第17話 『光の贈り輪』

 手紙の一枚目には、走り書きみたいな文字が並んでいた。

 

『はじめまして、ケイン・ローガン殿。あたしは、王都で鍛冶屋をしているシーマという者だ。リースが冒険者を始めた頃からの、古い友人だ』


 そういえば、小さい頃から冒険者をしてたって聞いたことがある。

 結婚前のソランとは、パーティを組んでたんだっけ。


『……リースのことは風の噂で聞いていた。正直、村に行くまで信じられなかったけど。でも、丘の上に建てられたあの子の墓を見て、現実だと思い知らされた』


 リースの墓……そんなもの俺は見たくない。

 葬儀もほとんど記憶がなかった。あっても、思い出したくない。


『そしてお屋敷に立ち寄って、貴方のことも聞いた。お互い顔も知らないし、貴方にとっては赤の他人だろう。でも、リースの友達として頼む。どうか最後まで読んでほしい。』


 きっとこの人は、俺よりもリースのことを分かってるんだろう。

 俺はメイドになる前のことなんて、少ししか聞いてないんだから。


『あの子は小さい頃、用心棒だった両親を殺された。それから生きていくために、年齢を偽って六歳から冒険者になった。その人生、楽しかったことのほうが少ないだろう。ソランさんと出会って、ローガン家のメイドになって、やっと安心して寝られるって言ってたほどだ』


 手紙の中に、俺の知らないリースがいた。

 今の俺よりも小さい頃から、冒険者してたのか。

 親を亡くして、たった一人で。

 それなのに、あんなに明るく笑って。

 

「すげぇなぁ……」


 声が漏れた。

 

 本当にすげぇよ、リースは。

 そんな女に、ガキが偉そうにプロポーズとかして勘違いして。馬鹿みてぇだ、ほんと。

 

「……リースのほうが強くてすごいのに、なんで……」


 息苦しさを感じながら、なんとか読み進める。


『そんなあの子が、貴方に恋をした。あの子の気持ちは本物だった。だからこそ、あたしにこれを依頼してきた。完成はもっと先の予定だったが、訃報を聞いて前倒しで仕上げた。でも、決して手は抜いていない。むしろ、リースへの弔いを込めて全身全霊でやらせてもらった』


 そういえば、この小包みはなんだろう。


『これはリースが貴方への贈り物として、注文してきたものだ。だから、貴方に渡す。金はいらない。それと、これを依頼されたときの手紙を持参した。どうかあの子の手紙を読んでから、中身を見てほしい。込められた気持ちが、どんなものなのか知ってほしい。あたしはこれを届けてすぐに帰る。願わくば、いつかリースが惚れた貴方に会えることを願う。 シーマ・ファルコ』


 一枚目は、それで終わっていた。

 ということは、これ以外は全部リースが書いたものということになる。

 何枚も重なった紙を取り出して、開いてみる。懐かしい、ところどころ丸いリースの文字が並んでいた。


『シーーーマ! 久しぶりっすねぇ、元気にしてるっすか? 仕事はどうっす? 前に言ってた飲み屋で出会ったドワーフとは、イチャラブしてるっすか? あーしはっすねぇ、してるっすよイチャラブ! まぁ、ケイン様はまだお若いんで、そんな大人のカンケイみたいなのではないんすけどぉ、もう聞いてくださいよ! ケイン様本当にカッコよくてかわいいんすから! 武術の鍛錬になると、人が変わったように荒々しく逞しくなるんす! 闘気なんて大人顔負けで、どんだけ強くなるのー! って感じで、同じ頃のあーしより断然強いんすよ!」


 依頼の手紙なはずなのに、終始関係ないことが続いていた。

 というか、俺とのことを書きまくっている。


『勉強も真面目で、獣人語もほぼ完璧っす! しかも、初めて喋った文なんだと思うっすか? 僕はリースを愛してるっすよ? クッハー! 思い出しただけで顔が熱くなるっす!』


 覚えてる。

 喜んでくれると思って言ったら、本当に顔を真っ赤にしてた。


『いっしょに川に遊びに行ったとき、あーしビショビショになったんすけど、いろいろ透けてたみたいで。ケイン様には刺激強かったらしくてめっちゃ照れてたんすけど、マジかわいくないっすか?』


 これも覚えてる。

 下着とか体の線が見えて、リースを直視できなかった。その次の日に水着を着たところを見せてくれて、同じ反応をしてしまった。


『この前ケイン様と〜』


 覚えてる。


『こんなことがあって〜』


 全部覚えてる。

 リースと過ごした時間は、昨日のことみたいに思い出せる。

 声も、匂いも、毛の感触もなにもかも。

 ハッキリと、まだ生きてるみたいに。


『あ! そろそろシーマのことだから、ノロケかって読むのやめちゃうっすよね? 待って待って! 実はお願いがあるんす! 鍛冶師としてのシーマに頼みたいことがあるんすよ!』


 涙で文字が読みづらくなった頃、手紙が本題に入った。


『ほら、前に話したっしょ? ケイン様にプロポーズしていただいたとき、青輝石のペンダントもらったんす。だから、あーしもなにか贈りたいなって。もらってばっかじゃ、なんか悪いじゃないすか。ケイン様には、本当に本当に、今までのあーしじゃ考えられないような幸せをもらってるのに。一個くらい、あーしもお返ししたいんす』


 なに言ってんだよリース。

 俺のほうこそ、お前にどんだけのものをもらったと思ってるんだ。


『だから獣人族に伝わる、護りの牙を作ってほしいんす。シーマは知ってるっすよね? 古い言い伝えで、戦場に出る戦士に贈られたっていう小刀っす。ケイン様は人族っすけど、似合うと思うんすよねぇ。ってか、あーしが持ってるとこ見たい』


 小包みに目をやる。

 やっと中身が想像できた。


『で、小刀に託す三つの願いなんすけど。刀身に刻む紋様は、一つが揺るぎない強さ。もう一つが、心からの幸せ。で、お願いするっす!』


 リース、ありがとう。

 でも、お前がいないなら俺は幸せなんて感じられない。


『で、柄に埋め込む宝石なんすけど、ローズダイヤモンドで……分かってるっすよ! 永遠の愛なんて石言葉、あーしには似合わないって! でも、向こうは深まる愛っすよ? 負けてられないじゃないっすか! だってあーし、ケイン様のこと大好きなんすもん! この世で一番愛してるんすもん!』


 手紙は最後の一枚に移った。


『もし……もし万が一、ケイン様の身になにかあっても、きっとあーしはケイン様を愛し続ける。ケイン様がいなくなった世界で、ケイン様の思い出といっしょに生きる。世界で一番幸せになって、ケイン様が愛した女はこんなに幸せだって見せてあげるんす。そして周りには、こんなに幸せなあーしが初めて愛した人はこんなに素晴らしかったって、自慢してやるんす! そのくらいの覚悟を持って恋してるんすよ! だから……お願い、シーマ。逆にあーしになにかあったとき、あーしの代わりにそばにいれる物を作ってほしいっす。あ、お金は言い値で払うっすから! じゃ、よろしくっす!』


 涙で目がろくに開けられない。

 鼻水のせいで息が上手くできない。

 それでも、俺は、小包みを開けた。


「これ……が……」


 木の鞘に納められた反りのある小刀。

 抜いてみると、白い刀身の両面に見たことのない模様が掘られていた。でも、見た目のイメージで意味は分かった。

 そして、鞘と同じ木でできた柄。その先端と鍔の部分に、ピンク色の宝石が光っていた。


「永遠の……愛」


 手紙の中にはリースがいた。

 俺が初めて好きになった人が。


 明るくて、優しくて、ちょっとドジで、強くて、面白くて、子どもみたいなとこがあって、まっすぐで、かわいくて、きれいで、照れ屋で、俺のことを本当に愛してくれた人。

 俺が死んでも愛し続ける覚悟を持ってくれて、自分が死んでも愛し続けてくれた人。


 なのに、俺はいない。

 リースが愛してくれた俺は、ここにはいない。


「……なにやってんだ」


 情けなくて反吐が出る。

 なにを一人で絶望してやがる。

 お前の気持ちは、死んだからって消えるようなもんだったのか?

 リースが愛してくれた俺はこんな姿だったか?


 違うだろ!

 なにがあっても変わらねぇ気持ちで愛してたはずだろ!

 リースが愛してくれたのは、強くて、カッコよくて、かわいい俺なんだろ!

 このままリースに会いに行ってなんになる。こんな情けねぇダセぇツラで、なにを話すっていうんだ!


 二回目の人生まで、つまんねぇ生き方すんじゃねぇ!


「く、そ、が、あ!」


 小刀を持って、俺は部屋を飛び出した。

 驚く家族を無視して、そのまま外へ走り出した。


 雪は止んでる。でも、息は白くて肺が痛い。薄く積もった雪の上は、裸足には冷たい。

 だからなんだ。

 リースが惚れてくれた強さまで手放そうとした、大馬鹿にはちょうどいい罰だ。


「リー、ス」


 久しぶりに動いたから、すぐにバテる。

 でも、止まりたくない。自分が許せなくて、今の自分を振り切りたくて、無我夢中で走った。進むごとに、纏わりついていたなにかが取れていくような気がした。


「お、れ……俺、は!」


 どれくらい走ったか分からない。

 ついに転んで、茶色い雪と泥だらけになった。


「俺は……リース……」


 柄を握りしめて立ち上がる。

 全身が痛くて冷たい。心も痛くて冷たい。

 それでも、俺は立ち上がる。


『あ! ケイン様、見てください!』


 いつかの声が聞こえた気がした。


 『稀に一年の間に二回目が見られることもあって!』


 頭と背中があったかい。

 そして、地面が光に照らされ始めた。


『一度目はあなたへ幸運を』


 ゆっくりと空を見上げる。

 俺の上には、雲の切れ間から出た太陽があった。


 そして、前よりも大きな光の贈り輪フォトン・リースが輝いていた。

 

『二度目はずっとあなたのそばに』


 俺は泣いた。

 散々泣いて泣いて泣きまくったけど、その比じゃないくらい泣いた。

 だって、奇跡が起きたから。

 リースがそばにいてくれる、幸せな奇跡が。


「リィィィィスゥゥゥゥゥ!」


 心の底から叫んだ。

 今見てくれてるはずのリースに、俺の愛した人に向かって。


「俺っ! 誰よりも強くなるからっ! 絶対幸せになるからっ! お前にっ、その姿を見せてやるっ。周りの奴らにっ、お前のこと自慢してやるっ! だから……だから見ててくれよっ! お前が好きになった男がっ、愛をくれた男がっ、最高の人生を生きるとこをさぁっ!」


 護りの牙を掲げて、光の輪に誓った。

 もう、どんなことがあっても折れない。

 二度と絶望なんかしない。

 リースが願ったのは揺るぎない強さ、心からの幸せ。そしてくれたのは、永遠の愛だから。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 叫んで、叫んで、腹の中に溜まったくそったれも全部吐き出した。


 帰り道は雪がきらきらしていた。

 見渡せば、光の下でタイズ村が、世界が、白く輝いている。

 

「きれいだな」


 呟いた言葉はなんだかくすぐったくて、気持ちが良かった。

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