第31話「ギルマスの娘を助けてみよう」
勢いで無限収納から「ぼいんぼいんばいんばいん」の魔人を取り出すと同時に、廃教会全体には俺が出す妖気とは比較にならない圧が掛かる。
魔人カーテス。
薄紫色の厄災が醸し出す「畏れ」を受けて、この場にいる全員の動きが一斉に止まる。そして顔にも絶望と恐怖が浮かんで腰砕けになっていく。その中にはダッカスとルシアンナもいるけど、暴れられるよりはマシだし、想定内だ。
だが、想定外なことに、出現した魔人カーテスは足を抱きかかえるように実にしょぼくれた姿をしていた。
あれ、収納した時と格好が違うけど、どういうことだ?
「意識を高次元に飛ばしたら地獄だった……。時間がありえないほど遅く流れていくし、自我はあり続けるし、もう虚無空間無理……。ほんと無理……」
「カーテス、元気? ちょっと働いてみない?」
優しく声をかけてみる。
「……働いたら許してくれる?」
何だおめぇ。上目遣いで俺を見やがって可愛らしいじゃないかこんちきしょうめ!
「ぐすっ……ぐすっ……なんでも言うこと聞くからもう許して……」
「許すかどうかはお前の―――」
「なぁぁぁぁぁぁんてなぁぁぁぁ! 死ねぇ聖者ぁぁぁ!!」
「はい、収納」
襲いかかってきた魔人カーテスを収納する。バカなのか、こいつは。
さて。
一応盗賊たちの動きを止めることには成功したので、転んでしまったゴステロの娘を抱きかかえ―――OH、なんだこの子。顔がワニみたいなんですけど!? ゴステロの娘、だよね?
「おお、怖かった……。聖者様、突然魔人を出さないでくれませんか。寿命が縮みましたよ」
ダッカスが最初に自我を取り戻して立ち上がった。
「あれ? お嬢ちゃんはリザーディ種とヒュム種のハーフだったのか。怖い目にあったなぁ、よしよし」
ダッカスは俺が抱きかかえたトカゲ子ちゃんの頭を撫でる。鉄の小手で撫でても硬そうで痛そうだが、トカゲ子ちゃんは目を細めて嬉しそうにしている。
「あの、あなたが聖者しゃまですか」
目を細めながら俺を見る女の子。顔立ちはトカゲなのに声は普通の人の言葉だ。てか、まさか子ども言葉っぽく「しゃま」と変換されたことに驚きだ。なんという高性能翻訳能力なんだ【言語理解】!!
「おー、よくわかったなお嬢ちゃん。そうだよ、この方が不還の森の聖者様だぞー。すごいなぁ、聖者様に抱っこされるなんて友達に自慢できるぞ! なんならサインもらっときな。てか俺も欲しいんで鎧に書いてもらっていいですか?」
ダッカスうるさい。
それにしても俺は抱きかかえているこの子を早く下ろしたい。
理由は彼女の顔がトカゲだからなのではなく、これまで子どもと接する機会がなかったせいで抱きかかえているだけでも不安を感じている。何ていうか未知の存在? 接し方がわからない? そんな感じで関わりたくない気分なんだ。
だが廃教会の中は気を失った盗賊たちが倒れまくって足の踏み場もない。
いつの間にか復活していたルシアンナが鼻歌交じりで盗賊連中を後ろ手に縛る作業をしているが、そっちを俺がやるから子どもを代わって抱いてくれないかなぁ。
「あれ、もしかして主様はリザーディ種を初めて見たんですか?」
俺のぎこちない様子を見てルシアンナは不思議そうな顔をする。ダッカスと違ってよく気がつく人だわぁ。
「主様、ご心配なく。頭の悪い差別主義の【帝国】ではリザーディ種をトカゲ扱いしていますけど、ちゃんとした人間ですよ。まったく、異種族間でも子どもを作れるから間違いなく人間なのに、どうして帝国の連中はトカゲだなんて言うんですかね」
「ん? 人間かそうでないかの区分けって、標準語が喋れることだけじゃないのか」
「標準語が喋れるだけなら頭のいい魔獣だって片言で喋りますよ。異種族間でも子どもが作れるかどうかが人間かそうでないかの違いです」
そうなのか。
地球では意思疎通できる「人間」は単一種族だったから感覚的には難しい話だが、きっと俺も異種族を愛せるだろう。だって抱きかかえているこのトカゲちゃんがだんだん愛らしく思えてきたくらいだから。
「だけどよルシアンナ。種族原理主義者が言うには、混ざり血が増えてると純血種が滅ぶって……」
「あのねダッカス。森エルフの老人たちじゃあるまいし、そんな話を真に受けちゃダメだ。そんな事で滅んだ種族はいないんだよ。オレとダッカスでも子ども作れちゃうけど、だからと言ってヒュム種も森エルフも滅びないよ」
おやおやルシアンナちゃん。ダッカスがドキドキした顔をしているけど罪を重ねるのは良くないよ? あんたにはマドロードさんという恋人がいるんだから……。
「聖者しゃま……」
「ん、どうした」
よく見るとトカゲ子ちゃんは目が丸くて大きくて可愛い。
「これ……」
「聖杯? それは君のお父さんにあげたものだから持って帰りなさい」
「はい!」
「君はよくがんばった。偉かったぞ」
ダッカスを真似て俺もトカゲ子ちゃんの頭をよしよしと撫で付ける。子どもと接したことはないけれど、とにかく褒めてあげるのが大人の役目だろ?
「聖者しゃま、一番悪い人は逃げまちた」
「なぬ?」
そういえば黒布かぶったやつがいない!
「あっち」
トカゲ子ちゃんが指差したのは教会の裏手に通じる通路で、扉は朽ちて外れている。
「ダッカスはこいつらを見張っていてくれ。ルシアンナはお嬢ちゃんを頼む」
「かしこまりました聖者様!」
「おまかせを主様!」
俺はトカゲ子ちゃんをルシアンナに渡し、ムカついた黒布野郎を追いかけた。あんちきしょうは痛い目に遭わせないとな!
□□□□□
儂はヤキンドゥ。
今の今まで黒布で顔を隠していたが、それを剥ぎ取ったのでヤキンドゥ・オルマンダラ男爵と呼ばれるべき男だ。
しかし、まさかあんな近さで天変地異の最凶災害「魔人カーテス」を見ることになるとは。生きててよかった!
巷で「不還の森に聖者様が現れた」とか「聖者様が魔人カーテスを倒した」とか「聖者様から聖杯を賜った」と噂になっていたが、まさかどれも本当のことだったのか!?
だとしたら、儂としたことが抜かったわ……。
どうしてこうなってしまったのか。まず、先日行われた冒険者ギルドのゴステロ主催パーティーのせいだ。
やつの娘はヒュム種とリザーディ種のハーフなので、生まれながらに短命となりえる疾患があった。同じ人間とは言え姿形が大きく異なる異種族間なら、よくあることだ。
しかし、奇跡的にその疾患が治ったということで、ゴステロは祝いのパーティーを催した。どうやって治したのかきになって参加した儂は、やつから自慢気に「聖者様から賜った聖杯のおかげだ」と聞き出せた。
儂はてっきり「聖杯」というのは【帝国】あたりの最新魔道具だと思い、子飼いの盗賊をけしかけた。
そんな上等な品をゴステロなんぞが持っていても無駄だ。この儂が他領の貴族に売って金にしてやろうという算段だ。もちろん金は儂のものにするつもりだったが。
だが、本当にあれが聖者様の聖杯だとしたら、儂は神の使徒が授けた神器を盗もうとした大罪人ということになる。これが王国上層部にバレでもしたら儂は終わりだ!
いや。落ち着け。
素性は絶対バレやしない。どんな捜索スキルも阻害できるという触れ込みの魔道具も持っているし、顔は黒布のおかげで見えなかったはずだ。
儂は知らん顔して屋敷に戻り、何事もなく過ごせばいい。そうだ。そうだとも。まったく焦る必要はないではないか。
「ヤキンドゥ・オルマンダラ男爵」
名前を呼ばれた儂は心臓が止まりそうになった。
振り返ると黒衣の若い男が幽鬼のように立っている。
青白く澄んだ肌。風もないのにゆらゆらと靡いて見える黒髪。そして宝石のように真っ赤な瞳―――あまりの妖美さに一瞬魂を奪われてしまったが、この男はさっきの廃教会に現れ聖者を僭称していた男ではないか! いつからそこにいた!? どうやって儂に追いついた? どうして儂の名前を!?
「私に会って逃げられると思ったか。【鑑定】してお前の身元はわかっているんだぞ、男爵」
「なんのことかわからんなぁ!」
儂は【隠形】の
貴族にしては不穏な能力なので日常で使うことはないが、先程のような場面から逃げる時には実に優秀な能力だ。
この力を使えば誰の目にも「存在しないもの」と認識を書き換える。そして認識されていない間は何をしても構わない。ライバルを刺し殺そうが盗みを働こうが女を犯そうが、儂だとバレることはない! 短時間に繰り返して使ったり、長時間使用すると寝込んでしまうが、今は已むを得ない!
儂は存在を隠しながらナイフを抜き、聖者を語る男に近寄った。
近くで見ると殺すには惜しい美形だ。上級貴族の男色家たちに献上すれば儂の株は上がるだろう。だが、儂の身元がバレてしまっている以上この男を生かしておけない!
「おい、隠れているつもりかも知れないが、完全に見えてるぞ」
「!?」
「ご都合主義で悪いが、どうやら私の【暗視】はお前の隠れる能力を見破れるらしい」
ぐえっ!? く、首を掴ま……く、苦しい! なんて馬鹿力だ!? こんな細い腕で儂を持ち上げ……ぐえええ!?
「お前のような奴なら良心も咎めないな」
聖者を名乗る美男子は儂の首元に顔を寄せた。え、なに!? 儂にちゅうするのか! いや、首に噛み付いて……痛っ―――くない。むしろ、なんだこの押し寄せてくる快感は!? 儂は男色の気があったのか!?
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