第34話「領主と対決してみよう」

「領主ってどこにいるんだ」

「本当ならここより随分西にある領都メルソピーなんすけど、クシラナに来てるっす」


 モルグがそう言い切る根拠は【捜索】で領主エンベローム子爵を探したらこの衛兵詰所にいると分かったからだそうだ。


 近くにいてくれてよかった。直訴だ直訴!


「ダッカスなにやってんだ。行くぞ」


 いつも鎧に包まれていた冒険者のダッカスは、心許ないのか跪いた衛兵たちの鎧を剥ぎ取ろうとしていた。だけどあんた、体のサイズがどう見ても合ってないよ?


「主様、本当に領主と対決されるのですか」


 ルシアンナが心配しているのは、きっと恋人のマドロードさんの父親がエンベローム子爵だと聞かされているからだろう。


「自分の無実を直訴するだけだ」


 モルグの案内で子爵のいる所に向かうと、やっぱり来るよね衛兵さんたち。


「 ひ ざ ま ず け 」


 俺の【邪眼】と目が合った衛兵たちは、一時的な洗脳状態に陥って武器を落として膝を落とす。目が合わなかった奴らも【妖気】にブルって戦意喪失している。いやぁ便利だなぁこの種族特性能力。「ひざまずけ」以外のパターンも考えとかなきゃ。


 そして子爵がいるであろう詰め所の二階。でんと構える大きな扉をノック無しで押し開けて入ると、そこには二人の男がいた。


「なんだ貴様たちは!」


 ちょっと豪華な鎧を着た衛兵が怒鳴り声を上げ、すごい形相でこちらを見る。ダッカスよりも筋肉質って、何食ったらそんなになるんだよ……。


 もう一人は執務机に腰掛けた偉そうな男で、やたら装飾が施された服を着ている。ははぁん、この金かかってるほうが領主だな。


「貴様が聖者と言いまわっている詐欺師か?」

「自分でそう名乗ったことはない」

「ふん」


 俺を小馬鹿にする笑みを浮かべた派手男は、衛兵に顎で「やれ」と指示を出す。時代劇の小悪党でも、もう少しリアクションしてくれそうなもんなのになぁ。


 衛兵は命令を承知して剣を抜いた。


 それは室内でも使いやすいように短めに作られた剣のようだが、やたらと鍔元の装飾が凝っている。こいつも結構金持ってんな?


 つまり、パッと見た感想で言えば「領主とずぶずぶにつながった衛兵」って感じだ。


「お前たちの死体はヤキンドゥの隣に埋めてやるぜ」

「それはどうも――― ひ ざ ま ず け」

「あぁ? 誰に言ってやがる」


 おぉっと!? この衛兵には【邪眼】が通じない!? もしかすると一定の強さがある相手には通じないとか? レベルなのか!?


「死ね―――なにっ?」


 衛兵が剣を振り上げた時、すでに俺は騎士の後ろに移動している。


 これぞヴァンパイアの目にも留まらぬ速さ! 空気抵抗とか移動時に生じる衝撃波やらはどうなってるのかわからないけど、深いことは考えない!


 そして騎士の右肩に手刀を落とす。


 ベコッと良い音がして鎧が曲がり、男は俺を振り返ることもなく力なく両膝を落とし、そのまま顔を庇うこともなくばたーんと床に倒れた。あー、右肩砕けた? 痛みで気絶したのかな?


「なっ……」


 派手な男―――エンベローム子爵の腰が浮いたが、すでにダッカスたち三人が囲んでいる。


「さっきこいつはヤキンドゥの隣に埋めると言っていたが、お前の命令で殺したのか?」


 俺は子爵に尋ねた。


「そ、それは……」

「 正 直 に 話 せ 」


【邪眼】を発動すると、エンベローム子爵はペラペラ話し始めた。


 するとまぁ喋る喋る。


 こいつは領主という立場を隠れ蓑に、かなりの悪事に手を染めていた。


 脱税や過剰な税収、不当な人身売買、立場を利用した他貴族への裏工作……。そして俺が捕まえたヤキンドゥ・オルマンダラ男爵はこの男の手下だった。


 オルマンダラ領を収めていたヤキンドゥは、エンベローム子爵の命令で国に隠れて脱税どころか他国への情報漏洩や密輸も行っていたとか。


 それが全く意図していないところ(つまり聖杯泥棒)からヤキンドゥが逮捕され、すぐさま冒険者ギルドから国に通報された。まさか冒険者ギルドマスターという「中立にして国からも信頼がある組織の支店トップ」から盗みを働くほどバカだったとは、エンベローム子爵も想定していなかったらしい。


 ギルドからの通報で爵位を取り上げられた挙げ句に領地も没収されてしまったヤキンドゥのせいで、オルマンダラ領地で行わせていた悪事がバレる。そこから数珠つなぎで命令していたエンベローム子爵の罪も明るみになるのは間違いなかった。


 だから口封じとすべての罪をなすりつけるために、ヤキンドゥを殺した。直接手を下したのはこのぶっ倒れている男―――衛兵隊長だ。


「それと俺たちが捕まったことになんの関係があるんだよ! 俺たちはあんたら貴族の悪事も繋がりも知らなかったんだぜ」


 ダッカスが憮然とするのもごもっともだ。


「それは、お前たちの、せいで、私が危険に、晒された、から、だ」

「ただの逆恨みっすね。てかもう殺すっしょ!」


 モルグはイライラしているのか、ずっと床をタンッタンッと踏んでいる。貧乏ゆすりではなく、タップダンスでもするのかっていうくらい床を鳴らしているんだが、ちょっと怖いぞ、それ。


「待って、待ってください主様! こんなやつでも殺すのはちょっと……」


 ルシアンナが言いたいことは分かる。こんなのでもマドロードさんの父親だからな。ってか俺は殺すなんて言ってないぞ?


「話は聞かせてもらった!」


 バーンと扉が押し開けられて金色の鎧をまとった男たちが室内に雪崩込んできたかと思ったら、一列に並んで誰かを迎え入れる。


 真っ白なドレスには金の装飾と小さな宝石が端々に縫い付けられ、頭の上には小さな王冠、手には金ピカの錫杖……。しかしそんな服飾品よりなにより、なんという美人だろうか。


 そして、なんたるおっぱい! 乳袋風に縫製されたドレスがおっぱいを強調しまくってる。なんてこったい、この世界にはおっぱいしかいないのか! あ、いや、なんでもないよルシアンナ。


「王国女王陛下の御成!」


 金色の騎士たちが声を上げる。え、女王!?


 ダッカスたちは慌てて片膝を落として頭を下げる。


【邪眼】が残っているエンベローム子爵は「ほげー」とした顔のまま椅子に腰掛けているが、もしかして俺も跪いた方がいいのかな?


「ふむ。この様子からして君の言った通りだったな、マドロード」

「はっ」


 女王陛下の後ろから見知ったマドロードさんが現れる。


 更にそのマドロードさんの後ろにいるのは、冒険者ギルドにいたチンピラみたいな大男と角が生えたの巨乳っ娘? なんでこいつらがここに?


「楽にして良いぞ。そなたらには苦労をかけた」


 女王陛下は「そなたら」と言いつつ、俺だけを見て微笑みかけてくる。


「我が国は丁度この男を内偵している最中だったのだよ。我に雇われた後ろの特級冒険者達が、な」


 チンピラ二人が俺に向かってピースサインしている。あれってウザく絡んでくる噛ませ犬じゃなかったのか……。特級って凄いのかな?


「先日マドロード嬢からヤキンドゥ・オルマンダラ男爵の一件を聞いて、一気呵成に押し込んでいくつもりだったが、まさかこのような形で収まるとは、運命とは分からぬものよ」

「はぁ、女王様ってそんなことまでやるんですね」


 俺としては丁寧に話したつもりだったが、この場にいる全員がギョッとした顔をして俺を見る。あれ、喋ったら駄目な感じ?


「神の使徒たる聖者とやらを一目見たかったので参ったが、なるほど相分かった」


 この見透かされている感じはなんだろう。これが国を収める人の眼力ってやつか!?


「聖者殿。ご存知かも知れぬがこの大陸には北に【帝国】、南に【連邦】、東に【王朝】、そして西のこの地には我が【王国】がある。適うのなら我が王国で末永く暮らすがよかろう。我が国はそなたを歓迎する」

「は、はぁ」

「そして此度の働きについては、各方おのおのがたに褒美を取らせると誓おう。そこな冒険者諸君もだ。だから、我が言わんとしていること、わかっておるな?」


 女王の鋭く綺麗な形の瞳が俺をじっと見る。威嚇ではないし脅しでもない。だが「言い聞かせたい」という強い力を感じる。


「貴族の醜聞を口外するな、ですかね?」

「うむ、さすがは聖者殿だ。王都に戻ったらすぐに我が口から聖者殿の顕現を民に知らせようぞ」


 女王はニヤリと笑った。なんか嫌な予感がする笑い方だ。


「いや、静かに過ごしたいので他言無用でお願いします」

「ほう? しかしそれでは貴殿の立場を守れぬぞ。此度のような愚か者が現れぬように、我が庇護下にあると公言すべきだと思うが?」

「そ、そうですかね?」

「悪いようにはせぬ。末永く我が国に居て欲しいからな」

「は、はぁ」

「ではそういうことで」


 女王は微笑みを浮かべる。美人だけど、なんか怖いな。


「帰還する。扉を開けよ」

「へいへい」


 後ろに控えていたチンピラ風の冒険者は、なんと空間をこじ開けた。


 空間の先にあるのは王宮? まるで映画のスタ◯ゲイトだ。すごい。あんな能力があるなら、そりゃあ特級冒険者になれるわけだ。


 黄金鎧の騎士たちは女王の後ろについて空間の中に入っていく。チンピラ風の冒険者たちも入り俺に向かって手を振る。


「じゃあな。よい人生を!」

「ばはは~い♡」


 特級冒険者たちはどこかで聞いたような言葉を残し、空間の先に消えていった。

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