第35話「みんなでお茶会をしよう」

 あの騒動から数日のうちに女王陛下は辣腕を振るった。振るいまくった。


 まずエンベローム子爵は捕縛され、裁判に掛けられることになった。余罪は有り余っているので死罪は免れないだろうと言われている。


 そんでもって俺が吸血してやったヤキンドゥ・オルマンダラ男爵は、残念なことに亡骸が見つかった。勿論手を下したのは領主エンベローム子爵なんだが、なんともやるせない結末だ。


 エンベローム子爵とオルマンダラ男爵は一族ぐるみで悪事を働いていたことも判明しているので、両家ともに取り潰しで爵位は返上。彼らが治めていた領地は隣接しているハーバルド男爵に与えられることがほぼ決定しているらしい。


 そして気になっていたのはエンベローム子爵の三女、マドロードさん。


 彼女は罰せられる一族郎党の中には入っていないどころか、王国に彼らの罪を教えたことによって報奨を貰える立場になっていた。よかったよかった。


 で、その報奨って?


「ハーバルド男爵家の養子になるようです」


 清潔で静かな我が家。


 その中庭にあるカフェテラスで月光浴しながらコーヒーを味わい、遊びに来たルシアンナから近況報告を聞く。まるで事件の黒幕みたいな雰囲気を醸し出しているが、俺はギルドマスターの依頼で娘を取り戻したに過ぎない。


「ハーバルド男爵はエンベローム子爵の分家で、マドロードの叔父にあたります。血縁者なので養子縁組はスムーズに行われたそうです」


 どことなくルシアンナは嬉しそうだ。自分の彼女が罪にならず、それどころか貴族になったのだから確かに嬉しかろう。


「領地が増えるのでハーバルド男爵は子爵に引き上げられるという噂もあります。しかもお子がいなかったので、マドロードは子爵令嬢で、ゆくゆくは女子爵ですよ」

「ルシアンナはどうするんだ?」

「もちろんマドロードの支えになるつもりです」


 この国って女性同士の結婚を認めてるのかな? その場合、世継ぎはどうするんだろう……。まぁ、俺には関係のない話だから触れないでおこう。


「女王陛下はこれをきっかけに王国に溜まっている膿を出そうとしておられるようで、一部の貴族を粛清しています。勿論それに抵抗する勢力もいますが、オレたちも見たあの特級冒険者達が潰しまくっているそうですよ」


 あのデカいボサボサ髪の男と、角の巨乳ちゃんの姿を思い出す。


 空間を自在に操る能力スキルを持ってる連中とは絶対に事を構えたくない。気がついたらどこかの深海の底に飛ばされていた、なんてことにはなりたくないし。


 なんだかんだあったけど、俺は大した活躍もせず(というか大半は俺の知らないところで)うまく収まった感じがする。


 笑っちゃうほどご都合主義だけど、きっと運命とか因果律とかを書き換えて俺に都合よくしてくれたであろうファルテイア様に感謝。教会の首の採れた女神像も修復してあげなきゃな。


「それでですね主様……」

「ん?」

「オレ、彼女の側で彼女を支えようと思っています」

「うん。それは聞いたけど」

「ですから、あの、自分から仕えさせてくださいと言っておきながら、こんなことを言うのはあれですが……。ごめんなさい!」

「あー、その話か。いいよいいよ。幸せになってくれ」

「それとですね、もうひとつお願いが」

「ん?」

「領主貴族になるマドロードには次の世代、つまり子どもが必要になるんですが、オレとは作れないじゃないですか」

「まぁ、そうだろうね」

「なので子種ください」

「ぶっ」


 コーヒー吐き出したわ! 何言ってんのこの人は!


「養子を取るとか親戚から引き立てるとか、他の手はないのか?」

「オレ、マドロードの子どもなら種馬が誰であっても愛せると思ってます。それが主様なら万々歳って言うか」

「種馬役を俺に求めるなよ。あ、ダッカスに頼むとかは?」

「イヤですよ、あんな脳みそまで筋肉詰まってそうな男の血なんて」


 酷い。


 この前からダッカスの元気がなかったのは、マドロードとルシアンナが恋仲をカミングアウトしたせいだと思っていたが、それ以前にルシアンナから恋愛対象にされていなかったことに傷ついていたのかな。今度ここに招待して、美味しい食事で癒やしてやろう。


「聖者様ー!」


 噂をすれば遠くからダッカスの声が。


 中庭から正門の方に行くと、門番のミランダが外にいるダッカスたちを防いでいた。


「約束もなく来ないで欲しい。御館様はお忙しいんだぞ?」

「約束もなにも、聖者様にお会いするには直接来るしかないじゃないか」


 ミランダは憮然と対応しているが、これはキサナが「普通の貴族は顔を合わせたいのなら事前にふみで約束を取り付けるのがマナーですから」と言っていたのを真に受けているんだろう。しかし俺は貴族じゃないからな。


「あ、聖者様! ダッカスです!」

「見れば分かる。モルグも」

「ちわっす!」

「そしてメロウラも元気そうだな」


 そう。メロウラ。


 あの事件の後、女王陛下は部下を通じて俺に「褒美は何がいいか」と尋ねてきた。


 俺としては地位も名誉もいらないし、金を要求するのは俗っぽすぎて言いにくかったので、「メロウラへの情状酌量」を打診した。


 窃盗未遂の罪をもう少し軽くして? と言いたかったんだが、女王はこの国の法を曲げて「そんな罪はなかった」ということにしてくれたらしい。


 その結果、メロウラは首につけられた奴隷紋も解かれ、冒険者として復帰もできたわけだ。


「丁度中庭でお茶してるところだ。みんな入って」

「はい!」

「しゃす!」

「はーい♡♡♡」


 ちょっと怖いくらいに猫かぶった女の声が混ざってたが気にしないでおこう。


 ちなみにミランダにプレゼントした「門番さん用簡易テントセット」はとても気に入ってもらえたようだ。


 テントだけでも二万シリルだから気に入られなかったらどうしようかと思ったが、よかったよかった。


 けど、できるだけ普通に従者部屋で寝泊まりして欲しいもんだ。門番は交代制に出来るように、もう少し人を雇った方がいいかな。しかしこの館に入れて、真面目に働いてくれる人なんてそう簡単には―――いるわぁ。目の前にいるわぁ。しかも三人もいるわぁ。


「なぁダッカス、モルグ、メロウラ。相談なんだが、もしよければうちで働かないか? 冒険者しながらでもい―――


「うおおおおおお!!!」

「やるっすよ!! 冒険者とかどうでもいいっす!!」

「妾でも愛人でも性奴隷でもなんでもやります♡♡♡」


 冒険者の矜持はないのか。そしてメロウラ、お前はおかしい。


 メロウラが窃盗未遂した原因は、妹の結婚資金を稼ぐためだったらしいが、それは俺が銀貨何枚かを渡して解決した。


 彼女の罪を帳消しにした上に懸案事項だった妹の結婚資金も援助したってことで、メロウラはあからさまに俺の信者っぽくなってしまった。


 ダッカスやモルグも狂信的なほど聖者様聖者様と言ってくるが、彼女は狂信者というかストーカーかメンヘラ彼女の領域に両足ぶっこんでしまい、俺を崇めるばかりか館に忍び込んで「出来ることがないのでこんな体で良ければ」とすぐ股を開こうとする。まぁ、その度にキサナから水をぶっかけられて「発情期の猫ですか!」と怒られているが。


 そして「侵入に気が付かなかった」と毎回ミランダが落ち込む。


 ここに入れるってことは悪いやつじゃないからいいんだけど、。魔術師のミランダがどうやって外壁を超えて中に入ってきたのかは今も謎だ。


 冒険者達を迎え直し、うちのミランダとキサナも加えて中庭で真夜中のお茶会が始まる。


 茶菓子は当家名物「尽きることのないクッキーボックス」から出してきたカントリーママン的なやつと、チョコレート。キサナの趣味でクシラナの街から調達した(そんなに美味しいものではない)ケーキ。


 飲み物は引き立て淹れたてのコーヒー。キサナに言えばローズなんたらの紅茶も入れてもらえる。お好みでミルクや角砂糖。なんならブランデーを紅茶に入れてティーロワイアルにしてどうぞ。


「ここにいると自分が御貴族様にでもなった気分になれますな」


 コーヒーをちびちびと飲むダッカスは、どうにも落ち着かないらしい。ミランダも「わかる」と頷いているところからして、この貴族趣味な館や調度品が肌に合わなくてテント生活しているフシもありそうだ。


「しかし聖者様はクシラナの街で一気に有名人になったっすよねぇ。不還の森の聖者様って言えば、誰もが手を合わせて拝んでるっすよ」

「それなぁ」


 モルグが言う通りで、俺が寝ている日中に街の人達がよくやって来るらしい。


 その人達の目的は様々で、館を拝むだけの人もいれば、やれ聖者様の力で傷や病気を治してくれとか、やれ聖者様の御加護をくださいとか、聖者様なんだから民に施しを与えて当然!みたいなやつらもいるらしい。


 今後は冒険者を増やしたので「お恵みください系」は排除してもらいたいところだ―――と思っていたが、またすぐに歓迎しない来客があるのだった。


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