6

 四年もの時が経つと、街並みは大きく変わる。

 街はさらに発展し、数年前までマンハッタンでしか見当たらないような高層ビルがいくつも立てられている。

 世界へのメッセージが撮影されたあのホテルも例外ではなく、老朽化ろうきゅうかを原因に取り壊され跡地にはマンションを作る計画がある。

 だが、もちろん変わったのは街並みだけではない。

 龍人の少女、エリー・ヴァルマは十七歳になっていた。もともと高めだった背はさらに数センチ伸び、顔の雰囲気も大人らしさが感じられるものになっている。父親ゆずりの金髪は四年前と同じように長く、美しいものである。


 あれから、彼女の生活は変わった。

 有志の寄付により、ニューヨーク郊外こうがいの小さい一軒家に住み、衣食もおおよそ不自由なく生活できている。

 しかし、彼女はいつもどこか悲しげな様子だった。

 世界ではエリーのメッセージや龍人の存在に関する放送がされたあと、どこからか(インド軍、もしくは医師ら)龍の姿になれる方法が流出。大半の人間はエリーのように変身することはなかったが、ごくまれに尾や翼が生え、巨大なエネルギーを持つ人間が現れた。

 そういった知らせを聞くたびに、彼女の表情は暗くなっていく。またどこかであらそいが起きれば、龍人たちは殺戮さつりくの道を進むのではないか、という不安が頭の中を巡っていた。

 一応ではあるが、国連では龍人の軍事行為を禁止する議論がされている。エリーのメッセージや龍人の確認事例増加による国際情勢の変化を受け、必要な議論であると考えられているからだ。

 しかしエリーには、ただ国際的に龍人の軍事利用がされないようにと願うほかなかった。


 そんな、ある日の夜のことである。

 一台の黒い大衆車が、エリーの家の方へ向かっていた。

 エリーの家の前で止まると、そこから一人の男が降りてきた。男はアジア系であり、彼の後ろでは車がライトをチカチカと光らせながら停まっている。

 男はおもむろに左のポケットに手を入れてそこから曲がった針金を取り出し、家の鍵穴に差し込む。何分かカチャカチャと鍵穴をいじり、彼はエリーの家の中に進入した。

 音を立てないようにか、男は家の中に入ると靴を脱ぐ。音をほとんど立てずに二階へと上がり、すぐ横にある部屋の中へと入った。男が入った部屋は、エリーが寝る寝室である。

「こいつがエリーか……」

 男は深くかぶっていた帽子ぼうしを脱ぎ、視界を広げる。目の前にいるエリーは、すうすうと寝息を立てて眠っていた。

 男は次に、右のポケットに手を入れる。彼のズボンの右ポケットには、一丁の小さな拳銃が入れられていた。


 慎重に狙いをさだめ、引き金に指をかける。

「おかあちゃーん……。はたけ、だいじょうぶ?」

 エリーの寝言を聞き、男は慌てて銃を下ろす。ただ彼女が起きていないことを確認した男は、それからしばらく再び銃を構えることはない。

(……いいのか? いいのかよ、俺はこの子を撃って)

 何らかの目的でエリーを襲撃しようとしていた男は、目の前の少女ひょうてきに銃を構えることを、ひいてはその引き金を引くことを、躊躇ちゅうちょしつつあった。

 しかし、彼には彼なりの理由があった。その理由をもって心の中の迷いを振り払った彼は、エリーのひたいを狙い、引き金を引いた。

 銃砲から放たれた弾は狙っていた額から少しずれて、右の眉のあたりに被弾。それから男はもう二発引き金を引き、合計三発の弾をエリーの頭に撃ち込んだ。


 はあはあと息を切らし、男は標的を見る。

 銃弾が撃ち込まれた頭からは血が流れ、ベッドだけでなく床まで紅く染まっていく。そのむごたらしい姿を見た男の口からは、乾いた笑い声が漏れていた。

「ふはっ、はっ、はははっ……ふははっはっははっはははははははっはっはっははっは!」

 男は目を大きく開き、脱いだ帽子を取らないまま玄関の方へと走り去っていった。

 エリーの家から出ると、男は急いで車に乗り込み、そのまま扉を閉じてアクセルを思い切り踏む。エンジンを入れっぱなしにしていたせいか、ガソリンのメーターはあと少しで燃料切れというところまで来ていた。

 車は法定速度を大幅に超えるスピードで夜の街を走る。ブンブンと騒音を発しながら、車は南西へと進んでいった。

 男の目的地は、深夜のマンハッタンである。


 マンハッタンまではものの数分で到着した。橋を渡ってからもしばらく車は進み、車はタイムズスクエアの方へと走り続けた。

 深夜であるにも関わらず、窓や看板からの光が輝く繁華街はんかがいであるタイムズスクエア。男が乗る車は、そこでガス欠を起こす。かなりの速度を出していたせいか、アクセルが効かなくなってもしばらく車は進んでいた。

「ちょうどいい、ここで降りよう」

 男はまだ歩くほどの速さで動く車のドアを開け、そこから降りると中心地の方へとけていく。人々が行きう繁華街での珍事に、一部の通行人は走る男の姿を目で追っていた。

 男は一分ほど走り続け、中心地のスクランブル交差点でその足を止める。

 そして、大きく息を吸い込んだ。


「聞けえええええええええええ!」

 男はスクランブル交差点の中央で、大声を発して通行人に自分の存在を知らせる。なんだなんだと言いながら、通行人は一斉に男の方を見た。

わたくしの名前はチャン・ジジュン! 遠くアジア、現在紛争の災禍さいかを受けし朝鮮半島よりこのニューヨークにやってきた、一軍人である!」

 チャンは自身の名前を名乗り、それからもう一度大きく息を吸った。

「私は軍上官の命を受け、おおよそ十分前に少女エリー・ヴァルマを拳銃で射殺した、その実行犯である!」

 錯乱さくらんした様子で殺人を行ったことをみずから、しかも人通りの多い場所で告白するチャンに聴衆はどよめく。

「しかし、私は私及び上の者の都合つごうのために死んだその姿を見た時に、私は私が言葉であらわすことの出来ぬような感覚に包まれた。本来死ぬべきにあらん者が、『平和活動家は都合が悪い』などとの理由において死に、それが私自身によるものだと自覚をした時、これを世間の皆々みなみなに伝えるべきであると思い、ここにやって来た」

 チャンはだんだんと声を枯らしていく。息を切らしながら訴える彼には、先ほどエリーを殺した時のような邪悪な雰囲気は感じさせられない。

「私のやったことは決して許されるものではない。しかし、私の告白によって故郷が少しでも良くなるのであればと、そう私は思う」

 チャンは震える手で、右ポケットの銃を再び取り出し、銃口を自分ののどに向けた。

「神よ、我らが故郷及び全世界に平和を!」

 枯れた声でそう叫び、チャンは引き金を引いた。

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