6

「うらあああああああっ!」

 最初に動いたのはヴァイスだった。うまく動かない足を無理やり動かし、ノワールの方へと走ってくる。

 それに対して、ノワールは立ち止まったまま拳を握る。殴りかかってくるヴァイスに向け、すぐ近くにおびき寄せて攻撃した。

 腹に拳を思い切り打ち込まれたヴァイスは、ぐええと汚いうめき声を上げる。その隙を突いて、ノワールは腹を抑える手に渾身の蹴りを食らわせた。

 そのままもう一度パンチを放とうとしたノワールだったが、その前にヴァイスがみぞおちに頭突きをする。それから後ろに倒れた標的の右足を、全力で踏みつけた。

 すでにいくつもの傷を負っていたノワールは、枯れた声でぎゃああと叫んだ。

「おら、もう終わりか、クソ野郎」

 塞がった片足をそのままに、もう片方の足で相手の腹にかかと落としをしようとするヴァイス。それに対し、ノワールは踏まれていないほうの足を使って片足立ちのヴァイスを蹴った。

 右方向に倒れるヴァイスに対し、ノワールはなんとか立ち上がって彼の腕をつかんだ。強制的に相手を起き上がらせたあとは、いている右手で胸ぐらを掴む。

「終わらねえ……。俺はまだ終わったりしねえ!」

 ヴァイスを動けないように固定したノワールは、尻尾を使って身体を何度も殴打した。


 いてえいてえと呻くヴァイスに、ノワールは言う。

「最初あんなにいきがってたくせに、ずいぶんみじめじゃねーか。どうした、俺を殺すんじゃなかったのか、え?」

 ヴァイスはただ、はっと笑った。

「何の理由があるんだか知らねえが、勝手に分身作って何年間も苦労かけさせやがって」

 ノワールは左手を離し、ヴァイスの顔を思い切り殴った。この時にはすでに、もともと崖から落ちて無くなったと思っていた記憶が、と気が付いていた。

「言っておくが、多分お前が作られた理由を言ったら、お前はさらに強く俺のことをぶん殴ってるだろうな……。そんくらい下らねえ理由だってのは、俺も自覚してらあ」

 傷だらけの顔でへらへらしながら言うヴァイス。それを聞いたノワールの表情は、たちまち憤怒ふんぬの表情へと変わった。般若はんにゃの面か閻魔えんま大王の微笑ほほえみか、そういったものを彷彿ほうふつとさせるような形相ぎょうそうだった。

「この……このクズ野郎があああああああああああああああっ!!!!!!!!!」

 力を込めた右腕から、男の身体が遠くまで投げられた。放物線をえがき、身体は宙を舞う。

(まだ……一発かませるだけのエネルギーはあるな)

 ノワールは小さなエネルギー弾を左手に生み出す。すぐにそれを放つも、軌道は大きく上にれてしまった。

(ちくしょう……。やっぱり直接行ってぶん殴るしかねえのか……)


 ところが、弾はある程度上空まで上がると、急に軌道を変えた。

 ヴァイスが飛んでいく方向へと走っていたノワールは、慌ててその足を止める。エネルギー弾はヴァイスを追いかけるように進み、ちょうど彼が地面に落ちるころに目標へと着弾させた。

(何だったんだ、今のは)

 ノワールは自分でも状況が理解できなかった。自身が放った弾が、標的に向かって追尾していたのだ。

 急いでノワールはヴァイスの身体が落ちた場所へ向かう。さいわいまだ源龍化したままだったので、一五〇メートルほど離れたその場所まですぐに行くことができた。

 ヴァイスは立つこともできず、ただ道路の方へとっている。

「どうやら俺の勝ちみたいだな」

 ノワールはその場にかがんで、ヴァイスを見下ろす。

「最後の技……。あんな技、どうやって覚えたんだ?」

「知らねえよ、俺だってあんなの初めてだ。それより、少し話を聞きたい」

 ノワールは、さっそく自分についての話を聞こうとしていた。


「ダメだ……。話が長くなりすぎて、今の俺の体力ではとてもかたりきれん」

 背中を見てみると、ヴァイスの背中と腰にはすでに翼や尾が消えている。彼の服には三か所穴が開いており、その部分の肌が露出していた。

 それを見たノワールは、今のヴァイスから情報を聞くのを諦めた。

「明日、飯と水を持ってくる。それ食ったら事情を聞かせてもらうぞ」

「そいつは無理な相談だ。たった今、俺の仲間に今日の件を連絡したからな」

 ノワールはまさかと思い、地面に着いた彼の手を見てみる。そこからは薄く光が漏れていた。

 月明かりで見えにくくなっていたが、そこには確かに電子機器があった。

 源龍化を解除し、ヴァイスの手をどける。隠されていた小さなタブレット端末には、知らないメールアドレスに『来い』とだけメールした跡が残っていた。

「おっと、こいつはじきに電池が切れるから、持って行っても無駄だ」

 端末の電池残量は、あと二パーセント。機械音痴のノワールには操作方法がわからず、それの電源を切ることすらできない。

「……クソが!」

 端末をそのままに、ノワールはヴァイスに背を向ける。

「残念だったねえ、自分自身についてせっかく知ることができたかもしれないのに」

 全身に痛みを覚えていたヴァイスだったが、その顔には嫌な笑みを浮かべている。臥薪嘗胆がしんしょうたんの思いを持ちながら、ノワールは集落の方へ歩いて行った。

 彼が自分の真実に触れることは、あと一歩のところで届かなかった。

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