを向いた。


「ま、まぁ、なんだ。いつもの遊び仲間が揃ったな!」

「なにかして遊ぶ?」

「ケインは今日の主役なんだから。大人しくしてなきゃだめよ」

「じゃあみんなでお喋りしようよ」

「えりーすもー!」

「ねぇねぇ! じゃあ、明日からの遊びの計画立てようよ! 川に行ったり、森の探検したりさ!」

「ウッキャーイ!」


 酔った大人たちよりも盛り上がってる。


 そうか。そういえば前の人生なら、夏休みになっててもおかしくねぇんだよな。


「ねぇ! にいさまはなにしたい?」


 マリオスのキラキラした目が、俺を見上げた。


「あー……俺は」

「ここにおったか、ケイン」


 声の主はダインだった。

 顔はすでに赤くなっていて、気持ちいい量の酒が入ってることが分かる。


「マリオスや友人たちもいっしょか……ちょうどいい。皆に挨拶を」


 頷いて、近くの塀の上に立った。


「えー、みなさん! 今日は俺のために集まってくれて、ありがとうございます。ただ食べて飲みたかった人なんて……いないよな?」


 声の届く範囲で笑いが起きた。


「あの日から三年。タイズ村はこうやって、みんながまた笑えるようになった。それは、ここにいる全員が前を向いて努力してきたからだ……この場を借りて感謝を。本当にありがとう」


 人前で話すなんて、前の人生じゃ想像もしてなかった。

 俺のお辞儀と言葉に、何人かは涙を流した。


「みんなが頑張ってくれたおかげで、俺は剣の修行ができたし十歳になれた。だから……次に進める」


 見上げるマリオスが「にいさま?」と呟くのが聞こえた。

 ダインや、離れたところで寄り添うライオスとソラン。配膳の手を止めたメイとロアは、優しく見守ってくれている。


「俺は村を出る。冒険者になって世界を見て、さらに強くなる! 寂しいかもしれないけどさ、応援してくれよ!」


 どよめきのあとに、かき消す拍手と声援が飛んできた。


 でも、ダチのみんなは唖然として俺を見ている。

 特にマリオスとミーナは、涙を流して首を横に振っていた。


「悪いな、みんな。もっと早く言えばよかったんだけどさ。ちゃんと免許皆伝もらえるかも分からなかったし、なんか……言いづらくて」 

「う、嘘だよね、にいさま」


 塀から下りて謝ると、真っ先にマリオスが腰に抱きついてきた。


「いや、本当だ。諸々準備して、五日後には村を発つ」

「なんで!」


 今にも噛みつきそうな目で睨んでくる。

 他のみんなも、怒っているとも悲しんでいるとも見える表情をしていた。


「マリオス。俺たちローガン家は貴族だ。十歳になったら学校に入らないといけないから、どうせ村を出るんだよ。それに入学するなら、今年の春には行かなきゃいけなかったんだぞ? 長くいたほうなんだ」

「で、でも……こんないきなり言わなくても……」


 ハンナとミーナも涙ぐんでいる。

 ジョンとジミーも涙を堪えて震えていて、エリースとゴクウは状況が分からず、きょとんとしていた。


「ごめんなマリオス、みんな……前もって言うとさ、俺が辛かったんだよ」


 やばい、なぜか泣きそうだ。

 免許皆伝が嬉しくて、冒険者生活を想像してわくわくしてたのに。

 去年、ライオスたちと話をして決めてから、ずっと覚悟はしてたはずなのに。


 なんで、みんなと別れるのが寂しく感じるんだ。


「「ケイン〜!」」


 みんなが集って、俺を囲んで抱きしめた。

 普段は俺も含めて大人ぶってんのに、今はただの子どもだった。


 友達が別れを惜しんでくれる。

 前世で小学生だったとき、クラスの人気者が転校する日がこんな感じだった。俺は離れたところで睨みつけながら、そいつがムカついて、嫌いで、羨ましかった。

 

 でも、今なら分かる。

 きっとあいつも辛かったんだよな。

 大好きな友達と離れるのは、 どんなに前から分かってても泣きたくなるんだからさ。


「ごめん、みんな……ありがとう」


 けれど、俺の気持ちは変わらない。


 なにがあっても揺るがない強さを手に入れるため。

 この二回目の人生が終わるとき、心から幸せだと思うため。

 そして、俺の最高のファミリアを作るために。


 ケイン・ローガンは、冒険者の道を選んだんだ。


 


 

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