4
「すげー、なんだあの子は!」
銃弾を受けてもノーダメージのエリーを偶然見た兵士が、駐屯地の中から
まるで超人ショーのような出来事であったが、それは実際にこの場で起こったものである。龍人の力は少なくとも小銃の弾をものともしないレベルであるということが、この時証明されたのだ。
(ここではこうしておいたほうが安全みたいね。いつまた銃弾が飛んでくるか分からないし……。それに、着替えもないし)
エリーの背中にある翼と、腰の下にある
どうしようかしら、と言ってからエリーはため息をつく。
銃声の数がだんだんと少なくなってきた。しばらく経てば戦いの決着がつき、この駐屯地がどうなるかが決まるだろう。
その時だった。もう一度建物から爆発音が聞こえ、エリーが音のする方を見てみると黒煙とともに大きな炎が上がっていた。
二回目の爆発で、建物を焼く炎は収まりそうもないほどに燃え広がろうとしている。それから少し経つと、兵士たちが次々に外へ出て行った。先程の爆発が自爆攻撃だったのか、敵兵は一人もいなかった。
建物から出て行った兵士の中には、オムや家主の姿もある。オムはエリーを見つけると、慌ててそちらの方へ進路を変えた。
「エリー、お前は外に脱出していて無事だったのか」オムは息を切らしながらエリーに声をかける。「どうやら、銃弾を浴びても無傷だってのは本当みたいだな」
この子がエリーか、と一人の兵が小さな声で言う。龍人であるエリーがこの駐屯地まで運ばれているということは知らされていても、彼女の顔や姿を知っている者はオムと家主のみのようだ。
気が付くとオム以外の兵士は皆、建物の横にある倉庫らしき一軒家ほどの大きさの建物へと向かっていた。
「エリー、俺たちはあの火を消すためにここまで出てきたんだ。水や消火剤を使えばあれくらいの火でも消せるから、火が消えたら建物の中に入ってくれ」
そう言うと、オムは他の兵士たちが向かった方へと走り去っていった。
一人になったエリーは、ふと背中に妙な感覚を覚える。
……いや、背中だけではなかった。全身に十度ほどの水が止まることなく流れているような、そんな感覚がしたのだ。その感覚はそこまで強いものではなく、意識しなければあまり気づくことがないようなレベルのものである。例えるなら、蚊が身体に針を刺すときと同じくらいの強さの感覚と言えるだろう。
(なんなの、この感覚)
しかし、一度意識してしまえば気になって仕方がない。エリーは自分が感じているものの正体をどうやって知ろうかと考え出した。とにかく彼女は、自分の力について知りたかった。
エリーは試しに、自分の翼に意識を移してみる。それだけで何か身体に変化があるようには感じなかったが、妙な感覚が後ろの方に集中し始めたようにも感じた。意識を移したところで感じる『感覚』の強さは、そうでない場所と比べてかなりの差があるように感じられる。
次に、彼女は自分の右手に意識を移す。手首から先がひんやりとしてきたところで、兵士たちがパンパンに何かが詰まった紙袋や水の入ったバケツなどを持って建物の中へと戻っていくのが見えた。
一人の兵士の身体がエリーにぶつかりそうになる。その時、彼女の右手に軽く力が入った。
「うわっ!」エリーが声を出したその瞬間、右手から白く光る球体が生み出された。光の玉が出てきたとたん、彼女はなんとなくそれの正体に気が付いた。
エネルギー弾だ。
球体が発する光は弱いわけではないが強くもない。兵士たちは驚いて彼女のほうをちらりと、あるいはじろじろと見ていたが、目がくらむ者はおらずそのまま自分のするべき消火作業のために建物の中に入っていった。
エネルギー弾の生成に成功したエリーだが、生み出した弾の扱いに彼女は非常に困っていた。
収容所を吹き飛ばしてしまうほどの力を持っているであろう
倉庫から戻る兵士の最後尾で水入りの大きなバケツを持ったオムは、エネルギー弾を手の上に生み出したエリーを見て声を掛けられる前に動きを止めた。
「それは、エネルギー弾か?」
多分、とだけ言って、エリーは口を閉じた。
「なるほどねぇ……。なら、駐屯地の外に飛ばすといい。ただし、なるべく遠くにな。この辺は山ばっかりで村とかはほとんどないから、着弾しても大丈夫だ」
エリーは疑った。『本当は私に敵を攻撃させるためなんじゃないの?』と思った。しかし、彼女には確かめる方法が一つあった。
高い跳躍力を生かし、
それっ、と口に出し、エリーはエネルギー弾を右手に持ったまま高く跳んだ。彼女の目に映ったのは、オムの言った通り山ばかりの土地だった。村という村は見当たらず、駐屯地の近くに
彼女はそのまま、エネルギー弾を遠くに放り投げた。光の玉は放物線を描きながら進み、彼女が地面に着地すると同時に数キロ離れた場所に着弾した。その間、わずか十五秒ほどだった。
二人はエネルギー弾が放たれた方角を見る。少し経つとドーンという音が聞こえ、さらに数秒が経過すると風と共にぱらぱらと砂が飛んできた。
これほどまでのエネルギーを持っているとは、誰も想定すらしていなかった。とてつもなく強大な力を持つエネルギー弾に、エリーはおろかオムすらも恐怖を覚えた。
「まさか、あれほどの力だとは……。収容所を破壊した話よりもずいぶんとスケールがでかいように感じるんだが」
オムはスケールの違いにも何か理由があるに違いないと思い、その理由について考える。しかし、エリーにとってはそんなことはどうでもよかった。
彼女の力は非常に危険だ。下手をすればその場にいる全員が一瞬にして死に至るほどの戦闘力。それを兵器として使うなど、絶対にしたくないと思っていた。
エネルギー弾を兵器として戦いに役立てようとするオムから、できることなら今すぐ逃げ出したい。そういった強い意志によってか、エリーの全身に力が入った。
「なあエリー、やはりさっきの話は……」
無かったことにしてくれ、とオムは言おうとしていた。彼もあの力の危険性に気が付き、敵はおろか自分たちまで
しかし、それを言うのは十秒ほど遅かった。
エリーの身体からはまるでロケットのように下向きの空気の流れが作られていた。『感覚』を使い、彼女は空を飛ぼうとしていたのだ。
「お、おい、一体お前は何をしようとしているんだ?」
「オムさん、あなたのような人に説明する必要はあるかしら?」エリーは冷静に返す。
「人を睡眠薬で眠らせ、車でこんなとこまで連れて行くような人から、私は逃げたいの」
エリーの身体は少しづつ宙へ浮いていった。
彼女は全身に力が入った時、ふと思った。もし龍人が空を飛べるとすれば、それは翼によるものではなく『感覚』によるものなのではないか、と。
結果はその通りだった。身体に流れる何かを自由に操り、彼女はすでに姿勢を横向きにした状態で空中にとどまっていた。
「あとは多分こうすれば……。よし!」
エリーは足に力を集中させ、宙を浮くのと同じ要領で少しづつ力を放出していく。すると、彼女の身体は頭を先頭に空高く飛んで行ってしまった。
高度や速度を上げながら、あっという間に視界から消えたエリーを見て、オムは「やっぱり、やめておけばよかったかな」と後悔の言葉を口に出した。
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