第30話「悪者を成敗してみよう」

 スラム街。いやほんと、絵に描いたようなスラム街だなぁ。


 建物は風が吹けば崩れそうな小屋ばかりだし、夜だけど路上で行き倒れて寝てる連中が多い。そしてどいつもこいつも酒臭い。さらに下水道がこの辺りにはないらしく、路上には糞尿が捨てられていて、とんでもなく臭い。ここで呼吸するだけで病気になっちゃいそうな不衛生な雰囲気だ。


「この辺りには冒険者も多く住んでいます。オレもこの近くの宿に間借りしてますよ」


 ルシアンナはこの悪臭の中でも平然としているが、そうか……こういう所に住んでるから冒険者は社会の最底辺って言われちゃうのか。


 俺が領地運営系チート転生者ならどうにかしてやるところなんだけど、あいにく何をしてやりゃいいのかさっぱりわからない。というか早く清潔な我が家に帰りたい!


 そんなスラムの廃教会。


 元はキラウヨルグ神を祀るヒュム種の「天人教会」が建てたものらしいが、募金もお布施も集まらないどころか、それでなくても質素な暮らしをしている教会なのに、中の品を盗んでいくスラムの住民が多すぎて廃れてしまったらしい。


 外観は聖闘◯が暴れた後のアテナ神殿みたいな……柱は折れて天井が今にも落ちてきそうだが、ひび割れた石壁がなんとか上を支えている感じだ。


 その入り口にはファルテイア様を模したであろう女神像がある。


 あので濡れ透けた布衣装を見事に再現した石像だが、可愛そうなことに首から上がない。くっそ罰当たりだな!


 そして、俺達より先行していたダッカスが、教会の中を伺うように匍匐前進している。あんた、フルプレートメイルでそれをやるのは難しくない? てか、よく金属が擦れる音を立てずに接近できているもんだと逆に感心するわ。


 後ろを振り返って俺たちを見たダッカスは、指でいくつも形を作っている。あれって軍隊や特殊部隊が使うハンドサインかな?


「中に敵が七。保護対象も発見、だそうです」


 おー。冒険者はあのサインが常識なのか。ルシアンナはすぐに解読できたので、俺も覚えなきゃなぁ。


「よし、入ろう」

「え、ちょ!?」


 ルシアンナが止めようと伸ばした手を掠めて、俺は堂々と正面から廃教会に入った。


 彼女からすると考えなしの愚行のように思えるだろうが、俺は不死のヴァンパイアだという優位性からして、滅多なことでは死なない―――と思っている。むしろ俺より命が儚いはずのダッカスやルシアンナが死ぬようなことになるのは避けたい。だから俺がぶっ込んでいくのが最適だと判断した。


 後ろでダッカスが慌てて立ち上がろうとしていたが、フルプレートメイルが重くて思うようにはかどっていなかったのが笑える。


「あ? なんだお前は!」


 黒子みたいに黒い布をかぶって顔を隠しているやつが威嚇してきたが、なにか様子が変だ。威嚇した奴とその他大勢が向き合って、一触即発な雰囲気を醸している。


 んー。状況的に、その他大勢チームが小さな子どもを守ろうとしているように見えるんだが、なんだろうな、これ。


「なぁ、ゴステロの娘さんはそこにいるか? 返して欲しいんだが」


 その他大勢の大人たちに囲まれて顔は見えないが、小さくて細い足がこちらを向いたのは見えた。


「貴様ぁ! どこの貴族だ!」


 黒子が濁声で俺を罵り始めた。


「俺は貴族じゃないぞ?」

「嘘をつけ! 平民がそんな高そうな服を着るか!」


 確かに麻布を袋状にしてかぶっただけみたいな人が多いから、俺の服は随分上等に見えちゃうかもしれない。日本だとこれはファストファッションの安物だと思うんだけど。


「どこの貴族か知らんが今出ていくのなら許してやる。ここに残るのなら殺されても仕方ないと思え!」


 黒子みたいなやつは、俺を指差して唾を飛ばしてがなり立てる。なんか上から目線で腹が立つな、こいつ。大体初対面で「貴様」と言うやつと「人を指差すやつ」に人格者はいない!


「ははぁん、わかったぞ貴様。どこで噂を嗅ぎつけたか知らんが、聖杯を狙ってきたな!?」


 んー、あんたの所有権を主張するのはちょっと無理があるんじゃない? ところでうちのワイングラスはどこ? あ、ゴステロの娘さんが両手でしっかり抱きかかえてるのね。


「それは俺がゴステロに渡したものだ。お前にじゃない」

「ふんっ! なにを言うかと思えば、まるで貴様が聖杯を渡したかの、よう、な……えっ、まさか、聖者なのか!? おいお前ら、なにをしている! こいつを殺せ!」


 殺せだと? だったら容赦しない!


 開け、中二病チャンネル!

 轟け、俺の黒歴史!

 思い出せ、妄想限界突破だった学生時代!

 湧き出せ、俺の心の中に封印されしなんとか的な魂!

 秘技「私モード」発動っ!!


「お前はに会ってしまった」


 はい【妖気】開放。相手をビビらせるにはこういう演出が凄く大事だからね。


「娘とグラスを返してもらおう」


 はビシィッと腕を伸ばして黒布の男を指差し返した。


 もう中二病的なカッコつけ方も慣れてきたので恥ずかしくないもん! むしろかっこつけたほうがこの世界には合ってる気がするくらいだし! 元の年齢を考えると自分が痛すぎて泣けてくるが、成り切ったほうが楽になる! そう、今のは法で裁けぬ悪を裁く、暗黒の執行人……的な感じのやつ!


「貴様ら、早くそいつを殺せ! おい、儂の命令が聞こえんのか!!」

「そんなこと言われてもなぁ。俺たちは人殺しなんてしないだし」


 盗賊たちは困惑している。


 義賊だろうがなんだろうが人のモノを盗んで子どもを誘拐するような奴らに慈悲はないが、ちょっとは手加減してやるか。


「させるかッ!!」


 ダッカスがうおおおと雄叫びを上げながら突入してきて盗賊、いや義賊たちに体当たりをぶちかました。


 まるでボウリングのピンのように、何人かがフルプレートメイルの大重量をまともに受けて吹っ飛んでる……。痛そう。


「貴様らぁ、よくも聖者様を!」


 ダッカス? 俺はまだなにもされてないぞ?


 ダッカスは激怒して義賊たちを鉄の小手で殴りつけている。あぁ、歯が何本も折れていく音が……。


 その暴走特急みたいなダッカスの後ろで、ルシアンナが指を複雑に組んだり外したりしながらブツブツと何かを唱えている。もしやあれって……攻撃呪文?


「喰らえ! すべてを灰にする最強呪術、大炎(ファイヤーウォール)!」

「ちょっとまてこらぁぁぁ!?」


 俺と子どもがいるってのに、なんちゅう術を出してんだあのバカは!


 何も考えていないルシアンナの手から放たれた火炎放射。なぜか俺はそれを脊髄反射的に手で受け止めていた。


「!?」


 熱くもないし痛みもない。むしろそよ風が当たっているようにしか感じられないんだが、これは……俺って魔術を無効化レジストしてるのか?


「主様!?」


 炎が止まった。


 クールに受け止めた振りしているけど、内心はドキドキが止まらない。超怖かったわ!


 ちなみに自分の両手を見ても火傷はしていない。ヴァンパイアだから呪術への抵抗値が高いとか、そういうRPG要素があるのかも知れない。


 だが、どうして服まで無事なのか。


 あんな炎を食らったら、少なくとも袖は焦げていてもおかしくないのに……。てか、日光を浴びたら服も炭化してたけど、この服って一体どうなってんだ?


「くそったれ! 夜鳥のルシアンナと重戦騎ダッカスかよ!!」


 盗賊たちが「うおおお」と雄叫びを上げながら襲いかかって来ると、ダッカスとルシアンナも「うおおお」と対抗する。黙って戦えないのかよ、こいつら。


 俺はとにかく子どもを確保しようと思ったが、入り乱れる大人たちに押された子どもが倒れてしまった!


 やばい! 大人たちに踏み潰されてしまう!!


【邪眼】で全員をおとなしくさせ……いや、ダメだ。あれは目線が合ってないと効かないし、こんな大勢を同時に相手できない!


 【妖気】も出しちゃいるけれど、興奮状態の連中は妖気による恐怖を超えたところに意識が飛んでやがる! どうする!?


 よし、こうなったら―――


「魔人カーテス!」

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