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 VTRは、チャンの死亡シーンで終わった。

 VTRが終わった後、再びテレビの画面には司会の女性が映された。

「いんやー、あん俳優さすんげえ演技しとっただなあ……。やっぱしプロはちげえってこどだべな」

 サルンはソファから立ち上がり、両腕を挙げて大きく伸びをする。天井のすぐ近くまで上がった腕をろすと、サルンは夕飯を作るためかキッチンの方へ歩いていった。

「俳優?」ノワールは内容について何も言わないサルンに問う。

「んだ。オラはローレンスの役さやった俳優さ目当てにテレビさ見とったんだあよ。オラがまだわけえ頃から映画とかで有名だったんだべ」

 ハッハッハと笑いながら、サルンは水道の蛇口をひねった。

(ってことは……もしやあのでかいじいさんはさっきの内容覚えてないのか?)

 エリーの過去に関する物語よりも、サルンが見たかったのはその俳優だったのだろうか。ノワールはそう考えると、ドキュメンタリーの視聴に付き合ったことがなんだか馬鹿みたいに感じた。

 サルンはそんなことも知らず、テレビをつけっぱなしで調理器具を洗っていた。


 ノワールは再びテレビの画面を見る。

『エリーの殺害以後、国際社会は龍人に関する国際的な枠組みを結成しました。そのうち代表的なものは、龍人に関する事項全般を管轄し特に軍事利用が行われていないかの監視をしている国連の機関、WワールドDドラグノイドOオーガニゼーション(日本語では世界龍人機構という)です』

 WDOの名前は、龍人でなくとも義務教育で名前だけは聞いたことがある人が多い。世界における龍人の研究、治験、データ管理、国際監視などを担当しているため、職員の中には相当数の龍人がいる。そのため、エリートの龍人の就職先の候補にもよく選ばれている。

『そのほか、世界龍人ギルド連盟W・D・G・Uもよく知られています。我々人類の生活をモンスターや力を悪用する龍人の脅威から守るために世界各地に置かれたギルドを管理し、適正な運営が行われるように日々活動しています』

 人類を脅威から守るために、龍人の持つ巨大な力は利用されている。

 ただし、その力は決して善人のみが持っているわけではない。その力を持つ者の中には、当然ながら悪人もいるのである。

 悪人による龍人の力の悪用は、同じ龍人が取り締まる。さいわいにしてこれらの活動のおかげで、今のところ崩壊した国家や民族などは存在していないのである。


『さて、話は変わりますが、これまでの研究で龍人に関するさまざまな事実が明らかになってきました』

 背景がそれまで貼られていた国際機関のビルの画像から、同じ男性が映った三枚のカラー写真に変わった。

 一番左の写真に写るのは、エリーと同じように翼と尾が生えた龍人。

 真ん中の写真に写るのは、翼や尾のほかに露出した四肢ししに白いうろこが生えた龍人。

 一番右の写真では、さらに大きなツノが二本生えていた。

『現在、龍人が姿を変化させることは『源龍化(英語ではDragolphosesという)』と呼ばれています。源龍化は主に三つの段階があり、一つ目が一番左の写真のような通常の源龍化。二つ目が真ん中の写真のように鱗が生える『源龍化II』。最後に、大きなツノが生えてくる『源龍化III』です』

 ノワールは三つの写真に載る男の表情を見る。男はいかにも凶暴という人相をしており、撮影者をにらむような形相ぎょうそうであった。

 ノワールはまた、画面の左上にあるテロップを読む。

(写真の出典 SRS広報部)

 SRS。ある程度龍人について知っている者であれば、その名前は聞いたことがあるだろう。それどころか、多くの龍人にとってはそれは憧れの存在と言ってもいいだろう。

 しかし、その憧れには似ても似つかないような顔つきの男がそこには写っていた。

『一つ数字が上がるごとに、その強さは何倍にも膨れ上がります。アメリカの特殊生物学者ハリー・Bベネディクト・フォーゲルシュタイン氏らの研究チームが、IIとIIIを両方発見しました。ハリーは初めて源龍化IIを発見したときに過去に彼らが開発した測定器でエネルギーを計測してみたところ、二四H、つまり一京五六〇〇Jジュールというそれまで龍人が出さなかったような巨大な力を持っていることが明らかになり、特殊生物学会の大きな発見として当時大きな注目を集めました』


 Hという単位。源龍化IIとIIIを発見したハリーの名から取られたその単位は、六五○兆Jものエネルギーをもってやっと一となる戦闘力の指数だ。

 最も、龍人の中で源龍化が出来る者は皆この単位で戦闘力を計算される。つまり、龍人の持つエネルギーはこのくらい大きな単位でなければ測定などできないということだろう。

『その他にも、世界の研究者たちは様々なことを発見しました。源龍化した龍人の周りにある物体はエネルギー弾をはじめとする龍人の力への耐性がつくこと。源龍化しても、刃物やとげ、炎、電気などへの防御力は弱いこと。さらに、龍人の中には念力や発火と言ったということも、現在までに知られている特徴です』

 龍人には、今までの科学では到底わからないような特徴が多く存在する。

 能力やエネルギー弾、形態変化といった不可思議な現象。その理由を知る者は、世界にはおそらくいないだろう。

 ただ、研究者という者はわからないことを調べる存在である。研究者たちは龍人について調べ、いつかはその力の起源がわかるようになるかもしれない。


『こういった龍人の特徴は、モンスターへの対策へも利用されています。という特性を活かして行なわれている、血清によるモンスター特定がその主な例と言えるでしょう』

 世界の多くの国で、モンスター検査は義務化されている

 。人間の姿をしたモンスターを見つけるために自治体が実施する検査で、龍人の血液から作られた血清を注射して何も起こらなければそのまま対象は帰宅できるが、対象が龍人のように強化された場合は、ギルドから派遣された龍人によって駆除される。

『現在のような龍人の平和利用及び健全な研究をするために、国連機関が認可した研究所及び研究学校でのみ、龍人の研究は認められています』

 ノワールはその言葉に、若干じゃっかんの違和感を覚えた。

 先ほどテロップで書かれていた『SRS』という組織は、かなりグレーな組織だ。

 子供の龍人の中から特に強力な者を選抜し教育しているが、その本部はベルリンの北西部にある広大な土地を占拠せんきょして壁で区切り、外部の干渉を受け付けないような形になっている。

 もちろん国連の認可も受けており、内部が公開できるような状態であるSRSの分校が米国、フランス、ドイツ、ロシア、日本に存在する。ただし、一部の人からは胡散うさん臭いという印象を持たれているのも、また事実である。


『現代に生きる私たちの生活と龍人には、切っても切り離せない関係があるのです』

 司会は最後にそう言うと、軽くお辞儀をする。それからBGMが止まり、画面がニュースに切り替わった。

「あ、テレビさ消しといでくんねえだか。まあつけたまんまでもいいけんども、あんまりうるさくねえ方がいいだからな」

 サルンにうながされ、ノワールはテレビを消す。

「龍人って、やっぱりまだよくわからないことが多いなあ……」

 ノワールは、小さな声で呟くように言った。

 キッチンでは、サルンが夕食の支度をしている。大きな肉や大量の野菜、その他にも多くの食材をまな板の上に置き、張り切って夕食を作っていた。

「さーて、うんめえ飯作ってやんべ。楽しみにしとってくんろ」


《》

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