第四話 結末と余韻
無事に故郷にたどり着き、母親との再会を果たしたエリー。そのあと彼女はまず軽い食事を
昼食の後、エリーは自分の部屋でつかの間の休息をとっていた。ベッドの上に座ってしばらく窓の外を見ていると、部屋の扉が開き母親が姿を見せた。
「エリー、少しお話があるんだけど、いい?」
エリーの顔の向きが、窓の方から母親のいるところへと変わる。
「お母さん、何?」
母は少し大きめの箱を持っていた。エリーの返事を聞くと、母は部屋にある机の上にその箱を置いた。
エリーが何かと思って机の前まで来ると、母は机に置いた箱を開ける。
「これって……」
箱の中に入っていたのは、独立後発行したばかりの新しい
「本当はね、お父さんが帰ってきたあとで、みんなで中国かペルシア(イラン)にでも行こうと思って、お金を
母がなぜ、そんな大事なものをこの部屋に持ってきたのか。その理由は、エリーにもなんとなくわかっていた。
母は、エリーを紛争の影響を受けないどこか遠くへと逃がそうとしていた。いつこの場所で戦いが起こるかもわからない、そんな所に我が子を放ってはおけないと、そう感じていた。
「でも、今は北の方ではもう戦闘になってるでしょ? それに、あなたの持ってる『龍人』の力だって、また何か悪いことに使われちゃったら今度はどんなことになるかわからないし、だからエリーは外国に戦いが終わるまで避難したほうがいいと思うのよ」
思っていたのと同じことを言われた彼女は、母のその思いを拒絶しなかった。ただし、彼女には一つ思うところがある。
「ちょっと待って、私がどこかの国に行くのはいいとして、お母さんはどうするの? もし戦いに巻き込まれたら、それこそお母さんに何か起こるかもしれないし」
エリーが戦いから
「大丈夫、私たちが住んでる村はこんな小さくて目立たない場所だし、きっと戦いに巻き込まれたりなんてしないし、あなたがいないとわかったら軍とか研究所の人がまた来るってことはないと思うわ」
そう言うと、母は部屋を出て行った。
エリーは、できることならば母と二人で逃げたいと思っていた。ただ、彼女は部屋を出る母を止めようとはしなかった。母の考えにできるだけ従い行動することが、自分にとって最善であると考えているのだ。
母が部屋から出て少し経つと、エリーは『世界の海空路』という本を手に取って読んでみる。その本の中には、タイトル通りに世界中の船便や航空便などの情報が書かれ、それ以外にも国内から出るそういった移動手段の運賃や時刻表などの情報まで丁寧に
それらの情報の中で、彼女が一番注意深く見たのは、アメリカ合衆国へと向かう航空便についての項目だ。米国へと行くためにはどういった経路を使い、また何日かける必要があるのかを調べ、近くにあった裏紙にそういった情報を一つ一つメモしていった。
だが、なぜエリーは米国に行こうとしているのだろうか。
ただ逃げるだけならば、近場の紛争が起きていない国に逃げるだけでいいはずだ。インドの近辺でその条件に合う国は、ソ連やペルシアが挙げられる。ソ連は当時厳しい社会主義政策に関する話が伝わっていたので抜かすとしても、もう一方のペルシアに逃げる、もしくはそこから乗り継いでトルコやギリシャまで行けばある程度は安全になるはずだろう。
なぜわざわざ遠い米国まで向かうのか。それには、彼女なりの考えがあったのだ。
またしばらく時間が経ち、母が再びエリーの部屋に戻ってきた。白い大きなトランクをガラガラと音を立てながら持ってきて、部屋に入るとその場にトランクを横にして置いて、ファスナーを開けた。
「この中に、あなたの着替えとか、本とか、日用品とかを入れていくのよ。種類ごとに別々の袋に入れて、混ざらないようにして、それから……」
ねえ、と言いエリーは母の言葉を遮る。
「エリー、どうしたの?」
「私、行きたい国があるの」母は黙って彼女の話を聞こうとした。「アメリカのニューヨークよ。あそこには最近新しくできた国連っていう国際機関の本部があるから、私はそこに行って、龍人として世界中の人に話がしたいの」
母はそれを聞くと、途端に目を丸くした。エリーが言っているのはつまり、アメリカに行き龍人だと公言した上で、さらには世界に向けて何かを発信しようとしているということなのだ。
エリーがやろうとしていることには、大きなメリットとともに高い壁とその他のデメリットがついてくる。
龍人だと公言するだけで国連にいる誰かが彼女による世界中へのスピーチを許すかどうか。龍人だと知ったどこかの研究所や組織が、彼女を無理やり連れ去ったり龍人の力を悪用したりしないか。彼女がある一定の集団から恨みを買い、殺害されるようなことがないか。
母は娘の身の安全を考えると、だんだん不安になっていった。
(もし、ニューヨークでエリーの身に何か良くないことが起こったりしたら……)
(でも、この子ならきっと、大丈夫よね)
彼女はつい数時間前、一〇〇〇キロ以上離れたところから戦火を逃れて家へと無事に帰ってきた。そんな強い身体と心を持った彼女はきっとニューヨークでうまくやってきてくれる、そう信じていたのだ。
「ええ、わかったわ」母はそう言って、アメリカへ向かおうとするエリーの意思を受け入れた。
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