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 それからしばらく経つと、再び診察室のドアが開かれた。

 部屋の外に居たのは、白衣はくいを着た大勢の医者だ。おそらく、大声をあげて部屋から出た若い女医が呼んだのだろう。

「ああ、あれは本当だったのか」欧米人らしき一人の医者がエリーの近くまで来る。エリーは椅子から立ち上がり、声のする方を向いた。年配だが身体が大きい医者だったため、十三歳の女子にしては背が高い彼女でも若干顔を上に向ける。

「やあ、初めまして。いろいろ話をする前に、まずは君の名前を教えてくれないかな?」

「え、エリー・ヴァルマです」エリーは大勢の医者が来たせいか緊張していたが、それでも医者の問いにはっきりと答える。

「わかった。私の名前はローレンス・トレヴァー、この病院の院長だ」

 エリーは一瞬固まった。大病院の院長が直接自分のもとまで来るという状況に、何やらとてつもなく嫌な予感がした。

 しかも自分は龍人であると判明したばかりだ。形態変化をした状況でローレンス他多数の医者と対面してしまったので、自身が龍人であることは多数に知られてしまったわけだ。こんな状態になってしまえば、この先何が起こるかもわからない。


早速さっそくだが、エリー。申し訳ないが、君にはさまざまな調査が必要なんだ。協力してくれないかね?」

 ローレンスは表情を変えずにエリーに検査を受けさせようとしてくる。エリーもこうなることには薄々わかってはいたが、実際に多数の医者が自分一人をくまなく調査するというのは非常に気持ち悪く感じている。ただ、自分の力を何かの役に立てたいとも考えていた。

「わかりました、協力します。その代わり、条件を出してもいいですか?」

「聞こう、一体どういったものだね?」

「私の身体を切ったりするのは、やめてもらえないでしょうか?」

 エリーが恐れているのは、調査や検査などで身体に道具で傷を入れられることだ。龍のような姿に変わっているとはいえ、傷つくことや痛みなどへの恐れは元の少女と全く変わらない。

「最初からそのつもりはない。ただ、採血だけはしておきたいのだが、大丈夫かね? 何かのウイルスや菌によってそうなるのなら、それについても調べたいからね」

 エリーは一瞬迷うが、そのあと小さくうなずいた。

 ローレンスは自分の後ろにいる医者たちに「よし、検査の準備をしてくれ。採血はうちがやるから、後のはそっちで頼む」と言い、医者たちのうち数名が診察室から別のどこかへ行った。

「よし、じゃあここでいろいろやるのはなんだし、別の部屋まで行ってそこで検査をしよう」

 ローレンスはそう言って部屋から出る。医者たちが廊下を歩く彼についていき、一番後ろに不安を感じながら歩くエリーがいる。

 検査を行う部屋まで行く間、翼と尾が生えたエリーは多くの人の視線を集めた。人に見られるたびに、エリーは自分が見世物であるかのように感じた。


 エリーに行われた調査は、彼女が思うよりもずっと簡単なものだった。

 だが調査の種類は多かった。最初に身長と体重の計測。次に血液検査、レントゲン撮影、視力聴力しりょくちょうりょくの検査、さらには歯や鼻、IQまで検査された。

 これらが完了したことによって、調査データの採集は終了した。だが、彼女には疑問が一つある。

「龍人っていうのになる方法は、知らなくていいんですか?」

 ローレンスは振り向く。「そのうちどこかの研究所から調査依頼が来る。うちはあくまでも医者だから、医療的なことだけしかやるつもりはないよ」

 エリーは安堵あんどする。研究所からの調査依頼は最悪無視できるし、連れ去られそうになったら龍の姿になって驚かして帰らせればいい。そう思っていた。

 そこで彼女は思い出す。アブに刺された跡が消える、もしくは痛痒い感覚が消えたら、果たして自分は龍の姿になることはできるのかどうか、ということだ。

 彼女の力はあくまでも偶然の産物だ。今この状態から変わってしまえば、もしかしたら二度と使えなくなってしまうかもしれない。


「あの、もし背中の跡が治ったら、私って龍の姿になることってできなくなるの?」

 エリーはローレンスに聞いてみる。

「さあ、それはわからない。でも、三十年前になった男は取材の時は無傷でなれたから、多分君もどうにかすればできるんじゃないかな。例えば、代わりに背中に意識を集中させるとか」

 意識を集中させ、大きな声を出す。

 アブに背中を刺された時、痛かったり痒かったりの感覚によって背中に意識がうつる。その後、大きな声を出して泣いたことで龍の姿になった。

 もしかしたら別の条件があるのかもしれない。ただ、三十年前とこの日の状況を加味すると、これが一番あり得る状況ではないかと感じた。

「なるほど、わかりました。……それと、調査が終わったみたいなので帰ってもいいですか?」

 ローレンスは黙って頷く。エリーはやっと調査が終わったと思い、ふうと息を吐き自然と力が抜けた。

 その瞬間、彼女の背中と腰から翼や尾が消えた。まるで空気と混ざり、溶けてしまったかのように。

 今度はエリーも気づくことができた。歩いている時に、くつが持つ重さを感じたからだ。

 こうして、エリーは自分の力をある程度あやつることができるようになった。

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