7

「はあ……はあ……」

 ヴァイスとの死闘に辛くも勝利したノワールは、傷だらけの身体で集落のほうへ戻る。血で染まったシャツの色は、暗闇の中に隠れて彼にもよく見えなかった。

 無音の空間に、荒い呼吸音だけが聞こえる。

 ノワールが森に入ると、その視界は一気に暗くなる。月明かりすら入らないほど深くまで入ると、彼が感じられるのは自分の呼吸音と全身の痛み、血の味と匂いだけとなった。

(ちくしょう、多分だけどいろんなところから血が出てるんだな……。サルンの家に戻ったとして、これをどうやって説明したらいいんだよ)

 ただ漠然とした不安はあったが、それでもノワールは足を止めずに森を進む。呼吸は少しずつ落ち着いてきたが、まだ少し乱れていた。

 そんな彼の方に向かって、謎の光がはなたれた。

「うわっ!……誰だ!」

 放たれた白い光は、奥の方からビーム上に出ている。ノワールはそれを見ると、すぐに誰かが懐中電灯を使って出した光だと理解した。

 かすかに見える人影は、光を出している者の特徴をわずかながら浮かばせる。

(人数は二人。おそらく二人とも男で、そのうち一人の体格はかなりいい。……クソッ、ヴァイスが呼び出した仲間か?)

 男たちの声がかすかに聞こえた。だが、ノワールには会話の内容を聞き取ることができなかった。


 ノワールが光に反応した声を聞いたからか、人影は何かを話し合ったあとですぐ彼の方へと走ってくる。しかし、迫ってくる足音から逃げることは、全身に傷を負った彼にはできない。

 しかしある程度近くまで来ると、人影のさらに詳しい姿が見えるようになる。そこで見た二人の顔は、ノワールが知っているものだった。

 一人はスパル。もう一人の体格がいい男はサルンだ。

「やっぱしおめえさだっただか……」

「大丈夫ですか? ずいぶん傷だらけのようですが……」

 傷を負ったノワールを見た二人は、その姿を見ると不安そうな表情になっていた。

「なんだ……。あいつの仲間じゃなかったのか」

 はあという安堵あんどのため息が、静かな森でかれる。

「あいつって、やはり貴方あなたは誰かと戦っていたんですか?」

 スパルがノワールにたずねる。

 ノワールとしては、ここで自分の境遇やヴァイスのことを言うこともできた。しかし、彼はそれをしようとしていなかった。

「夜風にあたってたら、偶然遠くに大きな人型ひとがたの化け物を見かけたもので……。そこに行ってみたら大きなミノタウロスがいたもので、死闘のすえ撃破しました」

 ノワールは、目の前の二人が危険な目にわないように嘘を吐いた。もしここでヴァイスのことを言ってしまえば、彼の仲間とやらに遭遇そうぐうして攻撃を受けるということも十分考えられたからだ。


「なるほど……。いえ、先ほどから空震くうしんで窓がガタガタいっておりましてましたので、気になって外に出てみたんですよ。そしたらサルンさんに会いまして、なんとあなたがベッドからいなくなっていたと聞いたものですから、気になって探しにきたんです」

「龍人の力ってもんで窓ガタガタいわせとるんでねえかってもんで、スパルさと一緒におめえさを探したんだべ」

 二人はそれぞれ、ノワールを探していた目的を言う。

「それより、その怪我けがじゃ歩くのも大変でしょう。とりあえず私の家まで行って……」スパルの言葉を、サルンがさえぎる。「んにゃ、オラの家の方がええだ。いろいろ勝手も分かるだし、こっちのほうがええべ」

 それならと、スパルはサルンの提案のほうに同意する。二人はノワールをかかえ、サルンの家の方へと運んでいった。夜道を照らすため、懐中電灯はノワールが持ち集落方面を光で照らした。


「ところで……。オラが書いた手紙さ読んでくれただか?」

(……あ)

 ヴァイスの件で、ノワールの頭からはすっぽり手紙のことが抜けてしまっていた。

「まだ、読んでないです」

「……まあ、ええだ。どうせおめえさの血で読めなくなっちまってるだからな。何よりこんな状態だし、頼み事は今度にするだよ」

 サルンはハッハッハと軽快に笑う。その表情を見て、ノワールはすこしばかり申し訳なさを覚えた。

「いえ、頼み事はだいたい予想がつきます。……でもを最後までやるのは龍人一人ひとりだけではとても無理なので、一人でもできることからまずやってみましょう」

 ノワールの頭から、サルンへの申し訳なさが消えた。それと入れ替わるように、一体自分に何を頼もうとしたのかという恐ろしさが、彼の脳に浮かんできた。

「明日の朝、私がサルンさんの家に行きます。そこで内容は話しますので、少し待っていてください」

 スパルがそう言うと、奥の方に森の出口が見えてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る