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「んな事、血反吐吐きそうなボロ人間に言われるとは思わなかったぜ……。だけどまあまあ粘ってくれそうだし、こんくらいじゃなきゃ面白くねえや」

 腹を抑えながら、か細い声で言うヴァイス。片手が塞がっているところに、ノワールは両手から二本のレーザーを撃った。

 すぐに回避したヴァイスだったが、攻撃はもちろん続く。ノワールは手の向きを変え、なんとか照準を定めようとしていた。

「しゃーねえ、受けてやろう」

 もう逃げられないと感じると、ヴァイスは追いかけてくるレーザーの方に体を向けた。

 もちろん、受けると言ってもただ抵抗もせず攻撃を食らうわけではない。

 ヴァイスは再び半透明の防壁を生み出し、レーザーをふせいだ。

「そこそこコスパ良かったから、またバリア使っちまった。まあ、相手はそれ以上にレーザーで力使っちまったし、消費量で言ったらこっちの方が……」

 余裕ぶって口を動かすヴァイスに、突然エネルギー弾の衝撃が走る。

(なんだ、今のは……。さっきまでの攻撃と比べてやけに弱っちいが、まさかあの程度で力を使い果たす訳はないよな……)

 思考するヴァイスに、小さなエネルギー弾の巨大な波が押し寄せてきていた。


 ノワールは、手の指十本全てから直径一センチほどの弾を生み出し、マシンガンのように撃ち込んでいる。

 エネルギー弾が生み出せるのは、決して手だけではない。指や足だけでなく、口や目など他の部位から作り出すことも可能だ。ほとんどの龍人が手から生み出すのは、ただそのほうがやりやすいというだけである。

 チリも積もれば山となるという言葉があるが、ノワールからヴァイスの攻撃はまさにそれを体現していた。一つ一つは小さなエネルギーだが、何度も撃ち込まれると流石さすがにダメージが蓄積ちくせきしていく。

 ヴァイスの身体には、無数の傷が付けられていた。

 少し経つとまたヴァイスはバリアを張ったが、そのぶん彼は力を失っていく。まぬ攻撃に対し、すべも無くただ守ることしかできない。

(バリア張ったまま動けるまでの技術があれば、あのクソ野郎の隙をついてぶっ殺すことができたんだが……)

 こうなってしまえば、ヴァイスがノワールを倒す方法はもうない。

 死を覚悟したヴァイスからは、思わずクククと笑いがこみ上げてきていた。

「ちくしょおおおおおおおおおおおっ! 俺のクソみてえな人生、二十一年十一ヶ月で終了だ! っしゃああああああっはっはっはっはっは!」

 狂喜するヴァイスをよそに、ノワールはエネルギー弾を撃ち続ける。しかし、彼も同じく力を失いつつあった。


(あいつが力を無くしてきているのはよくわかる。だけど、こっちもこっちで力が抜けてきてる)

 ノワールは、生み出す弾のエネルギーを減らす。それでも、力の消費は大きかった。

 あと少しで、ヴァイスに勝てる。そのあせりのせいか、エネルギーのコントロールが上手い具合にいっていなかった。

 さらに、ノワールには問題がある。仮に相手のバリアが解けて攻撃を浴びせることができたとしても、それで殺してしまっては不利があるのだ。

 ヴァイスを殺してしまえば、一つ大きな問題が発生する。

 その問題とは、自身の正体に関する大きな手がかりを失ってしまうことだ。ノワールが知りたがっている『自分は何者か』という答えを握っているかもしれないヴァイスを殺してしまえば、彼の望みはさらに薄れてしまう。

 今のノワールが必要としているのは、ヴァイスを死なない程度に攻撃し情報を聞き出すことであった。もちろん、敗北して相手に殺されることもあってはならない。

 自身の最善を尽くすため、ノワールは奮闘していた。


 二人の力が、みるみるうちに減っていく。

 最初に果てたのはノワールだった。エネルギー弾が出て来ないことが何度も起こり、弾の密度が減っていく。少し経つと、全ての指から弾が出なくなってしまった。

 しかし、ヴァイスにも同じようなことが起こっていた。バリアの色が薄れて弱体化し、そのぶん防御力も低下している。そのまま弱体化し、ノワールが放った最後の弾によってバリアはガラスのようにパリンと割れて消滅した。

 二人に起こったのはそれだけではない。もはや空を飛んでいるだけの力もなくなり、二人の身体はゆっくりと地上に落ちていく。

 パラシュートをつけて落ちているかのように、音もなく地上に降り立った。

 空も飛べず、エネルギー弾も撃てない。ただ源龍化した状態だけは保ったまま、地面に横たわっている二人はゆっくりと起き上がった。

「ヴァイス。実は俺、記憶を失ってから一度も殴り合いの喧嘩をしたことがないんだ。だから、今日が初めてになるな」

「俺も、実際殴り合いの喧嘩をした覚えがない。弱っちかったから、負けいくさしねえために殴られたらとにかく謝ってたな……。まあ、源龍化を経験する前の話なんだがな」

 二人はボロボロの身体のままで向かい合う。力を使いすぎたことで激しい痛みが身体中に走っていたが、それでも彼らは倒れなかった。

 戦いの勝敗が、今ここで決しようとしていた。

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