第32話「戦勝会に参加してみよう」
儂はヤキンドゥ・オルマンダラ男爵。
聖杯を盗もうとした挙げ句、聖者に捕まって今までに感じたことのない快楽に昇天したところまでは覚えている。
「一体儂は……」
ここはどこだ!? 檻の中? まさか衛兵詰所の留置場なのか? この儂が投獄されるなど!!
「やっと起きたかヤキンドゥ・オルマンダラ男爵。いや、爵位と領地は取り上げられたから、ただのヤキンドゥか」
これまでにも何度となく顔を合わせたことがある衛兵隊長は、檻の外で椅子に座り、儂を睨んでいる。
いつもはへこへこと腰の低い男が、随分と偉そうにふんぞり返っているではないか!
「貴様、儂を誰だと―――」
「あの御方がお怒りだぞヤキンドゥ」
「なっ……」
「冒険者ギルドからの申告であんたは爵位を取り上げられちまった。貴族院の裁判もなしだ。王国は即日あんたを国外追放処分にしたぜ」
「そ、そんな!」
「本当さ。そしてあんたが任されていたオルマンダラ領には王国から税収監査が入ることになった。わかるよな? そうなるとあんたに脱税指示してたあの御方の身も危ないって」
「それは……」
「あんただって知ってるだろ、あの御方は怖い人なんだぜ」
「儂は国外追放なのだろ? もうあの御方が儂になにかすることは……」
「許すと思うか、あの御方が」
衛兵隊長は檻の中に入ってきた。その手に握られた鋭いナイフが光っている。
儂はゾッとして【隠形】の
「!?」
なんだ? 能力が発揮されない!?
今までにこの能力を使いすぎた時は、発動したくても出来ない「魔力の欠乏感」があった。それなのに今はどれだけ能力を使おうとしても「そんなものはない」としか感じ取れない。
まさか、まさかあの男、聖者は儂の能力を奪い取ったのか!?
そんなことが出来るなんてありえない! いや、あれが本当に神の使い、聖者だとしたら……。
「ああ、そうそう。あんたが雇ったこそ泥たちは全員奴隷紋を付けられて炭鉱送りになる。あんたのとこの一族郎党も一文無しで国外追放。だけど街を出たら野盗どもに捕まっちまうだろうなぁ。特にあんたが可愛がっていた若い後妻と娘はどういう目にあうのかねぇ」
「なんだと!!」
街の外にいる野盗どもは儂の手下だった。
やつらには街に来る商隊を襲わせ、品を儂の元に届けさせた。原価なしで売り物が手に入るのだから、我が家の懐は下手な上級貴族より潤っていたのだが……まさか、あいつらが儂の家族に牙を剥くというのか!?
「そしてあんたは追放されたがどこに行ったのか行方知れず、という筋書きだ。悪く思うなよ? あの御方につながる線はすべて消せとのご命令だからな」
衛兵隊長はナイフを儂に向けると、黄ばんだ歯を見せるように笑った。
□□□□□
聖杯窃盗と幼女誘拐の事件から一週間後。俺は街の酒場にお呼ばれしていた。
「いゃっはぁぁぁ!!」
ダッカスがエール樽を抱きかかえて叫ぶと、酒場の中は雄叫びに包まれる。
なんですかこれは。パリピの大宴会ですか? 俺、こういう集まりの空気感が苦手なんですけど。
ここはクシラナの街で一番騒がしいことで有名な酒場「雄鶏の呼び声亭」で、客は常に冒険者しかいない。それもそのはず、ギルドの近くにある酒場はここだけだし、他の酒場は冒険者お断りなんだそうだ。
俺はてっきり盗賊たちを捕まえた報奨金を貰えるのだと思っていたが、まさかの戦勝会とは。誰の戦勝だよ、誰の。
ちなみに「雄鶏の呼び声亭」を貸し切ったのはギルマスのゴステロなので、彼の戦勝ってことになるのか? なんだそれ。
「今宵は全部ギルドが払う! 死ぬほど飲め、冒険者諸君!」
うおおおと叫ぶ冒険者たちの大声を耳をふさいでこらえているトカゲ子ちゃんは、お母さんのトカゲ子さんに抱き上げられている。
なるほど。お母さんを見て異種間結婚に納得できた。
リザーディ種と呼ばれる彼女はあまりにも爬虫類顔だし、尻尾もある。手先やトカゲ形状の部分はうろこ状の皮膚だし、とても人間には見えない。だがそれ以外の部分は人間の女性そのものだ。
むしろ腰の細いラインと大きなお尻、そして魔人カーテスにも匹敵するボリュームの胸元はヒュム種の女性よりセクシーだ。むしろ体幹がヒュム種よりしっかりしているおかげか、凄い爆乳をぶらさげているというのにまったく垂れていない。あれがロケットおっぱいってやつか! あの体を見ればゴステロがデレデレ顔をしている意味もわかる。
「聖者様。ゴステロの妻アイラです。この度は娘のジュリアを助けていだきまして、心より感謝申し上げます」
そのナイスバディな奥方が俺のところにやってきて頭を下げる。
いやぁ、服を着ていてもセクシーさがわかる。RPGに出てくる「リザードマン」がこういう感じならイメージ変わるわぁ。
「聖者しゃま、ありがと」
かわいいのぅ、かわいいのぅ。トカゲ子ちゃん、かわいいのぅ。
アイラさんに抱かれた娘のジュリアちゃんも将来こんなナイスバディになるのかと思うと、おじさんキョドっちゃうわぁ。
そういえばキサナに聞いたが、子どもは必ず母親と同じ種族になるらしい。どうしてそうなるのかは解明していないが、そもそもそれが
俺も深く考えないことにしている。
そうじゃないと、ここって地球と同じ重力なの? 酸素ってどうなってんの? 月日から推測する自転の速さと太陽との距離は? という謎で頭が爆発しそうになる。だから自分の知識と頭脳で解明できない問題については深く考えない。それが幸せの秘訣だ!
「主様、オレはいつになったら召使いになれるんでしょうか」
まだ男装しているルシアンナが、サブマスターのマドロードさんと一緒に現れた。
「おいルシアンナ。聖者様にご迷惑をおかけするんじゃない」
ルシアンナを見つけたからだろうけど、散々酒を煽っていたダッカスもやってきた。今夜はトレードマークのフルプレートメイルを着ていないので初めて知ったが、鎧の中身はアメコミヒーローみたいなムッキムキな体してたんだな。
「聖者様の家来になるのは、順番的に俺とモルグの方が先だからな」
「はぁ? 順番とか関係ないね! オレは自分の有能さを認めていただいて従者になる!」
召使いとか家来とか従者とか言い方をコロコロ変えてはいるが、要するに俺に雇用されるってことだろ?
確かにこの三人が来たとしても、毎月ギルドから五十万シリルも貰う「魔人カーテス封印料」があるので、月二万シリルくらいの月給なら全然賄える。だが、あまり人を屋敷に増やしたくないんだよなぁ。ヴァンパイアの弱点とかバレたら嫌だし、もし血の欲求が暴走したら彼らを襲ってしまう可能性だってあるのだから。
「そういえばダッカス。いつも一緒にいるモルグはどうしたんだ?」
俺は話題を変えた。
「そういえば……。どうしたんだろう、あいつ」
ダッカスがそう返してきたのと、酒場のドアがバンと開いて街の衛兵たちが完全武装で雪崩込んできたのは同時だった。
「な、なんだ?」
ギルマスのゴステロはおろおろしながらも、ちゃっかり妻と娘を守るために二人の側に移動している。「ああ見えて優秀」という冒険者たちの評価は確かなようだ。
で、どうして衛兵たちは俺たちを囲んで剣を突きつけてるんだ?
「冒険者ダッカス、冒険者ルシアンナ、そして聖者を語る詐欺師の貴様を拘束する!」
……は?
「これは領主エンベローム子爵のご命令である! 大人しく縄につけ!」
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作者:注
矛盾が生じたので「閑話 インタビュー 4」を多少書き直しております。
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