第10話 『愚か者』

 パラパラと雨が降り始めた。

 それを合図に、バル・モンキーの群れは一斉に飛びかかってきた。


「ギャギャアァー!」


 だが、こっちも負けてない。


「舐めんなよオラァ!」


 多人数相手の喧嘩なんて、腐るほどやってきた。

 だから、考えるまでもなく体が動く。

 僅かに出遅れた奴に向かって、全速力で突っ込んだ。


「グギャ!」


 腹に突き刺さった剣を素早く抜いて、そのまま近くの奴を斬り裂いていく。

 これだけで、囲いは崩れる。


「グオガア!」


 ボスは叫ぶだけで動かない。

 ああいうリーダーのチームは、だいたい下剋上で消えていった。


「父ちゃん!」


 俺はゴクウの父ちゃんに剣を投げてやった。

 

「こっちも武器持ってねぇと、フェアじゃねぇもんな!」


 受け取った父ちゃんは喜びに震え、ボスに飛びかかっていった。

 焦ったボスが牙で迎え撃って、新旧対決が始まった。


「雑魚は俺が相手してやる!」


 剣は渡してしまったが問題ない。

 喧嘩の経験と闘気。さらに、心人流にも牙獣流にも徒手空拳の技はある。

 そして俺には魔法もあるんだ。


「『火よ 燃え盛るつぶてとなり この手に宿れ 火球ファイアボール!』」


 火の玉が手のひらに現れた。

 本当なら狙った敵に飛んでいくが、俺の場合はそうはならない。メラメラと燃えるだけだ。


「こんなんでもよ、やりようはあるんだぜ」


 呟きながら、バル・モンキーに向かって走った。

 

 この三年間、俺なりにいろいろ考えて試した。

 俺の魔法は、消すまでずっと体から離れない。攻撃魔法なら、なにかに触れると本来の効果を発揮する。そして厄介なことに、こっちにもダメージがある。

 でも、闘気を出せば軽減できることが分かった。痛いことは痛いが、耐えられるくらいで済む。なら、やることは一つだ。


「撃てねぇってんならよぉ〜、直接ぶつければいいだけだよなぁ〜!」

 

 爪を避け、懐に入った俺は顔面にファイアボールを叩き込んだ。


「ギッッ!」


 炸裂する閃光と爆発で、相手の顔は吹き飛んだ。

 さっきゴクウを蹴飛ばした奴だったから、ちょっとスカッとした。


「どうだ!」

「ギャア!」


 背後から襲いかかってきた奴には、闘気で強化した回し蹴りをお見舞いしてやった。


「かかってこい!」

「ウキャア!」


 肩の上のゴクウも吠えた。

 俺たちいいコンビだぜ。


「グオアアアッ!」

「グギャアアア!」


 ボスと父ちゃんの戦いも盛り上がってきた。

 パワーでは負けるんだろうけど、ボスの攻撃は大振りだし簡単に防がれる。

 一方、父ちゃんは素早いヒットアンドアウェイで翻弄していく。前は武器がなかったから負けたんだろうと、簡単に想像できた。


「オラオラぁ!」


 母ちゃんへのフォローも忘れず、順調に雑魚の数を減らした。


「頑張れよ父ちゃん!」

「ウキャキャウキャ!」


 ゴクウといっしょに、奮戦する背中に声援を送った。


「グオオオオッ!」


 ボスが雑魚に向かって吠える。

 それに応えて、数匹が父ちゃんに襲いかかった。


「ギャイッ!」


 背後からの奇襲を躱す。

 でもその隙をついて、ボスが拳を振り抜いた。


「ギャア!」


 もろに受けた父ちゃんは、木に叩きつけられた。


「ウキャア!」

「ギギイ!」


 ゴクウと母ちゃんがたまらず駆け寄る。

 なんとか体を起こしてはいるが、ダメージは大きそうだ。


 俺はといえば、怒りで腸が煮えくり返っていた。


「てめぇ……タイマンだったろうがぁ!」


 気づいたら飛びかかっていた。

 右手にファイアボールを宿している。

 勝ち誇ったムカつく顔面に叩き込んでやる。


「ギャギャ!」

「なんだ?」


 雑魚が投げたなにかが顔に当たった。

 舞った粉で視界が一瞬悪くなったが、それだけだ。


「そんなんで止まるかよ!」


 力任せの攻撃を躱し、燃える手を突き出した。

 が、ろうそくみたいに消えた。


「なっ!」

「グオアッ!」


 フルスイングされた腕が直撃して、ゴクウたちのとこまで吹っ飛ばされた。


「く……そ……なにが」


 さすがに痛みで顔が歪む。

 それだけじゃねぇ。体に力が入らなくなって、思うように動けない。少しもしないうちに、闘気も消えてしまった。


「なん……だ、と?」


 ニヤついたボスの周りで、雑魚が小躍りしてやがる。

 さっき投げられたものをよく見ると、毒々しい色のキノコだった。


「やべぇ……しびれ茸かよ」


 前に来たとき、ライオスに教えてもらった毒キノコ。

 刺激を与えると、麻痺作用のある胞子を撒く。俺はまんまと、そいつを吸ってしまったわけだ。


「クソ猿が……」


 魔物にしてやられるなんて、情けねぇし腹が立つ。

 

「ギャギャッ」


 投げキノコが効いたからか、周りの奴らが次々に石やら木やらを投げつけてきた。

 だけど、躱すことも防ぐこともできない。


「うぅっ!」

「ギャッギャッ!」

「ギイッ!」


 父ちゃんが必死で母ちゃんに覆いかぶさり、母ちゃんはゴクウを守っている。

 助けたかったが、俺も耐えるしかなかった。


 投げられる物が一通り無くなるまで、バル・モンキーたちは俺たちを痛ぶり続けた。


 全身が痛い。

 もう痺れは取れたはずなのに、体が動かない。

 それは、父ちゃんと母ちゃんも同じようだった。


「ウキャーッ! ウキャーッ!」


 唯一動けるゴクウが飛び出した。

 守られてる間も悔しそうに鳴いていたから、怒りをぶつけたいんだろう。ボスに向かって吠え続けている。


「や、やめ……ろ」


 敵うはずがない。

 ゴクウも本能で分かっているはずだ。

 いじめっ子にだってあんなに怯えていたのに、なんで今は動けるんだよ。


『やめろ! やめろ!』


 ガキの声がした。

 ゴクウのとなりに、人間のガキが見える。震えて泣きながら、それでも踏ん張って叫んでいる。

 

「……俺?」


 そいつは昔の俺だった。

 田中狼が小一だった頃。今と同じくらいの年だ。


「そうだ……たしか、捨てられた子猫を拾って来たんだ。そしたら、母ちゃんの彼氏が乱暴し始めて」


 勝てるわけがないのに、怖いのに、立ち向かった。

 結局ボコボコにされて、子猫といっしょに外に投げられた。その後、子猫は近所の人に引き取ってもらえた。


『闘志とは、なにがあっても闘う意思と、なにがなんでも勝つ覚悟のことだ』


 頭にライオスの言葉が蘇る。

 もしあの世界にも闘気があったら、俺は子猫を守れていたんじゃないかと思う。


 今の俺はどうだ? 

 その力があるだろうが!

 今が限界を超えてでも、守り通すときだろうが!

 

「グオウオ!」


 飽きたのか、さっきガンつけられたことを根に持っていたのか。

 ボスが他の奴じゃ大きい岩を持ち上げ、ゴクウに投げつけた。


「ウキャー!」


 それでもゴクウは叫び続ける。

 小さい背中はまだ負けを認めていない。


 俺だって、こんなところで終わってたまるかよ!

 だから動け、死ぬまで戦え! 闘え! 勝てぇ!


 心で叫んでいると、ガキの俺が振り返った。

 生意気そうなツラで、泣きそうな目で、手を伸ばしてくる。


 言いたいことは分かる。

 バラバラになりそうな痛みに耐えて、俺も必死で腕を伸ばし、傷だらけの手を掴んだ。


「任せとけ」


 気づけばガキは消えていた。


 その代わり、強力な闘気に包まれた拳が突き出されていて、砕けた岩が転がっていた。

 

「……ありがとうな、ゴクウ。こっからは、俺が代わるよ」

「ウキィ!」


 雑魚たちは動揺していたが、ゴクウは元気に鳴いて両親のところへ駆けて行った。


「グゴオ! ギャアギイ!」


 ボスが怒鳴る。

 また、てめぇは動かずに手下にやらせようとしていた。


「もう、容赦しねぇぞ」


 闘気が今までと違う。

 なんだか背中に気配を感じる。

 生き物の息遣いが聞こえ、体温を感じる。

 まるで、敵を睨み唸り声を上げる獣。


 凶暴な狼がいるようだ。


「死ぬ覚悟がある奴だけかかってこい。じゃなきゃ動くな……殺すぞ」


 雑魚たちは恐怖に震えた。

 戦意を失い、ボスの怒鳴り声よりも俺の呟きのほうに従った。


「グ……グオギャアアアア!」


 ボスも震えていたが、ヤケクソになったみたいだ。

 思い切り振り上げた牙を、俺にくらわせる気でいる。


「ギャイッ!」


 背後で父ちゃんが、俺に剣を投げてくれた。

 見ていないのに、その様子とどこに飛んでくるのかも分かった。ボスを睨んだまま柄を握り、手首から先が伸びる感覚を感じた。


「グオオオオ!」

「それ斬り落としたの、誰だと思ってやがる」


 体が勝手に動いた。

 一切の迷いなく、剣を振り上げる。


「ハアァァァァァァァッ!!」


 牙と刃が交わる。

 一瞬で白い毒牙に亀裂が入り、闘気の斬撃が走る。駆けた闘気は手を伝って肩を抜け、左腕を斬り裂いた。


「グギアアアアアアアアアー!」


 ボスの悲鳴がこだました。

 のたうち回り、涙を流している。


「どうする? エテ公」


 見下ろすと、急に甘えた声を出した。

 土下座みたいな姿勢で、上目遣いをしてくる。


「そうか、俺とやる気はねぇか」


 地面に剣を刺して手を離すと、ほっと息を吐いた。


「だがよ……元々お前の相手は俺じゃねぇだろ。そいつがどうするかまでは知らねぇ」


 俺と入れ替わるように、父ちゃんが剣を抜いた。

 ボスはまだ叫ぼうとしていたが、背中に肉を貫く音が聞こえた。


「グギャアアアアアアアアアアアアッ!」


 勝利の咆哮が森に響き渡る。

 ゴクウの父ちゃんが、ボスの座に返り咲いた瞬間だった。


「ウキキィ!」

「おう! やったな!」


 ゴクウが飛び跳ねて、俺の肩に乗ってきた。

 鼻を突き合わせて笑い合っていると、母ちゃんに支えられた父ちゃんが、丁寧に頭を下げて剣を返してくれた。


「わざわざありがとうよ……なぁ、あんたらやっぱり普通の魔物じゃないよな?」


 なにか言いたげな表情をしたが、聞くことはできなかった。

 

 轟音を響かせて飛来したものがいたからだ。


「離れろ魔物ども! その体に軽々しく触れるな! その人はあーしの、あーしの愛する人だ! よくも傷つけたな、よくもよくもよくも!」


 ブチギレモードのリースだった。

 

 初めてキレたところを見たが、半端なく怖え。

 俺の数倍はある闘気が、稲妻みたいになって近寄れない。

 剥き出しになった獣人の牙と爪は、俺の剣よりも鋭く見えた。


「ケイン様! あぁ、無事でよかった! 待っててくださいね、今このクソ猿どもをぶっ殺してやるっす!」 

「待ってくれリース! その、こいつらは大丈夫だから! 俺の友達なんだ!」

「はぁ? 魔物と友達? あ、さては変なキノコの胞子でも嗅いだんじゃ……」

「嗅いだことは嗅いだけど……って牙獣流の構えするな!」


 ゴクウが今までにないほど怯える中、なんとか今まであったことを説明した。


「……じゃあ、本当なんすね? 本当の本当に、大丈夫なんすね?」


 疑う目つきは変わらないが、とりあえず闘気は解除してくれた。

 バル・モンキーたちは、残らず土下座して敵意の無さを示している。


「うん、約束する」

「はあぁぁぁぁぁ、よかったっす〜。もう、お屋敷は大騒ぎっすよ? あーしが匂いを追って来たからいいものを」

「え、雨降ってたのに追えたの?」

「そりゃあ……愛っすよ愛!」


 全身痛くて仕方ないが、照れる姿の癒し効果がすごい。


「早く帰りましょう! みんな心配してますから!」

「う、うん……」


 振り返ると、ゴクウが寂しげに見ていた。

 目が合うと同時に駆け寄った。

 たぶん、俺も同じ顔をしていたんだろう。


「また来るからな!」

「ウキャキャキャキャッ!」


 片手に乗る小さい体を抱きしめて、俺は初めて、友達とのさよならを経験した。


 それからリースとザナドゥを迎えに行って、雨の上がった家路を進んだ。


「まったく、せめて、あーしには声をかけてくれませんかねぇ?」

「はい……すいません」


 ザナドゥの背中で説教は続く。

 手綱はリースが握り、俺は前に座ってリースの胸に体を預けている。


「それに、魔物と友達になるとか……」

「ひ、引いた?」

「いいえ、本当にすごい人だなって。改めて惚れ直したっす!」


 不安で見上げた額に、リースは温かいキスをしてくれた。

 たぶん、俺には回復魔法よりも効果がある。


「あー、あと……ケイン様。ちょっと覚悟しといたほうがいいっすよ」


 きっと、怒られる覚悟だろう。

 でも、みんなワクチ草を見れば分かってくれるはずだ。

 タダで高い薬草が手に入ったら、嬉しいに決まってる。俺の武勇伝は置いといても、これでおばあさまは元気になるし大手柄だろう。


 ローガン家の屋敷が見えてきた。

 ザナドゥから降りて庭に入ると、家からみんなが飛び出した。


「ケイン!」


 全員が安堵した表情をしている。

 ソランに抱かれたマリオスだけが、嬉しそうに「ぉかえりー!」と笑ってくれた。


「どこへ行ってたの! 心配したのよ?」

「そうだ……って、ボロボロじゃないか!」

「リース、説明をしてくれ」

「いえ……本人の口から聞きましょう」

「その……ただいま。心配かけてごめんなさい」


 素直に頭を下げた。

 前の母親は俺がどこでなにをしてようが関心がなかったが、この家族は心配してくれる。っていうか、モニカまで出てきている。体調が悪いはずなのに、さすがに罪悪感が湧いた。


 でも、ここでとっておきのサプライズだ。

 心配も具合の悪さも、一気に吹っ飛ぶぞ!


「あの、おばあさま! これを採ってきたんです! ワクチ草!」


 モニカの目が丸くなる。

 よっしゃ、サプライズ成功!

 

「これで元気になりますね! 俺、おばあさまに早く良くなってほしくて」


 どんな反応をしてくれるだろう。

 泣いて喜ぶ?  

 頭を撫でてもらえる? 

 それとも、抱きしめてくれるか?


「苦労はしたけど、でも、場所もちゃんと覚えてますから! 何回だって行って」


 俺の言葉は中断された。

 なにかが頬に当たったから。

 いや……俺はこれをよく知っている。

 ビンタされたんだ、俺。

 

 目の前で涙を流すモニカに。


「この愚か者っ!」


 叫ぶと同時に、モニカは激しく咳き込んで、メイたちが家の中へ連れて行った。

 

 なんで叩かれたのか分からない。

 ただ、あの細い手の一発がどんな怪我よりも痛くて、熱かった。

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