第33話「脱獄してみよう」

 せっかくの酒場なのに酒を一口も飲むことなく、わけも分からず衛兵たちに逮捕された俺。そしてダッカスとルシアンナ。


 俺たちは衛兵詰所の地下にある牢獄に放り込まれた。扱いに人権を感じないのは、ここは異世界だし人権意識なんてものはないだろうから仕方ないと諦めたけど、わざわざ蹴り飛ばして檻の中に入れる必要はないだろ! 顔は覚えたからなあんちきしょう!


 ヴァンパイアパワーでどうにかして脱獄しようかとも思ったが、ダッカスが「今は大人しくしておきましょう」と真剣な眼差しで言うものだから従っておく。


 で、なにか策があるんだろうね、ダッカス君。


「いえ、別にこれといって……」

「なんで大人しくしとこうって言った?」

「衛兵たちに逆らうと斬り捨て御免ってやつで殺されても文句言えないんです」

「衛兵には勝てないのか?」

「鎧も剣もないので……」


 そりゃそうか。じゃあ魔術が得意なルシアンナは?


「多勢に無勢ですよ主様。オレが呪文唱えている間に八つ裂きにされちゃいます」


 そりゃそうか。で、俺たちより先に捕まっていた(笑)弓使いのモルグは?


「なんすかねぇ、これ。領主の差し金でこうなったみたいっすけど、誰かがあることないこと領主に吹き込んだのか、それとも別の理由なのかは確認したいとこっすね」


 領主―――エンベローム子爵ねぇ。


 俺だけは、冒険者ギルドのサブマスターにして受付統括をしているマドロードさんの実家だと知っている。だが、捕まった時の感じからして彼女がなにか絡んでいるとは思えない。


 じゃあどうしてこうなった。俺がヤキンドゥ・オルマンダラ男爵から血を吸って成敗したから? だとしたら「詐欺師」として投獄されるよりモンスターとして討伐される方が先だよなぁ。


 もしかすると男爵がいろいろ吹き込んで、領主が俺たちを罪人としたのかも知れないが……。なんにしても牢獄の中では調べようもない。


 やることがないので辺りを観察する。


 この牢獄は性別や種族は関係なく放り込まれるらしく、俺たちが入れられた檻の中には他にも人相の悪そうな奴らが座り込んでじっとしている。


 ベッドも布団もなければトイレもない。あるのは悪臭を放つ桶だけ……。もしかしなくてもあれがトイレなのか?


 地下には俺たちが入った檻の他にも通路を挟んでいくつもの檻が並んでいる。俺たちの檻の前にある檻の中には別の囚人がいて……あれ?


「なにやってんの、あんたたち」


 あらやだメロウラさんじゃないですか。そのネックバンドみたいな模様はもしかして奴隷紋ってやつかな?


「お久しぶりだなこの野郎!」

「聖者様に謝れこの売女!」


 ダッカスとモルグが息を吹き返したように怒鳴り散らしたが、メロウラは鼻で笑っている。


「私と同じところに落ちてくるなんて笑えるわぁ。あんたたちが何をしたのか知らないけど、あんまり騒がないほうがいいわよ。そこの牢名主はんだから」


 でたよ牢名主。確か一番古くからここに入る部屋のボス的ないじめっ子のことだろ?


 誰が牢名主なのか確認するために振り返ると、ズゴゴゴコって擬音が見えてきそうなほどの大男が立ち上がるところだった。体格からしてミランダと同じ鬼人種オーガかな? 黒くないから別種なんだろうか。


巨人種ティターン……」


 ダッカスとモルグはごくりと喉を鳴らし、ルシアンナはその二人の後ろに隠れる。


「うるせぇ新入りどもだなぁ。俺が黙らせてやんよ」


 おい巨人。どうしてズボンを脱ぎ始める? まさかこいつ、怪力を使って獄中で抵抗できない女たちを!?


「ルシアンナには指一本触れさせないぞ!!」


 ダッカスが男気を発揮するが、巨人はニタァと笑った。


「んー、メスなんかどうでもいい。俺はオスのほうが好きなんよ」


 人って青ざめるとこんなに肌の色が抜けていくのねってのを目の当たりにした。顔面蒼白のダッカスは縋るような眼差しで俺を見る。


 相手の性癖を聞いて安心したのか、ルシアンナはホッとしてなにもない胸を撫で下ろしている。


「だがそのエルフ、男みてぇな体で悪くねぇなぁ。その細い体が俺様のでどうなっちまうのか試してやんよ」


 ルシアンナも肌から色が抜けていき、縋るように俺を見る。ちなみにモルグはすでに俺の後ろに隠れてやがりますよ。


「おめぇ、顔色は悪いがいい面構えしてんなぁ。おめぇから先にやってやんよ」

「 ひ ざ ま ず け 」


 俺は速攻で【妖気】と【邪眼】で巨人の男を言うとおりにさせた。何が悲しくてこんなところで巨人の下半身を見せつけられなきゃならんのだ。


 土下座した巨人を横目に他の囚人たちを見たが襲いかかってきそうな目のやつはいなかった。


「……」


 鉄格子を触ってみると、四角い棒みたいなそれの表面はザラザラで質は悪い。しかし空洞じゃないガッチガチの鉄の塊なので、曲げたり折ったり出来るようなものでは―――曲がっちゃったよ。


 俺の腕力どうなってんだよ、自分が怖いんですけど!


 そういえば映画の中の吸血鬼って、作品によっては目にも留まらぬ速さで移動するし、人間を軽くぶん投げる腕力があったりするよな。実は俺もそういうパワータイプなのかも。


 てか、俺ってこんな攻撃的で積極的なタイプだったっけと檻を曲げながら思う。死んだように生きていた日々では投獄されることもなかったので比較することは出来ないが、前だったらもっと動揺して何をしていいのか考えることも出来なかっただろう。


 やっぱり「私モード」でクールでかっこいい自分を演じているおかげたな。中二病だった頃の俺がこんなに有用になるなんて、想像もつかなかったわ。


「あ、あ、あの聖者様?」


 檻を曲げきってすんなり外に出た俺を、ダッカスは声を震わせて呼ぶ。


「その細い腕のどこにそんな力が……。さ、さすが聖者様です!」

「いいから出てこい。達に囚われる謂れはない」


 三人が檻から出ると他の囚人たちも立ち上がって出てこようとしたが、俺は檻を曲げて元に戻した。


「お前達の罪を私は知らない。勝手に出てくるな」

「ちょっと聖者様! 私! 私は!?」


 メロウラは鉄格子を掴んでガタガタ揺らした。


 窃盗未遂程度で奴隷落ちして、若い身空で首に入れ墨みたいな模様を入れられて、これから他人に身柄を売られちゃうなんて罪が重すぎる。だが、この世界だか国だかの「法」を俺の独断で破るのもどうかと思う。


 情状酌量を訴えてどうにかなるもんだろうか。しかし、ここが中世くらいの法整備だと仮定したら、偉い人が言ったことがすべてで、ちゃんとした裁判なんてなさそうだし……。


 よし、俺たちが投獄された件も含めて、領主のエンベローム子爵に直訴してみよう。


「お前はまだ入っていろ」

「そんなぁぁぁぁ!」

「領主に掛け合ってやるから待ってろ」

「その領主が極悪人なんだってば!」

「……なに?」

「聖者様たちを捕まえさせたのは領主! 間違いないから」


 メロウラのキンキン声を聞いていると、がしゃがしゃと重い鉄の靴音が聞こえてきた。衛兵たちだ。


「なっ!? どうやって外に出た!」

「檻に戻らないと殺すぞ!!」


 やってきた衛兵は二人。どっちもダッカスみたいなフルプレートメイルを着込んでショートソードを抜いている。


「 ひ ざ ま ず け」


 俺は衛兵たちに低い声で命じた。









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 作者:注


 めりくり

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