第7話 『伝える気持ち』
「……あれ?」
目を覚ますとベッドの上にいた。
頭がぼーっとしていて、また生まれ変わったのかと焦ったが、見えた天井はローガン家の屋敷で間違いなかった。
「坊ちゃま!」
となりで高い声がした。
顔を動かすと、涙目のリースが立っていた。ちょうど部屋に入ってきたところだったようで、扉が開けっ放しになっている。
「よかった、ご無事で! 今奥様たちを呼んでくるっす!」
呼び止めようとしたが、喉が渇きまくってて上手く声が出なかった。
それに、体もダルい。
布団に貼り付いてしまったように、体が動いてくれない。
「ケイン!」
「ケイン……あぁよかった!」
少しもしないうちに、全員が集まってくれた。
リースたちメイドが壁際にいるとはいえ、さすがに狭くないか?
「聞いたわよ……お父さんから全部」
目を真っ赤にしたソランが言った。
怒られると思って目をつぶったが、伝わってきたのは優しい手のぬくもりだった。
「ケインはよくやったわ。でも、もう無茶しないでね?」
見ると、後ろに立つライオスの顔に森ではなかった痣ができている。
たぶん、俺の分もしこたま怒られて、ソランにでも殴られたんだろう。
「本当に。わたくしは寿命が縮むかと思いましたよ」
「なんにせよ、その年で闘気を操るとは。しかもマテリアル・スネークと互角に戦ったとなれば……武神だ。我が一族から武神が出るぞ!」
「あなたは黙っててください」
暴走して村中に言いふらしそうなダインを、モニカが鋭く言い放って止めた。
「えっと、僕はどうなったの?」
水をもらい、やっと声が出た俺は小さく聞いた。
「あぁ。えっとな……」
傷が痛々しい顔で、ライオスが説明してくれた。
どうやら、俺は丸二日眠っていたらしい。
意識を失った俺を連れて戻ると、戦闘音を聞いたダインが男衆を集めているところだった。森での出来事を話すと、男たちはそのまま調査のために出かけた。
そしてソランに一撃食らい、治療を受けながらモニカに説教をされたという。だが、ライオスも怪我を負っていたから、ただならぬ事態だったことは分かってくれたようで、話はちゃんと聞いてもらえたらしい。
「……ということだ。あのあと森で異常は確認されなかったが、マテリアル・スネークがいた理由やどこから来たのかは調べている最中だ」
「そう、なんだ」
全部聞き終えて、父の優しさを感じた。
森へ入った理由を、リースへのプレゼントとか告白とかは一切隠して、あくまで俺の腕試しだと言ってくれた。
こういう男を、真のイケメンっていうんだろうな。
「さぁ、少しはなにか食べないとね。スープがあったわね? リース、持ってきてもらえる?」
「かしこまりましたっす!」
尻尾をぶんぶん振って、リースが勢いよく部屋を飛び出した。
「今のお前は、闘気の消耗で疲弊している状態だ。傷も浅かったし、食べて休めばすぐに良くなる。今はゆっくりしろ……本当に、立派だったぞ」
感極まったように声を震わせて、ライオスが優しく抱きしめた。
「……石はペンダントに加工しておいた。俺が隠してるから、元気になったら取りに来い」
そっと囁き、離れ際にウインクを見せた。
マジでカッコ良すぎるぜ、俺の父上!
感動していると、リースが器に入ったスープを持ってきてくれた。
でも慌てて来たもんだから、スカートの裾を踏んでぶちまけた。
「熱うぅぅぅ! 最近繊細な儂の頭にぃぃぃ!」
「大旦那様ー!」
「ギャーッ! も、申し訳ございませんっすー!」
てんやわんやのメイドたち。
呆れるモニカと笑いを堪えるソラン。
爆笑するライオスと、熱さに悶ながら無礼な息子に拳骨を食らわすダイン。
ここが、俺の家だ。
前はあり得なかった光景が暖かくて、気づいたらまた眠ってしまった。
――――
さらに三日が経ち、俺の体もすっかり回復してくれた。
マテリアル・スネークについて、詳しいことは分かっていない。森にあった移動痕を追ったが、途中で途切れてしまっていたそうだ。だが、あの魔物はもっと湿気の多い地方にしか生息していないはずで、なんらかの原因があることは確実だった。
大人たちは結界の強化やダインによる村人の教練など、日々対策を話し合っている。一人戦った俺も、たくさんの人から褒めてもらえて、正直嬉しかった。
このことは村にとって、当面の問題になるだろう。
でも、俺はそれよりも重大なことに立ち向かおうとしていた。
リースに告白する。今日、今から。
ライオスが加工してくれた魔石は、楕円形のきれいなペンダントになっていた。青い石が光を浴びてなくてもキラキラしていて、俺でも見入ってしまうほどだった。
これなら、リースも喜んでくれるはず。
なのに、どうしようもない不安が襲ってくる。俺らしくもない自己嫌悪だとか、ダメだったときの想像が溢れてしまう。緊張で、覚悟を決めるまでに何度も水を飲んだ。
情けねぇ。
シャンとしろ、俺!
リースは庭で洗濯物を干していた。
メイとロアは家の掃除をしているし、ライオスとダインは周辺の見回り。ソランとモニカも出かけている、今がチャンスだ。
「リ、リース」
ペンダントを後ろ手に隠して、思い切って声をかけた。
「坊ちゃま。どうしたんすか?」
なびくシーツの向こうで、リースがこっちを見た。
きれいだ、と心から思った。
まるで光の中に立っているみたいで、世界に俺たちしかいないんじゃないかと考えてしまった。
「え、えっと、あの、それが、その……」
覚悟を決めたはずなのに、言葉が出てこない。
首をかしげて見つめる目を、チラチラとしか見ることができない。
「は、話、があって」
「あーしにっすか? 聞きますよ」
ピコピコと動く耳も、穏やかに揺れる尻尾もかわいい。
やっぱり、この人が好きなんだと確信した。
種族も年も、立場も違う。
それでも、二つの人生で初めて好きになった人だ。
この気持ちに嘘はない。
俺が初めて抱いた、愛だ。
「これ。リースに」
ペンダントを差し出すと、リースは目を丸くした。
「え! あーしにっすか? うわぁ、ありがとうこざいま……って、これ青輝石じゃないっすか! いや、受け取れませんって! 坊ちゃまの勲章っすよ!」
石言葉を知ってか知らずか、俺の気持ちは伝わってないようだ。
なら、言うしかない。
「いや、リースに受け取ってもらいたいんだ」
「いやいやいや、あーしにはもったいないっすよ! そんな高級でキラキラしたもん、あーしは似合わないし。あげるんなら奥様にあげてくださいっす!」
言え、言っちまえ俺。
「そ、その、お、お」
言わねぇとぶっ殺すぞ!
「俺と結婚してください!」
差し出したまま頭を下げて、一世一代の告白をした。
……いや、プロポーズになっちまった。
そこまで言うつもりなかったのに、気づいたら言っていた。
いきなり結婚とか、ガキのくせに重いよな?
あー返事がない。引かれたか。
恐る恐る顔を見ると、口を開けたままポカンとして固まっていた。
「……リース?」
俺の声で我に返ったのか、やっと目を合わせることができた。
その瞬間、ぼっと顔が赤くなって、明らかに混乱し始めた。
「なななななな、なにを言ってるんすか! じょじょじょ冗談上手いっすねぇ、坊ちゃま! 分かった、旦那様の影響っすね? もう、あーしだからいいものを、坊ちゃまかわいいしカッコいいし強いし賢いし……とにかくすごいんすから! 他の女の子に言ったら勘違いしちゃうっすよ?」
尻尾の動きを抑えられないまま、リースは「さ、仕事仕事」と洗濯物を手にした。
「冗談なんかじゃない! 本気だ!」
俺だって、このままで引き下がるわけにはいかない。
そうだ、俺はリースと結婚したい。
こんなに、苦しいくらいに好きなんだから。
「……あーし、メイドっすよ?」
「関係ない。父上と母上だって、身分関係なく結婚した」
「今年で十六歳の年上っすよ?」
「それはむしろこっちが、年下で良ければっていうか……絶対にリースを支えられる立派な大人になるから!」
「そ、そういう意味じゃないんすけどねっ! あと……獣人だし」
「かわいいと思う」
「ガサツだし」
「思ったことない」
「かわいくないし」
「世界一かわいいって」
一度言ったら気持ちが次々に出てくる。
どうか、俺の本気が伝わってほしい。
「……本当に。本当に本当に、あーしでいいんすね!?」
「リースじゃなきゃ嫌だ! リースを愛してるから!!」
文字通り愛を叫んだ。
伝わるまで、何度だって叫んでいい。
でも、リースはゆっくりと目を見てくれた。
涙を溜めて微笑んでいた。
その顔も、とても美しく見えた。
俺の手ごとペンダントを握って、息を整えて、口を開いた。
「あーしも世界で一番愛しています。お気持ち、喜んでお受け致します。ケイン様」
信じられなかった。
信じられないほど、嬉しかった。
思わず涙が流れたかと思うと、リースは俺に飛びついて抱きしめてくれた。
「もう! なんて嬉しいことしてくれるんすか! あーしが……あーしは我慢してたのに。ケイン様が悪いんすからね? もうこの気持ち、止まらないっすからね!」
強い抱擁に、俺も全力で応える。
見たこともないほど、喜びに溢れているのが分かった。
「リース、よかったらつけてくれないかな?」
俺の言葉に頷き、跪いてくれた。
少し手間取ったが、首に手を回してなんとかつけてあげることができた。
「どうっすか?」
「すごくきれいだよ」
本当にきれいだった。
このペンダントが世界で一番似合うのは、間違いなくリースだ。
「えへへ、ありがとうございます」
嬉しそうに笑う顔に、俺はキスをした。
この前のお返しというか、気づいたらやっていた。我ながらキザなことをしたと思う。
「ぐおおおお、ケイン。よかったのぉ!」
「ちょ、ちょっと親父殿! うるさいし出過ぎだって!」
「あんたもうるさいわよ! バレちゃうじゃない!」
「まったく、黙って見守れないんですか?」
庭の正門で聞き慣れた声がした。
嫌な予感はしたが目をやると、両親祖父母がこっちを見ていた。
「……見られてた?」
「みたいっすねぇ……あ、メイとロアも窓から覗いてるっす」
まぁ、あれだけ大声で告れば気づかれるのは当たり前か。
死ぬほど恥ずかしいけど、なんだか悪い気はしない。
「これからイジられるんだろうなぁ」
「でしょうねぇ。あ、そうだケイン様」
自然と変わった呼び名が、少しくすぐったい。
リースはいたずらな笑顔で、ウインクをしてきた。
「さっき、ご自分のこと俺って言ってたでしょ? そのほうがカッコいいっすよ」
そして、今度はリースからキスをしてくれた。
顔が燃え上がるかと思った。
たぶん、今からローガン家はお祭り騒ぎになるだろう。このくらいの恥ずかしさには、慣れないといけないのに。
でも、しばらくは無理だ。
いつの間にか繋いでいた手が、離せそうにないから。
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