7

 ドキュメンタリーの解説部分、ノワールが龍人であると告白したちょうどその頃、北の方から一人の男が集落に入っていった。

 男はポケットに財布さいふ携帯けいたいだけを持ち、それ以外には何も持たずに歩いている。

 しかし、彼はどこから来たのかわからない。乗り物に乗っていないのでそんなに遠くから来たわけではないと思われる。だが、その服装や風貌ふうぼうには田舎者といえるような雰囲気はなく、腕や脚には筋肉があまりないように見えた。

 男はしばらく足を進め、T字路を左へ曲がる。左へ曲がってから二軒目の家の前で立ち止まり、男はインターホンを鳴らした。

 家の外観は他の住民の家とは異なり、清潔せいけつかつ都会的なつくりになっている。その家の中から、別の男がドアを開けて出てきた。

 家から出てきたのは、この集落の『オサ』を名乗る男、スパルだ。男は彼の家をたずねてこの集落に来たようだ。

「よう、三年ぶりだな」

 男はスパル相手に砕けた口調で話しかける。それに対し、スパルもにこやかな表情で迎えた。

「ああ、君かあ。久しぶりに顔見せに来たみたいだけど、またずいぶんと大人らしくなって……」

「ここにいたのは二か月にも満たないってのに、ずいぶんいろいろ言ってくれるじゃあないか。まあ、悪い気はしないけど」

 スパルがいるこの集落は、過疎化が進み若者が居なくなっている。そのため、彼は住んでいる者の名前を今でも覚えているのだろう。

 かつて住んでいた男に対し、スパルはかなり親しげに話していた。


 しかし、男にはここに来ることよりも重要な目的があった。

「んま、運動不足解消のための遠回りでここ通ったから、ついでにあんたと話しておきたかったんだ。俺はちょいとスーパーのバイトがあるから、なんか話したいことがあったりしなけりゃこのまま街の方行くわ」

 男は会話を切り、街へ仕事をしに行こうとしていた。もともとこの集落はただ通り道として歩いていただけで、特別何か目的があったわけではないのだ。

 スパルは、立ち去ろうとしていた彼の顔をもう一度見る。その時、一人の人間の顔が脳裏に浮かんだ。

 ノワールだ。彼の顔と目の前にいる男の顔が非常に似ていることに、この時気が付いた。髪型や服装、体型は異なるが、それでも目や鼻などのパーツにかなり類似するものが見られた。さらに、背丈も彼とほぼ同じである。

「あ、ちょっと」スパルはとっさに問いかけた。「君、妹居るのは知ってるけど、弟とかお兄ちゃんとかっていたっけ?」

「いや、俺の兄弟は妹一人だけだが。なんでそんなこと聞いたんだ?」

 突然の質問に対し、男がその意味を問う。

「いや、今日ちょっと君に似た男の人を見かけてね。髪が伸びてて、髭ボーボーで、ボロボロの服着てて……」


 スパルがノワールの特徴を一つ一つ言っていくと、男の表情がどんどん険しいものに変わっていった。そのまま彼はスパルに顔を近づけた。

「おい、そいつがどこにいるかわかるか」

 男はノワールと面識があるようだった。記憶を失う前かその後か、知り合ったのはいつ、どこでなのか。それは全くわからなかったが、何かしら彼と関係があるのは確かなようだ。

「い、いやあ……。あっちのほうにあるオーウェンって人の農場で働いてたから、そこに行ってみれば会えるよ。もし会いたいなら、行ってみたらどうだ?」

 険しい表情で問う男に気圧けおされたためか、スパルはノワールの居場所を口に出してしまった。

 スパルから情報を聞いた男は、ふたたび顔を遠ざけ「あー」と小さく声を漏らした。

「わかった、ありがとう。後でまたここ寄ってそいつに会ってこようと思ってる。んじゃ、俺は街まで行ってくるから、またそのうちなんか話でもしようや」

 そう言うと、男はスパルの家の前から立ち去り、東へと歩き出した。

 スパルにはわからなかった。彼がなぜノワールを探し、情報を聞くや否やあのように鋭い目つきで質問をしてきたのか。

 少し考えてみても結論が出なかったのと、スパルの家の中から赤ん坊の泣き声がしたので、彼は家の中に戻った。

(さーて、赤ん坊の世話したり料理したりしなきゃだな……。上等の肉料理、早く食べたいし)


 一方街へと向かう男は、ノワールらしき人物を見たという報告を聞き、道を歩きながら彼について考えていた。

(若者なんて、このへんじゃ全然いない。そん中で俺に似てるやつなんざ、ほぼしかいないはずだ。つまりあの男はこの集落にいるって話だが……。)

 彼はノワールがいると確信していた。彼がノワールの失った記憶と関連しているのか、それとも何かしらのトラブルが起こり、それに関与したノワールに対し恨みを持っているのか。

 それは誰にもわからないが、一つ言えることは何らかの理由で彼がノワールに執着し、追っているということだ。

(バイトとメシと買い出しでここ戻るのが何時になるのか……。それに、あの男がそこらで野宿してる可能性もあるとなると、最悪振り出しだあ……。)

 ノワールには戸籍や住所が存在しないことを、なぜかこの男は知っていた。それすなわち、彼は何かしらノワールについて知っている可能性がある、ということになる。

 ノワールを追う謎の男は、そのまま道を進み集落を去っていった。


《》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る