第13話 『全力で』
村が騒がしい。
窓から見える空には黒煙が上がり、遠くからは人々の叫びも聞こえる。
「何事だ!」
「ダイン様ー! た、大変ですぅ! 結界が破られてます〜!」
「なんだと!?」
ロアの言葉は、にわかには信じられんかった。
だが、周辺の森に張り巡らせた結界はロアがエルフの術で作っている。その本人が言うのだから、間違いないだろう。
しかし、このダイン・ローガン。父より家督を継いだ日より三十四年、護りの結界が破られるなど初めてだ。
「ええい、なにが起きとる! メイ! 式神を」
「もう放っております。村の様子はこちらです」
言うより早いか、メイが持ってきた水晶玉にいくつかの空から見た映像が映った。
「さすが忍の末裔だの……こやつら、盗賊か? こんな奴らに結界が破られたと言うのか?」
腑に落ちん。
盗賊風情にしては装備が整っている。が、それ以外、特に変わったところは見当たらない。
「……タイミングが良すぎる気もするが、考えとっても仕方ない。リース! 儂の剣と盾を用意しろ!」
居間に行くと、険しい顔のソランが怯えたマリオスを抱いていた。
さすがは元冒険者。自分のやることが分かっとる。
「現当主ライオスに代わり、儂がこの場の指揮を取る! ソラン、マリオスを連れて教会へ避難しろ。その後立て籠もり、やって来た村人を守れ。ケインのことは心配ない。あやつなら、そのへんの大人より上手くやっとるはずだ」
「はい、お義父様」
短い返事を返す母の顔を、マリオスは何度も瞬きをして見つめている。
普段と違う声色に、驚いとるんだろう。
「ロア、ソランたちと共に行け。途中村人がいれば、可能なかぎり連れて行くのだ。送り届けたのち、人々の救助に当たれ。混乱が収まるまで、結界のことは捨て置いてよい」
「はい〜。奥様、マリオス坊ちゃま。行きましょう」
三人が足早に屋敷を去る。
状況の飲み込めていないマリオスが、ソランに抱かれたまま手を振ってきた。
なんと愛おしい。
その数秒だけは、甘々なじいさまに戻ってやった。
「大旦那様」
入れ替わりに現れたリースの手には、長年連れ添った相棒が抱えられていた。
「メイ、リース。お前たちは村へ繰り出せ。儂は戦える者を指揮しながら、どこかにおる首領を叩く。なんとしても村人を守り、不届き者は見つけ次第始末しろ……まさかとは思うが、腕はなまっておるまいな?」
「もちろんです」
「逆に腕が鳴るっす! ケイン様と合流して、共同作業してやるっすよ!」
儂が剣と盾を受け取ると、二人も自身の獲物を手にした。
メイはクナイと呼ばれる投げナイフ。
だが、此奴の真骨頂は忍術という先祖代々の術にある。式神なんぞ、その一端に過ぎん。儂と若い頃から苦楽を共にした、最も信の置ける従者だ。
リースは双剣。
幼き頃より冒険者として歩み、ソランを姉のように慕い我が家に仕えた。一度本気の戦いを見たことがあるが、相手にする奴を気の毒に思う。ケインの将来はケツに敷かれるもんだと、胸を張って言えよう。
「よし、では参る」
愛する妻に先立たれ、もはや老いた身と思っていた。
だがまだ戦いに血沸く思いを抱き、闘気を抑えられんとは。
「我らローガン家に喧嘩を売ったこと、死ぬほど後悔させてやろうぞ」
我未熟也。
ならばこそ、敵に加減などせぬ。
全身全霊全力で叩き潰すのみである。
――――
タイズ村が、俺の故郷が燃える。
空に広がる夕焼けと、火と、飛び散る血で赤く染まっていく。
「やめやがれクソがぁ!」
闘気を操り、視界に入った盗賊共を片っ端から殴り倒した。
どいつもこいつも汚い身なりで、奪うことしか考えてねぇツラをしてやがる。
「あ、ありがとうございますケイン様!」
「はやく行け! こういうときの避難は教会になってるだろ!」
「は、はい!」
助けた女に一喝して、顔を潰した男が手放した剣を拾った。
「……いい剣すぎやしねぇか? こんなもん買う余裕あるなら服着ろよ」
刀身に刃こぼれ一つない。
鏡みてぇに後ろの景色を映して、襲われてる人の様子を教えてくれるほどに。
「オラァ!」
思いっきり突進して、男を壁に突き刺した。
「大丈夫か……って、お前ら!」
襲われていたのは、さっきまでいっしょにいたジョンたちだった。
あのあとすぐ、教会に逃げる大人に三人とゴクウを任せたはずだった。俺は飛んでくる矢を叩き落としたり盗賊を倒したりしていたから、そばにいたら危ないと思ったのに。
「なにしてんだ、こんなところで!」
「そ、それがさ……」
ジョンとジミーは、気まずそうに顔を見合わせた。
よく見ると、ハンナは小さい女の子を抱きしめていた。マリオスよりも、少し年上に見える。
「……その子は?」
「ウチのとなりのミーナちゃん。いっしょに逃げてたの。でも途中で、サイモンおじさん……この子の親が」
ミーナは震えていた。
瞬きを忘れたように、一点だけを見つめて青い顔をしている。
「どこに逃げても盗賊がいるから、わたしたち無我夢中で」
「き、気づいたらここにいたんだよ」
「ご、ごめん〜」
「……べつに怒ったりしねぇよ。よく生きてたな。んで、よくこの子を守った」
俺がライオスたちにしてもらうように、三人の頭を撫でてやった。
そして膝をついて、ミーナの目を見つめた。
「大丈夫。絶対に俺が守ってやるからな」
撫でるついでに、髪についたすすを払ってやった。
「よし、急ぐぞ。教会はこの先の丘の上……って、ゴクウはどうした?」
「途中ではぐれちゃって」
「……まぁ、あいつならどうにか逃げてるか。行くぞ、気合い入れろよ!」
ミーナをジョンがおんぶして、俺たちは避難を急いだ。
この世界の神様、サンラ教の教会は庭を含めればローガン家の屋敷よりも大きくて、古いが作りも強固だ。万が一の避難先として、ダインが村人にも周知している。実際、混乱が増す中でも村人たちはヤケクソにならず、みんな教会を目指して走っていた。
「くそっ、なんなんだよあいつら!」
「と、盗賊でしょ? 結界はどうなったの?」
「無駄口叩いてないで走って!」
時々飛んでくる矢や魔法から四人を守りながら、常に闘気を纏って警戒する。
「あれは」
目指す丘の上が、金色の光に包まれた。
見るのは初めてだが、話には聞いたことがある。ソランが使う守護系上級魔法のはずだ。
「お前ら、見ろ! あそこに行けば安全だからな! がんばれ!」
ミーナ以外の目に希望が宿った。
俺も、とりあえずソランの安全が確認できてホッとした。きっとマリオスもいっしょだろうし、ダインたちも行動を起こしてくれているはずだ。
それに、リースだって強い。
こんなクソみたいな奴らに負けるはずがない。もちろん心配にはなるけど、今の俺がやるべきことはこいつらを送り届けることだ。
それに、愛した女を信じねぇで誰を信じるっていうんだ。
「ソラン様の魔法だよな! よし、はやく行こ」
「待て!」
先に進もうとしたジョンを止めた。
目の前の景色がなにかおかしい。
村人が極端に少なく感じるし、村中にいる盗賊の気配がない。それによく見ると、坂の上に薄い靄みたいなのが漂っている。
「……あの家に隠れてろ」
中に誰もいないことを確認して、四人を手前の民家に隠した。
気配を消して靄に近づく。
バル・モンキーにやられたしびれ茸を思い出して、咄嗟に息を止めた。
「グヘヘヘへへ」
この判断は正解だった。
靄の中には、案の定盗賊たちがいた。そして、村人たちも。
男は見るかぎり死体になっていて、女や子どもは犯されている最中だった。
「兄貴〜、便利ですねぇその薬!」
小太りの男が、腰を振りながら笑った。
兄貴と呼ばれた男の足元には、靄と同じ色の煙を出す小瓶が転がっている。
「だなぁ〜。前もって解毒薬飲んどけば、俺たちには効かないもんな。ここで薬撒いて待っとけば、村の奴らが勝手に来て倒れていくもんなぁ〜。殺し放題、犯し放題。あぁ〜楽だなぁ〜」
虫酸が走る。
囚われた村人たちは、叫び声も上げられないまま好き勝手にされていた。
殴り屋なんてやってた前世の俺は、誰が見てもクズだった。
でも、前の世界にもこの世界にもいるみてぇだ。
それ以下の、どうしようもねぇクズが!
救う価値もねぇゴミが!
物陰から飛び出して、地面に刺さった矢を抜いた。
敵は三人、下半身に夢中で油断している。
まず、一番近い男の背後に忍び寄って首に矢をぶっ刺した。
「んぐ?」
なにが起こったか分からないんだろう。
イキり勃たせたまま倒れた。
「なに!?」
離れつつ、倒れた男が放り投げていた剣を拾う。
混乱したもう一人から女を引き剥がし、胸を貫いた。
「ぎゃっ!」
「なんだ餓鬼がああああ!」
兄貴と呼ばれていた、背の高い男が立ち上がる。
イカれた顔で、唾を吐き散らしながら槍を構えた。
「うぎああああっ!」
だが遅い。
繰り出された突きは簡単に躱せた。地面に刺さった槍のしなりを利用して跳び上がり、微塵も尊敬できない兄貴を脳天から叩き斬った。
「げば……」
周りに他の盗賊はいない。
とりあえず邪魔なのはこの薬だ。解毒薬があるってことは、魔法も効くかもしれない。
詠唱で少し吸っちまうかもだが、仕方ねぇ。
「『不浄の闇よ 蝕む死の蟲よ 聖なる光によって浄化されよ
緑色の光が右手に宿った。
全身に回らない一点集中の解毒魔法。
使い物にならねぇと思っていたが、今は試してみる価値がある。
小瓶に近づけると激しく震えだし、一気にひび割れた。同時に、辺りを包んでいた靄も消え去った。
「くっ……やっぱ吸っちまったか」
頭が揺れる。
動けないほどじゃないが、どうしても闘気だけは維持できなかった。
「大丈夫、か?」
ヤられていた女たちに声をかける。
ゆっくりと起き上がると、みんな礼を言うか泣き出した。
「あ、ありがとう、ございます」
「お父さん……お兄ちゃん……」
男たちは動かない。
この人たちは、目の前で家族を殺された上にあんな仕打ちを受けていた。
許せねぇ。
人の人生をなんだと思ってやがる!
「辛いだろうけど、教会に急げ。母上がいるはずだから、処置もしてもらえると思う……全部終わったら、弔ってやろう」
「……はい」
なんとか言い聞かせて、女たちには先に避難してもらった。
武装した村の男たちが来るのが見えたから、たぶん大丈夫だろう。
「あいつらも、連れて、行かねぇと」
体が重い。
今襲われたらヤバいな。
「ケイン!」
民家の扉を開けると、ナイフを持ったジョンがみんなを守ろうと身構えていた。
「おう、ありがとうなジョン。もう先に進める。今のうちに早く行け」
「ケイン……大丈夫なの?」
ジミーが体を支えてくれようとしたが、払いのけた。
「俺のことはいいから行け! 大丈夫、少し休めば動けるようになるから」
「そんな……」
ハンナが涙目で見てくる。
今はこいつらより速く走れねぇ。いっしょだと、足手まといになっちまう。
だから、これでいいんだ。
なぁ、おばあさま。
この選択は間違ってねぇよな?
「行け! 行って母上に知らせてくれたら、それでいい」
「だ……め……」
消えそうな細い声だった。
震えたままのミーナが、俺の服を摘んでいた。
「もう……死ぬの……やだ……みん……な……いっしょが……いい」
顔を見るだけで、半端じゃない勇気を出してくれたことが分かった。
これ以上、なにも言えない。言えるはずがねぇ。
「……分かった。いっしょに逃げよう」
一瞬でいろいろ考えて、最悪の場合は俺が囮になるつもりで頷いた。
「逃がさないよお〜ん」
後ろで酒焼けした男の声がした。
振り返ると同時に蹴り上げられ、家の奥に吹っ飛ばされた。
「ごはっ!」
「ケイン!」
みんなが駆け寄ってくる。
睨みつけると、敵は一人ではなかった。さっきよりも多い、五人いる。
「薬の靄が消えたから来てみたら、あの腹立つ義兄弟は死んでるし好みのガキ共がいるし、オレたちツイてるぜぇ〜!」
下劣な笑顔を浮かべて、男たちはドカドカと入ってきた。
まだ、闘気は戻らない。
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