第6話 『化身』

 反応はない。

 まぁ、分かってはいた。

 言葉なんて通じないだろうし、ガキがガンつけたところでなにも怖くないだろう。

 俺の顔よりデカい舌先をチロチロ出して、相変わらず見下ろし続けている。


「闘う意思と勝つ覚悟、か」


 柄を握りしめ、教えてもらったばかりの言葉を呟く。

 

 やるしかねぇ。

 腹を決めて剣を構えた瞬間、マテリアル・スネークが大口を開けて食らいついてきた。


「あぶねっ!」


 すくみそうになる足を無理やり動かし、地面に転がりながらも間一髪で避けた。

 だからといって安心なんてできない。

 この世界での初戦はここからだ。


「うおらぁ!」


 無駄にデカい体に斬りつける。

 だが、鱗は硬くて剣を弾いた。


「くそっ! なら、その腹に穴空けてやる!」


 潜り込もうと突っ走る。

 その後ろから、二本の長い牙が襲いかかってきた。


「危ねえ!」


 殴り屋のとき、報復で車数台に追い回されたことを思い出しながら、なんとか避けた。


「くそが……来いやああああ!」


 さすがに、背を向けて何度も躱せるような攻撃じゃない。

 鎌首をもたげた顔を睨んで、雄叫びを上げた。


 牙からは、見るからに効きそうな毒が垂れている。こんなもん、かすっただけで終わりだ。


「ハハッ!」


 なのに、何故か楽しい。

 喧嘩とは違って、相手は馬鹿でかい蛇。

 死ぬかもしれない状況で、勝てる見込みなんてないのに。

 このギリギリの感覚が、俺の全てを研ぎ澄ましていくようだった。

 前世の経験と、生まれ変わってから学んだこと。残さず全部が、俺の中で一つになっていく。


 やがて、俺は熱い光に包まれていた。


「これが闘気か!」


 体の隅々まで、今までにないほど力が溢れてくる。

 攻撃を躱し、地面に噛み付いた頭を踏み台にして跳んでみた。


「うおおおおお!」


 高い高い高い!

 森が見渡せる高さまで跳んだ。遠くに村と、ローガン家の屋敷も見える。


「剣は手の延長と思え、だったよな! おじいさま!」


 光が刀身に渡り、まるで剣が手に吸い付いているように感じた。


「はあああああああっ!」


 回転で勢いをつけて落下し、渾身の一撃をお見舞いした。

 それでも斬れはしなかったが、鱗が何枚か飛び、衝撃で体がのけ反った。


「シャアアアアッ!」


 明らかにキレて、さっきより噛みつき方が荒々しい。

 ダメージはしっかりあったみたいだ。


「見えてるぜ!」


 体が面白いくらいによく動く。飛び散る毒も、もはや怖くはなかった。


「シャアアッ!」

「ぐっ!」


 それでも、死角からの攻撃は反応が遅れた。

 しならせた尾が、交通事故みたいな一撃を加えてきた。鱗で守られた筋肉の塊は、俺よりもデカい。

 吹き飛ばされ、ボールみたいに地面を跳ねた。


「ハッハァ! 痛えじゃねぇか、クソ蛇!」


 口が血の味で満たされても、笑いが止まらない。

 限界の見えない自分の可能性が、楽しくて仕方ない。


「まだまだいくぜぇ!」


 闘気を滾らせて、真正面から突っ込む。

 マテリアル・スネークは、口を開き、迎え入れるように噛み付いた。


「もらったあ!!」


 口に入る直前でサイドステップを踏み、軌道を逸した。

 そしてそのまま剣を振り抜き、牙を一本斬り落としてやった。


「ジイイイイヤアアアァァァ!」

「ざまぁみやがれ!」


 激痛がしたのか、蛇らしからぬ声を上げた。

 まぁ、魔物だから普通の蛇とは違うのか。

 そんなことを思っていると、もっと普通じゃないことが起きた。

 額の青い石に、魔力が集中していたのだ。


「やべっ!」


 今度は爆発の波動ではなく、一筋の光線が放たれた。

 もちろん、俺に向かって。


「おおおおおおおおおおっ!」


 全力で左に跳び、ギリギリのところで光線を避けた。


「こいつ……マジかよ」


 光線は触れたものを焼き払い、森に黒焦げの道がどこまでも伸びた。


「シャアアア!」

「しまっ」


 あまりの光景に目を奪われて、完全に油断した。

 素早く巻き付かれ、身動きが取れなくなってしまった。


「ぐああああっ!」


 骨が軋む。

 とんでもない力で圧迫され、呼吸もままならない。辛うじて顔が出ているが、首から下は全部締め上げられている。


「く……そお……」


 なんとか闘気で耐えているが、潰されるのは時間の問題だった。

 さすがに相手がデカ過ぎる。


「だっ……たらぁ!」


 残された手は一つ。

 自滅しそうな危険もあるが、どのみち死ぬなら最後まで足掻いてやる!


「『迸る稲妻の剣 天よりの断罪 愚か者たちよ 後悔の暇もなく ただ雷鳴と共に消え去れ!』」


 残された最後手段。

 手のひらで発現する、使えない魔法だ。


「この距離なら、俺もお前も食らうよなぁ? 我慢比べだ、覚悟しとけよ?」


 金色の瞳に映った自分の顔は、不敵に笑っていた。


「『轟雷砲サンダー・ランページ!』


 本当なら、離れた集団相手に使う魔法。

 唯一覚えてる中級のもので、魔力のほとんどを使う代わりに一番威力がある。さすがに効くだろう。そしてだからこそ、自分も無事で済むとも思っていない。

 手から凄まじい電撃が放たれ、光の中に熱さと痛みを感じた。


 父上。ちゃんと逃げなくてごめんなさい。

 母上。教えてもらった魔法を、こんなことに使ってごめんなさい。

 おじいさま。ローガン家を継げなくてごめんなさい。

 おばあさま。いっしょに温泉に行こうって約束、守れなくてごめんなさい。

 メイ、ロア。世話ばかりかけてごめんなさい。

 リース……リース。

 一言、お前に好きって伝えたかった。


「シャアアアアアアアアアアアアアア!」

「うおおおおおおおおおおおおおおお!」


 せめて、道連れにこいつを連れて行く。

 俺の家族に、絶対に触れさせねぇ!

 

 雷光が溢れて、目の前が眩しい光に包まれた。

 すると、痛みから解放されて体が浮くような感覚があった。

 あぁ、これが魂が天に昇るってやつなのか。と、思ったがすぐに土の感触が生きていることを教えてくれた。


「生きて……んのか? いや、これは……」


 となりでマテリアル・スネークが焦げ臭い匂いを漂わせながらのたうち回っている。

 俺もそのくらいのダメージはあっていいはずだったが、以外にもすんなり立ち上がることができた。


「……若干痺れてるけど、問題ねぇ。手も、少し火傷したくらいか。どういうことだ? これも闘気のおかげか?」


 攻撃魔法の訓練をしているとき、ソランは決してなにかに当てるなと言った。

 その瞬間、手のひらに留まっている魔法が本来の攻撃性を発揮する。となれば、俺も無事では済まないだろうと。

 

「でも、そうはならなかったな……いや、今考えても仕方ねぇ」

 

 剣を逆手に持ち替え、マテリアル・スネークを睨む。

 最初の強者っぷりは無くなり、今や俺を見下ろしてすらない。


「これで終わりだああああああ!」


 俺の声に反応したのか、片牙を失った顔と目が合う。

 飛びかかった俺を迎え撃つように、また石に魔力が宿り始めた。


(俺のほうが速い! でも、足りねぇ。こいつを倒すには、威力が足りねぇ!)


 俺の想いに反応して、体から一層闘気が湧き上がる。


「まだだぁ! この力を……剣にぃ!」


 決着の間合いが迫る。

 剣を振り上げ、全身を包んでいた闘気を切っ先に集中させた。

 どうやったかなんて知らねぇ。

 ただ、そうしないと勝てないと思っただけだ。


「うおりゃああああっ!」


 光線が放たれる直前、突き立俺の刃が石を捉えた。

 あっという間にヒビが入り、砕け散って、溜めた魔力が爆発した。


「ぐわああああっ!」


 ふっ飛ばされた俺は、また木に叩きつけられた。

 

「いってぇ! 剣に集中してたから、背中のカバーが間に合わなかったか。でも、これで勝っ」


 勝ったと思った。

 手応えはあったし、全力だった。

 だが、大昔神だった魔物はまだ生きている。額から血を流して、それでも変わらない金色の目で静かに俺を見ている。


「へっ……やるじゃねぇか。いいぜ、こうなったらとことんやろうや」

 

 立ち上がり、剣を構えた。

 が、すぐに落として尻もちをついた。


「……あ?」


 手にも足にも力が入らない。

 いくら戦おうとしても、闘気が出てこない。

 直感で、力を使い過ぎたんだと悟った。


「マジかよ……ここまで来て、スタミナ切れか」


 魔力もほとんど残ってない。

 やれることはない、万事休す。

 いや、初級ならまだ使えるんだ。諦めてたまるか!


「『火よ……』」

「よくやった」


 背後で声がした。

 心から安心する、頼れる声が。


「父、上」

「あぁ、待たせたな」


 顔を見せたライオスは、俺以上に傷だらけだった。

 たぶん、木や岩にぶつかりながら、かなり遠くまで飛ばされたんだろう。


「ケイン。俺はお前を誇りに思う。お前はもう、立派な戦士だ」


 大きな手が、頭を撫でてくれた。

 いつもしてもらってることなのに、なんだかとても熱い。そして、これ以上ない褒め言葉が胸に広がって、涙が溢れてきた。


「あとは任せろ」


 親指を立てて進み出たライオスを、揺らめく闘気が包み込む。

 それは次第に大きく燃え上がり、灼熱の熱波を放ち始めた。


「見せてやろう、マテリアル・スネークよ。闘気を高めた人間の力を。化身と呼ばれる到達点を!」


 マテリアル・スネークの目に、初めて恐怖が滲み出た。


「俺の化身は炎。決して消えることのない、業火の力だ!」


 煌々と輝き、燃え盛る闘気。

 剣にも宿った光は、天に伸びる熱い刃となった。


「息子が世話になったせめてもの礼だ。一瞬で終わらせてやる!」

「シャアアアアッ!」


 巨大な大蛇が最後の特攻を仕掛ける。

 残った毒牙を、ライオスに突き立てようとしていた。


「はあっ!」


 気合いと共に振り下ろされる炎の剣。

 斬撃一閃。

 マテリアル・スネークは両断されると同時に燃え上がり、二度と動くことはなかった。


「さ、さすが父上」


 拍手も送ろうとしたが、手が動かない。

 闘気を鎮めたライオスは振り返ると、やり切った笑顔を見せてくれた。


「お前のほうがすごいさ。あそこまで追い詰めてたんだからな……ん?」


 ライオスは手を伸ばし、足下のなにかを拾った。


「見ろ! マテリアル・スネークの魔石の欠片だ! ケインが砕いたやつだろう。青輝石せいきせきっていってな、岩山で採れるクリスタルよりずっと価値がある。討伐の証拠にもなるな!」


 自分のことのように喜ぶと、ライオスは欠片を顔の近くに寄せてくれた。


「こいつは脱皮の度に大きくなる特性があってな。だから石言葉は『募る想い』や『深まる愛』なんだよ。リースへのプレゼントにピッタリじゃないか?」

「そう……だね」


 ダメだ、めちゃくちゃ眠い。

 ごめん、父上。せっかくテンション上がってるとこ悪いが、ろくにリアクションできねぇ。


「ケイン? おい、大丈夫か! しっかりしろ!」


 ライオスの声が遠くに聞こえる。

 

 全身に重たい疲労を感じながら、俺の意識は途絶えた。

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