第29話「強盗を捕まえてみよう」
クシラナの冒険者ギルドで一番偉い「ギルドマスター」の職に就いているゴステロ。その娘さんと俺が渡した「
しかしその原因はゴステロ自身にあった。
「だから自慢するなと言いましたわ」
マドロードさんは普通の人より少しだけ長い耳をピコピコ動かしながら怒っている。
「しかし不治の病だった娘を完治させた神器だぞ……」
「だから、です。天人教会の耳に入ったら神器として取り上げられるのは目に見えていたはずですし、そんな大層な品なら王侯貴族も天井知らずの値を付けてでも欲しがるに決まっています。大体、神器があると分かれば命がけでも奪おうとする押し込み強盗が現れてもおかしくないでしょう? 自慢したい気持ちはわかりますが、愚かとしか言いようがありません。それがギルマスの言動ですか」
「うぅ……」
正論で叩きのめされたゴステロが哀れ。
毎日上司から正論DVを受けて、身も心もぼろぼろだった頃の俺みたいだ。辛すぎて見ていられない。
「みんな、協力してくれないか」
俺が助け船を出すと、ダッカス、モルグ、ルシアンナは無言で頷いた。
流れ的には往年の熱血漫画のワンシーンみたいで好きだけど、報酬や契約条件面を確認しないうちから同意するなんて、おじさんちょっと君たちが心配だよ。
「じゃあこのモルグが【捜索】を使うっすよ! いいっすか、モルグっすからね! 誰かが聖者様の伝記を作る時は忘れないように!!」
誰に向けて言っているのかわからないが、とにかくモルグが一番に名乗りを上げた。
ここに来る前に獣王グロアから「生きとし生けるもの、身に付くスキルは一人に一つというのがこの世の常識だ」と聞いてはいたが、むしろ「一人に一つ、必ずスキルがある」と思ったほうが良さそうだな。
そして大変都合がいいことに、弓使いのモルグは「任意の対象を探し出すことが出来る」という高性能レーダーみたいな
だから仲間より先行して周囲を警戒する斥候役なのねと納得する反面「都合良すぎない?」と天井を見つめてしまう俺。どうにも神様が俺に関わる因果をいじっている気がしてならない。
「広範囲でこれやると寝込みますけど、やるっす!」
モルグは両手をこめかみに当てて眉間にシワを寄せた。え、そんなに気合い入れないと
「聖者様の聖杯を持っているやつ……持っているやつ……範囲を広げて……うう、頭が割れそうだ……いた、いました……街の北……スラムの廃教会に集まってるっす」
いいなぁ、その
恥ずかしがりながらパンツ見せてくれそうな女の人を捜索してみたい―――はっ!? どこかでイザナミ様とファルテイア様が呆れたような気がする。余計なことは考えないようにしなければ。くわばらくわばら……。
「聖者様、俺が先行します!」
ダッカスはチラッとルシアンナを見て、最高のキメ顔をすると兜をかぶってギルドから飛び出した。
……あのぉ、惚れた女の前でカッコつけたいのかなんだか知らないけど、作戦とかないの? おじさん的には本当に君たちの言動が心配だよ。
「俺はもう無理っす。後はおなしゃす!」
モルグは広範囲で
「主様、オレたちも行きましょう。ダッカス一人で突っ込んでも返り討ちにされるだけです!」
ルシアンナは力強く言う。なにげにダッカスをしょぼいと見做しているようだが、脈はあるんだろうか。
「オレ、こう見えても第四段位の黒魔術が使える魔術師ですから、全員焼き払います!」
その勝ち誇る横顔を見てつくづく思うのは「タカラヅカにいたら、すぐに男役トップになれそうな麗人だよなぁ」という感想。
男の俺から見ても「かっこいい」と思えてしまう男の色気を醸し出しているから凄い。けど女性なんだよなぁ。
「気をつけてルシアン」
「わかってるマドロード」
んーーーーーーー? ちゅう? ちゅうした? 女同士で? あれぇ、そういう感じ?
「あれ、驚きました? あの二人は森エルフとハーフエルフってことで近親種族だし、みんなが認める恋人同士なんすよ」
疲れて寝転がっているモルグが説明してくれた。
この世界では地球よりジェンダーな垣根は低いの? あ、そう、そういうこと!? 俺は同性間の恋愛について偏見はないから本人たちが幸せであればいいと思うよ! けど若干一名、幸せにならない気がするやつの顔が思い浮かぶんですが!
「なぁモルグ。ルシアンナに気がありそうなダッカスはこの事を知ってるのか?」
「あー、さすが聖者様っす。笑えることにダッカスは鈍すぎて気がついてないんすよ~。あぁ、だるい」
椅子に寝そべって「聖者様に対して不敬ですけど、ほんとすんません」と目元に自分の手を置いて休むモルグ。その右腕、ほんと治ってよかったわ。
「さあ主様、行きましょう!」
ルシアンナはマドロードと口づけを交わして栄養補給できたのか顔色がつやつやしている。その胴体、ほんと治ってよかったわ……。輪切りにしたままだったら今頃マドロードさんがどうなっていたことか!
□□□□□
スラム街。
クシラナの街で住民たちが勝手にそう呼んで蔑む区域は、ありあわせの木材で組み立てたバラック小屋が並び、働きもせず道端で寝転がっている者たちが多い。
聖者セツハこと南無切葉が冒険者ギルドから盗賊退治に出発しようとしていたその頃、ギルドマスター・ゴステロの自宅から聖杯と娘を盗み出してきた一団は、黒い布で顔を覆った男から大声で罵られていた。
「貴様たちは無能か! どうしてこんな小娘まで連れてきた!?」
盗賊たちはお互いに顔を見合わせながら、言いにくそうにしている。
なぜならギルドマスターの娘はなにがあっても聖杯を手放しそうになかったし、黒い布で顔を覆った男と落ち合う約束の時間もあったので、仕方なく娘ごと聖杯を持ってきたのだ。
「殴りつけるなり腕を切り落とすなり出来ただろうが! ええい、ナイフをよこせ。儂が刺し殺してくれるわ」
「ちょっと待ちな。いくら旦那が依頼人とはいえ、子どもを殺すなんて酷いことを見逃す訳にゃあいかねぇぜ」
盗賊の一人が子どもを守るように立ちはだかると、他の盗賊たちも同じ様に壁になった。
彼らはこう見えて「狙うのは悪徳商人や悪玉貴族だけ」と公言し、貧乏人は襲わず人殺しもしない義賊だと自称している。そんな彼らからすると、大人が幼い女の子に手を上げるなど絶対にあってはならない話だった。
「き、貴様らぁ。この儂に逆らったらどうなるかわかってるんだろうな!?」
「どうせ俺たちゃ日陰者の盗賊団だ。旦那に睨まれたらこの街にいられねぇと思うが、なぁに、街から出てそのあたりの草むらに潜む野盗になるくらいの差だ。なんてこたぁねぇ」
「ちっ……わかったわかった」
黒布をかぶって顔を隠している男は手をブラブラさせた。最底辺の人間たちと対等に話をしていることが億劫になったのだ。
『この儂がこんな虫けらどもを相手に気を張ってどうする。冷静に対処せねば家名に傷がつくやもしれん』
そう思った男は、荒げていた口調を落ち着かせた。
「とにかく聖杯とやらを子どもから奪ってくれたまえ。そうでなければ依頼料を払えんぞ? 貴様たちも金が欲しいだろ、んー?」
「あのなぁ旦那。それができてりゃやってるっての。見ろよこれ」
子どもは両手で抱きしめるように透明のワイングラスを持っているが、もしも彼女が手を放したら地面に落ちて砕けるだろう。
実際はそれほど簡単に壊れたりしない。
このワイングラスは南無切葉の記憶からキラウヨルグ神ファルテイアが創造したもので、その記憶にあるグラスは南無切葉が百円均一で買った「コポリエステル樹脂」で作られた安物だった。
それは素材の特性として柔軟なしなりを持っているため、子どもの背の高さから石畳に落ちたくらいではどうということにもならないのだ。
しかし、この素材はガラスのような透明度と光沢があるため、地球人でも一見しただけでは区別できない。持てばガラスよりかなり軽いのと触感の違いから「これはガラスではない」と分かるだろうが、子どもが抱え込んでいるので誰も確かめようがなかった。
「ちっ、ガキが落として割れでもしたら大損ということか」
黒布の男は強く舌打ちした。
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