第二話 人、龍人、モンスター。

 ドアを開けた先は、『リビング、ダイニング、キッチン』の三つが揃ったいわゆるLDKの部屋だ。

 リビングには随分ずいぶん使い古されたであろうソファ、ダイニングは作業場の食事場と同じく大きなテーブルに椅子が四つ、キッチンには他とは違って最新式の電磁調理器IHがある。

 手前がキッチン、一番奥がリビング、二つの真ん中がダイニングだ。

「部屋の奥ってこんな感じなのかー、新しいのか古いのか……」

 ノワールは目上の人相手には基本的に丁寧な言葉づかいだが、部屋を見回しながら漏れた言葉は若干砕けた言葉遣いだ。

 この部屋は飾りなどがあまりなくシンプルだ。壁にかけられている一つの写真以外にあるのは、飼育場の柱に貼ってあったような領収書や納入書、さらにはウェールズ語で書かれた家畜のエサの注文書だけだ。


 二人が向かったのは勿論もちろんテレビがあるリビングだ。二人はドアから見て横向きになっているソファに腰掛け、目の前にある大きい旧型テレビの電源をつける。リモコンについているボタンはかなり多く、サルンも何に使うのかよくわからないようなボタンもたくさんある。

 電源をつけた時にはまだドキュメンタリーは始まっておらず、経済ニュースで英国だけでなく世界の株式市場について報道している。

 治安状況が不安定なはずのイラクにある新興企業しんこうきぎょうの株価が爆増していたり、ドイツにある薬品や機械関連の企業の株価上昇が五十年連続だったりという報道があったが、経済がわからない二人には興味がない。

 経済ニュースの間、サルンは人数分のピーナッツと水を用意する。ピーナッツはさらに乗せられているが、水は水道水をコップに入れたものではなく未開封みかいふうのペットボトル二本だ。

 サルンは用意した飲食物を乗せた二つのお盆をソファのすぐ前にある背の低いテーブルの上に置き、その後早速さっそくピーナッツをつまんで食べる。

 ピーナッツの分量もノワールのものより、確実にサルンの方が量が多かった。


 ノワールがサルンにならいピーナッツを食べようとしたその時、「ニュースをお伝えしました」というキャスターの声とともに経済ニュースが終わり、いよいよサルンが観ようとしていたドキュメンタリーが始まろうとしていた。

 この歴史ドキュメンタリーは『世界の記憶』というシリーズのうちの一つだ。過去かこにはローマ帝国やアングロサクソン時代のような古代の話から、ベトナム戦争や湾岸わんがん戦争などの近現代史まで幅広く扱っている。この日は『』という名の通り、という種族が世界的に認知されるきっかけとなった少女の話を放送する。

 オープニングテーマが終わり、テレビの画面には三十代くらいの女性が映し出された。彼女の後ろにはクロマキー合成で古代遺跡のような背景が映し出されていた。


『今から六九年前、第二次世界大戦が終わってわずか二年後。ここイギリスから独立した国家であるインドに住むとある少女が、世界を震撼しんかんさせました』

 彼女の語りと共に、画面の右下に少女の白黒写真が出てきた。

『彼女の名前は『エリー・ヴァルマ』。イギリス本国出身の父とインド人農民の母から生まれたハーフで、ムンバイの近辺にある農村で暮らしていました』

 映し出されている少女の全身の写真には、いくつか普通の人間ではあり得ないものがある。

 龍の翼と尻尾しっぽ。腕を広げれば両肘りょうひじくらいが端になるくらいの翼に、龍というより太めのへびのような尻尾。当然ながら、普通の人間にこんな翼や尻尾は存在しない。少女は一体、何故こんな翼や尻尾を持っているのだろうか。

『では、そんな少女が世界を震撼させた歴史。さらに、なぜ。これらの歴史を、早速VTRで見ていきましょう』

 それから画面が少しづつ薄くなり、数秒経つと完全に真っ暗になった。

 こうして、翼と尾を持つ不思議な少女についてのVTRが始まろうとしていた。

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