第14話 『死ぬ気で』

「おぉ、良さげな幼女いるじゃねぇかあ〜」

「いい感じの男の子〜、生意気そうなツラがそそるわ〜」


 いい大人が、揃ってよだれ垂らしやがって。

 蹴られた腹の痛みに耐えながら、咄嗟に掴んだのはただのフォーク。見回しても、ろくな武器がねぇ。

 せめて闘気が出せれば、せめて体が動いてくれれば。


「ちょい待ち」


 進み出ようとした配下を制止して、先頭の髭面が俺を睨んだ。


「お前のそれ……返り血だよな? まさか、あの兄弟もお前がやったのか?」

「……だったらどうするよ?」


 ビビって逃げ出してくれるとは思えない。

 それでも、目で殺すつもりで睨み返した。


「ふぅ〜ん……よし、決ーめた。お前はあとで、お頭のとこ連れて行こう」


 ニヤリと笑った髭の先まで、光が漂う。

 こいつ、闘気を使いやがる。


「ぶあっ!」


 顔面を殴られるまで、一瞬だった。

 カウンターでフォークを突き刺してやろうと構えていたつもりだが、反応すらできない。


「ヒャッハー!」


 髭に続いて、男たちがハンナたちに迫る。

 

「やめろ! 離せぇ!」

「やだ! やだ! やだああああ!」

「いやああああああああ!」

「た……たす……け……て」


 ミーナが俺に手を伸ばす。

 俺も必死で応えた。だが、土まみれの靴に踏みつけられた。


「ぐああああっ!」

「ほらほら、お友達が大人になるとこそこで見てろ」


 髭面は、馬乗りになって俺をボコボコにした。

 

 こんなもんを懐かしいと思うなんて、やっぱり俺はどうかしてる。

 何度も何度も、血の繋がりも心の繋がりもない大人に同じことをされてきた。だから、最低限守るべき部分は分かる。自分のことはなんとかなる。問題は、あいつらだ。


「おらっ! もっと抵抗してみろ!」

「そぉ〜ら、脱ぎ脱ぎしましょうね〜」


 振り下ろされる拳の向こうで、必死に抵抗するジョンたちと狂った笑みの盗賊たちが見える。


 クズ共が!

 くそっ、なにもできないのかよ!

 あんなに鍛錬を積んで、勉強して、結果がこれかよ!


「うん、このくらいかな。おい! その子の服、オレにも破かせろ!」


 一通り殴り終えた髭面が、俺から離れた。

 絶好のチャンスなのに、体が重くて痛え。

 肉も骨も、言うことを聞いてくれない。


「く……そ……俺……は……」


 辛うじて口だけが動く。

 こんな状態でなにができる。

 悔しくて、唇を噛んだ。


『どうしました? ケイン』


 自分で与えたその痛みが、頭に声を蘇らせた。


――――


 二年前。

 モニカに魔法を教えてもらっていたとき。

 まったく飛ばない魔法にイラついて、同じように唇を噛んだことがあった。


「だって、毎日やってるのに全然上手くいかなくて。というか、闘気があるのに魔法って戦いで役に立つんですか?」


 屁理屈じみた疑問だった。

 でも実際、詠唱に時間がかかる魔法は実戦向きとは思えなかった。


「そうですね……たしかに、詠唱による隙はあります。攻撃よりも、生活に根付いたもののほうが広く伝わっていますね。ですが、魔法には魔法の利点がありますよ」


 モニカは諭すように語ってくれた。


「利点って?」

「魔法は属性や相手に合わせて、自分に有利なものを使うことができます。そして、闘気と違って安定しています」

「安定? なにが?」


 モニカは微笑むと、ファイアボールの魔法を詠唱した。

 火球は空に昇り、屋根の遥か上で炸裂した。


「見ましたか? 杖も構えもなしに、呪文だけであの威力です。闘気は体や心の状態、環境などに左右されやすい。魔法は道具で高められることはあれど、練度に見合う効果は保証されています。まぁ、魔力の残量だけは気をつけないといけませんが」


 頭に優しい温もりが伝わる。

 もう二度と触れられない、モニカの手だ。


「魔法も闘気も使えたほうが、どんな状況でも戦えます。強力な魔法なら、一発逆転だって狙えますから。覚えておいて損はないですよ?」


 それ以上なにも言い返せず、素直に頷いた。


――――


 あの日、馬鹿なりに納得したはずだ。

 魔法も手を抜かず、毎日高めてきたはずだ。


 闘気が使えねぇなら、べつのやり方で戦え!

 いきなり轢かれたわけじゃねぇだろう!

 出せるもん全部出してから死にやがれ!


「『火よ……燃え盛る……つぶてと……なり……この手に……宿れ……火球ファイアボール!』」


 魔力が手に流れる感覚がした。

 せっかくの魔法もこのまま狙うことはできないし、相手に当てれば手首から先が吹っ飛ぶだろう。

 でも、関係ねぇ。

 すでに腹は決まった。


「……なん……だ?」


 不思議なことが起こっていた。

 手のひらが熱くない。

 いつもなら火球が燃えて、ほっといたら火傷するはずなのに。


「マジか……」


 見てみると、火球すらない。

 代わりに、握ったままだったフォークが真っ赤な光を放っている。

 なにがなんだか分からんが、こっちには好都合だ。


 あとは動け、死ぬ気で動け。

 五秒でいい。やれ! 餓狼!

 あの世でモニカに胸張って会おうや!


「ガアアアアアッ!」


 背を向けた男に吠えた。

 立ち上がり、フォークを構えて突っ込む。


 体が引き裂かれそうだ、内臓が飛び出て死にそうだ。

 でも、まだ死んでねぇ。

 実際そうなったから、ここまで来たんだろ。

 苦しいのも痛いのも生きてる証拠だ!


「あん?」


 髭面が振り返る。

 ホコリが絡まったままのモジャモジャに、思いっきり突き刺した。


「んガッ!」

 

 ファイアボールの特性そのままに、フォークが炸裂した。

 俺の手は……ある!

 だが、髭面は見る影もない。首から先が、吹っ飛んだ。


「……んな?」

「は?」


 ポカンとする他の奴らをよそに、俺は倒れる元髭面の腰から剣を引き抜いた。

 そのまま、襲われてるみんなのほうへ突っ走った。


「ッラアアアアア!」


 殴り屋のとき、不倫野郎をターゲットにした場合はヤってるときが一番効いた。

 下半身に集中してるからか、なぜかどいつもこいつも間抜け面になる。


 こいつらも同じだ。

 振り回すだけの回転斬りにも、全然反応できてない。

 なら斬るのは簡単だ。

 わざわざデカくして出してるんだからなぁ?


「「ッッッッッヅッッッッッ!」」


 一刀両断された盗賊四人は、声にならない声と泡を吹いて倒れた。


「ケイーン!」


 剣を落とすと、ジョンたちが泣きながら抱きついてきた。

 俺も全身痛くて仕方ねぇが、こいつらよりマシだ。抱きしめて、頭を撫でてやった。


「よし、今のうちに逃げるぞ」

「あれあれ〜? なんか殺られてやんのー」


 しがみつく小さな体の震えが増した。

 玄関の前にべつの盗賊がいて、ニヤニヤしながらこっちを見ている。


「くそったれ!」


 マジで睨むことしかできない。

 こうなったら、あいつのモン噛み千切ってやる!


 なるべくやりたくない覚悟をしたところで、なぜだか目の前がスローに見えた。

 盗賊が右に視線を向けたと思うと、みるみるうちに青ざめていく。そのうち恐怖に歪んだかと思うと、黄色い影が飛び込んできて男を攫っていった。


「……え?」


 開いた扉の前には、誰もいなくなった。

 その代わり、小さなドヤ顔が登場した。


「ウキィ!」

「ゴクウ!」


 泣きそうになった。

 感動していると、村中から叫びが聞こえた。


「な、なんで魔物があああああ!」

「おい! こっち来んな! な、なんでバル・モンキーが村の奴ら守っぎゃああああああ!」


 声の主は盗賊たち。

 窓の外からは屋根の上を跳び回るバル・モンキーの姿が見えた。


「お前……父ちゃんたちを呼んできてくれたのか。マジで……マジでありがとうな」

「ウッキィ」


 抱き上げると、ゴクウは小さい手で俺の涙を拭ってくれた。


「ん? お前、その袋なんだ?」


 ゴクウは体に布袋をくくりつけていて、自分よりも重たそうだ。


「ウキウキャイ!」

「くれるのか?」


 開いてみると、ワクチ草とポーションと強壮薬と閃光玉が入っていた。


「お前……ワクチ草以外は道具屋から盗んできただろ」


 ツッコむと、ゴクウはしらばっくれて視線を逸した。


「まぁ、緊急事態だ。あとで金は払っとこう。でも……マジで助かるぜ!」


 血の味がする口にワクチ草を頬張って、ポーションと強壮薬で流し込む。

 ワクチ草は速攻で効いてくれて、体の痺れはあっという間になくなった。

 

「『治癒の光 聖なる奇跡 傷を癒やし 再び歩む力を与えよ 治癒光ヒール』」


 折れた鼻やアバラを治すと、なんだか生気が湧いてきた。

 メラメラ闘志が燃えてきて、全身がやる気に満ちている。


「よし、お前らはゴクウの母ちゃんについて行け」


 家の前に待機していた母ちゃんにハンナたちを任せて、俺はゴクウと残党を片付けることにした。


「ケインも気をつけてね!」

「む、無理しないでね?」

「お、おれだって戦うからな! 教会は任せとけ!」


 心配してくれるハンナとジミー、強がるジョンの影からミーナが顔を出した。


「し……しな……ない、で」


 会ったときから震えて、涙を流してばかりだ。

 でも、強い。

 怖い思いもしたし、きっと俺にも行かないでほしいはずだ。なのにまだ、自分の足で立って俺を送り出してくれる。欲にまみれて暴れる盗賊なんかより、よっぽど強くてカッコいいぜ。


「おう! 死なねぇよ。だから待っててくれな」


 頭を撫でてやると、ミーナは小さく頷いた。


「よっしゃ、行くぜゴクウ!」

「ウキャッ!」


 持ち主を失った剣を取り、肩にゴクウを乗せて走り出した。

 

 転生してから、誰かに頭を撫でられるばかりだった。そんな俺が、ミーナたちを元気づけるために、今日は何度も撫でてやった。

 そのときの温もりを思い出すと、自然に勇気が湧いてくる。あいつらのためにも、頑張らなきゃって奮い立つ。


「今なら誰が相手でも負ける気がしねぇ」


 村の中を突っ走っていると、先の畑で闘気の光と土煙が上がった。


「ぬおおおおっ!」


 聞こえた声は、ダインのものだった。

 遠目に戦っているのが見える。

 腰が悪いのに、武器は重そうな盾と剣。だけど、これ以上ないほど似合っていた。


「ギャイ!」

「おぉ、父ちゃん!」


 ゴクウの父ちゃんが俺と並走した。

 ダインがいる方を指さして、旧ボスと戦ったとき以上の険しい目をしている。


「やべぇ奴がいるんだな。たしかに、近づくほどビリビリ来やがるぜ」


 てっきりダインの闘気だと思っていたが、肌に感じる刺激に不気味な感触が増していく。


「いっしょに戦ってくれ、父ちゃん!」

「グギャイ!」


 父ちゃんも落ちていた剣を拾い、口に咥えた。

 

「乗れってか? よっしゃあ!」


 四つん這いで駆ける父ちゃんにまたがると、俺が走る倍の速さで進んだ。


「待ってろよ、おじいさま!」


 気合いを入れ直し、前を見据える。

 晴れてきた土煙の中から、倒すべき敵が姿を現した。

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