2
「……あれ、寝ちゃってたのか」
部屋の中で考えているうちにいつの間にか眠ってしまったノワール。何時間か経ったが酔いは覚めておらず、どこかぼーっとした気分でベッドから起きたその時、頭に違和感を覚えた。
何かが
(ダメだ、頭が回らないや。とりあえず夜風にあたって頭をすっきりさせなきゃ、手紙の行とか言葉を間違えそうだ)
ノワールは手紙を手に取り、そのまま部屋を出る。廊下の電気は消えていた。
暗い家の中を転ばないように歩く。階段が
そのまま大部屋に入る。そこも電気が消えており、空のビール瓶とジョッキが一つづつ置いてある。リビングにある時計は、二十三時を指していた。
作業場に出る。もちろん誰もいない。ノワールは玄関の方まで向かい、家の出入り口を開けて外に出た。
夜の集落は、昼よりさらに
夏にもかかわらず非常に
しばらく経つと、左手に持つ手紙が邪魔に感じる。ノワールは手紙を折りたたみ、ポケットに入れた。
その時、ふと東の方から白い光が見えた。
少しずつ酔いから覚めてきたノワールは、光が出てくる方を見る。しばらく見ていると、光の正体は誰かが懐中電灯か何かを使い、街灯のない夜道を照らしているのだろうと理解した。
光はすぐ近くまで来ており、人の影も見える。ノワールは挨拶でもしようと道の真ん中に出ようとしたが、そこで道端の石につまずいてステンと転んでしまった。
それまでブツブツと何かを離していた人は、ノワールが転んでいるのを見て慌ててしゃがんだ。
「あの、大丈夫ですか」
光を発していたのは、スマートフォンを持った若い男だった。背丈は一七〇センチほどでノワールとあまり変わらず、大きな鼻や薄い
顔の
……そう。スパルの家を訪ねた、あの男である。
男はスーパーのレジ袋を地面に置き、起き上がろうとしたノワールに手を差し伸べる。ノワールは男の手を取り、引っ張られながら立ち上がった。
「あ、ありがとうございます」
ノワールは頭を下げ、お礼を言った。
「いえ、大丈夫ですよ。夜道を女性が一人で歩くのは危険なので、早く家に帰ったほうが……。あれ、声がどうも男みたいだったなあ」
男はノワールの顔をじっと見る。
しかし、男は気づいてしまった。
目の前にいる人間の顔が、自分とそっくりだということに。
それに気づいた男は、おいと強い語気でノワールに問いかける。
「お前、名前と住所と職業を言え。今すぐだ、いいか?」
男はなぜだか目を血走らせて、
「えと、名前はノワールで、住所は……。えと、えと……」
ノワールには住所と職業がなかった。記憶を失ってからそういった公的な身分を証明できるものが
そんな彼の様子を見た男は、いきなりノワールの肩をつかんだ。
「身長、ほぼ同じ。髪色も同じ。鼻が高いのも同じ。口も似てる……。なあお前、ちょっと話を聞いちゃもらえないか?」
急なことで困惑したが、ノワールはとりあえずはあと答える。酔い覚ましのために話を聞こうとしたが、唐突な出来事のせいかほぼ酔いは覚めていた。
「お前、もしかして俺の分身じゃないか?」
思わずえっという声が出る。
ノワールには男の言っている意味がわからなかった。いきなり分身だとか言われても、彼には全く理解ができない。
「分身というかクローンというか……。まあ、とにかくお前と俺は同じ遺伝子を持っている可能性が高い。記憶がないから、住所も職業も言えないんだろ」
男の言うことには、少しばかり納得の行く部分はあったが、言っていることに現実性がなかった。
分身だと言うならどうやってそんな状態になったのか。クローンだと言うのなら、なぜ彼と自分は歳がほぼ同じなのか。またそもそもクローンは違法であり、どうやって製造したのかがわからない。
「最後に質問だ。生年月日がわかるなら、それは一九九四年九月二五日か? もしそうだったら……。実はお前を殺さなくちゃいけねえんだが」
考えを
「一九九四年ではあるが、何月何日かまではわからない。一応誕生日がわからないから、年が終わるまで二十一歳って名乗ることにしている」
それを聞いて、男はクククと下品に笑った。
「まあ、こんな過疎地で記憶がない男がうろちょろしてる時点で、クロ確定みたいなもんだがな」
すると、いきなり男は片方の手でノワールの腕を掴み、もう片方の手で口を
「良かったぜ、ビンの
ノワールは隙を見て、足で男を蹴飛ばす。腕を掴む手は離れなかったが、口を塞ぐ手は少し緩む。その間にノワールは頭を動かし、思い切り頭突きをした。
「痛ってえええええ! 何しやがんだテメー!」
男は
「一つ質問がある。お前は食事中に、三歳年上の女からチビっ子扱いされて怒ったことはあるか?」
「あるねえ、何度も。というかどっから引っ張ってきたんだそんな話。もしかしてお前、ストーカーかなんかか?」
男は口を歪ませる。
「いーや、ちょっと知っちまっただけだ。そもそも俺はそんな女を知らない」
「そうか。それより質問一つするために足蹴りと頭突きってのは、ちょっと野蛮じゃないのか?」
「理由も伝えずに人殺しをしようとする、お前の方が野蛮だよ」
そう言うと、ノワールは背中に意識を移す。それを感づいた男は、手をパーにしてノワールの方に向けた。
「お、源龍化か? ならここじゃやらない方がいいな。どっかの家とか畑をぶっ壊したら大変だからな。戦うなら北の平原とかはどうだ? あそこなら一本道がある以外、全部草ばっかりだからな」
ノワールは、静かに頷いた。
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