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 オムらのいる駐屯地から飛び立ってしばらく時間が経った。エリーは上空およそ千メートルほどで高度を安定させ、新幹線より少し早いくらいの速度で南の方へと飛行している。

 エリーはこのまま自分の故郷である村に帰ろうとしている。おおよその方向は駐屯地より北にあるシアチェン氷河ひょうがを発見し、そちらとは反対方向に進めばいいと判断した。

 飛び立った場所からすでに五〇〇キロは離れている。直線距離で考えればあと四時間ほど飛び続ければ村まで到着するが、そこまで飛び続けられるかは全くわからない。途中で降りて休める場所があればいいのだが、仮にエリーが弱って休もうとした時に下が市街地しがいちだったりした場合には、彼女の姿が人々に見られるのは避けられないだろう。

 だが幸い高度はそこまで高くないので、視界が雲にさえぎられることはない。

 彼女は高度を調節し、下の様子も確認しながら空を飛び続ける。陸路とは違い指定された道を進む必要はないので、空を飛べばどんな山や谷も簡単に超えることができた。

(空を飛ぶってらくよね……。それに、なんだかすごく開放感があるし)

 エリーはさらに飛行速度を上げる。その速度は時速四百キロを超えるが、彼女の身体には特に異変は見られなかった。おそらく龍人の持つ防御力によるものだろう。

 それからしばらくの間、エリーは南の方へとまっすぐ飛んで行った。


 さらに時間が経過し、時刻は午前十一時を回ろうとしている。あれから加速や減速を繰り返しつつ、安定した飛行を続けていたエリー。今この瞬間、彼女の真下には広大な海と大きな港町があった。

 カシミールの山奥から約一四〇〇キロもの距離を、彼女はその身体で飛んだのだ。

 しかしその身体には大きな負担がかかっている。原因は不明だが、全身に筋肉痛のような痛みが走っていた。

(少し休めるところでも探しましょう。このままじゃ、痛くて飛べないわ)

 エリーは市街地の上空を離れ、少し離れた森の中に着陸する。そこに人はおらず、ただ木と枯れ葉があるだけの場所だった。力を抜き大きく息を吐いて龍の姿から人の姿に戻ると、彼女は椅子としてちょうどいい高さの切り株を見つけてそこに座った。


 はあ、と大きなため息をつく。このまま海岸線に沿って南に行き、ムンバイまで到着した後は東に進路を変える。それだけで、彼女は故郷こきょうに帰ることができるはずだ。

 だかしかし、村に戻った後はどうすればいいのだろうか。エリーはそのことで頭がいっぱいになっていた。家に帰っても、すでに普通の暮らしができるような環境ではなくなってしまっている。

「まったく、龍人には自由がないのかしら」

 エリーは心の中の不満がつい口に出てしまう。彼女は戦争の兵器として使われそうになり、研究所には研究対象として追われてしまう。龍人だとわかったとたん、彼女は他者の思惑おもわくに振り回されることになってしまったのだ。

 この時には龍人に関する法律など一つたりとも存在しない。なのでそれらの行動を制限することもできず、常に彼女は何かしらの魔の手に追われているような状態である。さらに龍の姿になる方法がオムなどに伝わってしまったため、今後龍人がこの世界に何人も出てくる可能性があるのだ。

 それらの現状を踏まえ、彼女は休息を取りながら一人で考え続けていた。

 どうすれば龍人でも暮らしやすい社会ができるか。

 龍人が戦争に使われないようにするにはどうすればいいのか。

 龍人への勝手な研究行為はどうすればなくなるのか。

 考えているうちに、時間はどんどん過ぎていった。太陽の光が真南から差し込み、エリーはそのまぶしさに顔の前に手をかざす。全身の痛みもやわらいだ彼女は、再び自分の姿を龍のようなものに変えた。

 そのままエリーは再び空を飛び、自分の故郷の村へ向かって進んでいった。


 そこから村までは、およそ一時間の飛行で到着した。

 彼女の故郷は最後に見た時とは異なり、ほぼすべての畑から作物が収穫しゅうかくされているためかずいぶんと寂しい雰囲気を感じさせる。着陸した場所は村の真ん中だったが、昼飯時だったおかげか外に出ている者は一人もいなかった。

 エリーは自宅への道を一歩づつ歩いていく。着陸した場所は家から百メートルほどの 場所だったので、家までの道で迷うことはなかった。

 家に到着すると、エリーは玄関のドアをノックしようとする。この時にはすでに人の姿に戻っていたため、ドアや家が破損するようなことはなかった。

 はーい、と家の中から声が聞こえる。

 声の主は紛れもなく、母親そのものだった。エリーはそれだけで少し安心し、やっと帰ってこれたと小さな声が漏れる。

 ドアが開き、エリーの母親が姿を見せた。母は自分の娘の姿を見るなり、驚いた様子で「エリー?」と名前を口に出した。

 こうして、何週間ものあいだ離れたまま、もう二度と会うことはないと思われた親子が再開した。

 母は娘の安全を願い、娘は遠い場所から一人で家まで帰ってきた。そんな二人の目には、自然と涙があふれていた。

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