第28話「騒動に巻き込まれてみよう」
「主様、冒険者登録はこちらです」
ルシアンナが俺の手を引く。意外と細い指先にドキッとしてしまう。今は薄汚れているしガリガリの男装姿だけど、磨けば光り輝きそうな女性に……って、どこから目線だよ俺。
「おいおいルシアンナ。聖者様を主様と呼ぶのか!? それにお前、まさか聖者様を冒険者にするつもりじゃないだろうな!? てか手を繋ぐな! 手を!」
あらあらまあまあダッカス君、もしかして妬いてるのかなぁ? 愛しいルシアンナが俺の手を握ってて嫉妬の炎メラメラなのかなぁ?
「さっきから何なんだよダッカス。聖者様聖者様って」
ダッカスの好意に気付いていない風のルシアンナが憮然とした声で言い返したタイミングで、受付カウンターから「あっ!」という声がした。あら、マドロードさんじゃないですか。
「わざわざお見えに!? 申し訳ございません、ギルマスのゴステロはもう帰宅しておりまして……」
小走りで駆け寄ってきたマドロードさんが聞いてもいないゴステロのことを教えてくれた。
「いや、ギルマスに用はない。冒険者用の道具を買いに来ただけだ」
「それでしたら私がご案内いたしますわ、セツハ様」
お。一度しか名乗ってないのにちゃんと覚えてるなんて凄いなマドロードさん。
「いや名前を覚えていただいている俺が案内する!」
「それならに俺も覚えていただけたっす!」
「主様連れてきたのはオレだぞ!」
「ギルドのことは私の範疇です!」
ダッカスとモルグ、そしてルシアンナとマドロードさんがわいわいと話し出す。その声はシンと静まった冒険者ギルド内に結構響いているので、やたらここだけが喧しい。
やだなぁ。他の冒険者達の冷たい眼差しが俺に集まってる。こういう時、異世界モノの典型的なパターンはウザ絡みしてくるチンピラ冒険者が噛ませ犬的にやってきて―――。
「うるせぇなぁ! 静かにしろや!!」
ほらきた。
ギルドの壁際の窓辺にあるテーブルを囲んでいた冒険者の一人が立ち上がった。
でけぇ。そしてゴツい。さらに髪はボサボサ。革鎧の上になにかの動物の毛皮をベストのように重ね着しているその姿は、まるで世紀末救世主伝説に出てくる悪者みたいだ。こいつが野盗のボスだと言われたら納得できる風体だぞ。
「ほれほれおっさん、次はあんたの番だから! 負けたらがっつり金払ってもらうからね!」
耳の上から角が生えた小柄な……胸だけ異常にデカイ女の子が文句を言うと、チンピラ冒険者はブツブツ文句を言いながらテーブルの上に積まれたなにかをプルプルした指で動かしている。
え、なにやってんの。山崩しゲームってやつ? 俺も将棋の駒でそんなことやってたわぁ。
そのチンピラ冒険者が絡んでくるかと思ったけど、二人は緊張感を漂わせながらの山崩しに夢中で何もしてこなかった。まぁ、何もないに越したことはないんだが、関わらないように注意しておこう。
「そういえばマドロードさん。冒険者じゃないとここでの買い物は三割増しになるって?」
「はい、ここは冒険者のギルドですから加盟者を優遇しております。ですから冒険者には定価の三割引きで提供しているのですわ」
冒険者は定価の三割引き、とマドロードさんは言う。つまりルシアンナが言っていた三割増しとは、冒険者に比べて高いと言うだけで定価以上にぼったくってるわけではないようだ。あのゴステロっていうギルマスならぼったくりそうだなとか思ってごめん。
しかし三割引はデカイな。無料で会員登録するだけで一万円のものが七千円で買えるなら登録するよね?
けど『御館様はどこのギルドにも所属するべきではないと思います。御館様のお力やこの館をいいように利用されてしまうだけです』と俺に釘を差していたキサナの言葉も無視できない。
ヘラヘラと事なかれ主義の日本人気質を発揮していたら、異世界の悪巧みに長けた連中に全て奪われた、なんて展開は望んでないので冒険者登録は諦める。そんなことしなくても十分冒険している気がするからな。
「とりあえず品と値段を見たい。うちにいるミランダの体のサイズに合うテントとコット、あと寝袋なんだけど」
「
「うん。ずっと外で寝泊まりしているからいいものを買ってあげたい」
「さすが聖者様、お優しい……。ではこちらに」
俺がマドロードさんに案内を頼んだように見えたのか、ルシアンナとダッカス&モルグは憮然とした顔をしながらぞろぞろ着いてくる。別に来なくていいのよ?
「こちらのポールテントはいかがでしょう。センターポールが三メテル、横幅は五メテル。材質はレイニードラゴンの皮をなめした布で、持ち運びするには重いのと大きすぎて単身の野営には向かないのですが、テントとしては最高級品ですし頑丈です」
「おいくら?」
「定価で
俺の後ろにいたルシアンナたち三人が「OH……」という声を漏らしている。そりゃそうだ。テント一つがキサナの月給と同じってことは、べらぼうに高いってことじゃないか。
けど、俺は銀貨を数枚持ってきているので買えちゃうんだなぁ。
「じゃそれを買うとして、あとコットと寝袋も」
「ありがとうございます! それとは別にコットと寝袋の間に入れて安眠をお約束するマットはいかがでしょうか。さらにコットの下にグランドシートを敷くと地熱や冷気も防げますし、そこにラグを敷くとまるで自宅のような快適さですよ」
あらやだマドロードさんったら商売上手。じゃあ、いっそのことパリピグループが使ってそうなグランピングみたいに立派なテントにしちゃおうかな!
□□□□□
散財してミランダの門番テントセットを買い込み、それを【無限収納】に収めて「よし、夜の間に帰れそうだな」と満足したその時、冒険者ギルドのスイングドアを吹っ飛ばす勢いで入ってきた人がいた。
全員の視線が入り口に向く。
転がり込んできたのは初老で立派な髭を蓄えて恰幅のいい紳士……、ここのギルドマスターであるゴステロだ。
怪我をしているし、服は泥だらけ。そして裸足……。なにかあったな?
「誰か! 冒険者を! 娘と聖杯が!!」
「落ち着いてくださいギルマス。どうしたんですか」
マドロードさんが駆け寄って冷静に対応する。
「うちに押し込み強盗が! 娘と聖杯を奪っていきおった! 冒険者を集めてくれ!!」
「ですがギルマス。今は後の刻です。今から集めるのは難しいかと。衛兵詰め所には行かれなかったのですか?」
「衛兵は夜に動かん! 明日まで娘が無事とは限らんのに悠長なことを言ってる場合か!! とにかくここにいる者でなんとか!!」
待合所にいる冒険者たちは聞いてないふりをしている。窓際で山崩しゲームを興じているチンピラ冒険者たちも完全に無視していることから「このギルマス、相当嫌われてんなぁ」と思ってしまう。しかしうちの館に入ってこれた事からして、ゴステロは決して性根から悪い男ではないはずだ。
「マスター、聖杯を盗られたのはわかりますが、娘さんはどうして……?」
マドロードさんが尋ねると、ゴステロは「うぅ」と言い淀む。
「娘は聖杯を守ろうと抵抗したからだ。あの子は自分を治した聖杯を命より大事に思っていたし、これは聖者様のものだからと必死に……」
うーん。俺が土産に渡したワイングラスのせいなのか。
あの時マドロードさんが「聖杯には高い治癒効果が付与されています」とか言っていたので、後からうちにある同じワイングラスを【鑑定】してみたら、確かにファルテイア様が生み出した神器と書いてあり、特殊効果:治癒効果(小)とも記してあった。
(小)だから大したことないと思っていたけれど、あんなのでも病が治ったのなら確かに「聖杯」と呼ばれても仕方ないか。
てか、うちのなんの変哲もないただの食器にそんな効果をつけなくても良かったのに……、神様やりすぎ案件だな、これ。
「誰か、うちの娘と聖杯を―――あれ、聖者様?」
ゴステロの縋るような眼差しが俺を凝視したなぁと思ったら、ズササササァ!と足元にすり寄ってきた。
「聖者様! どうかうちの娘を!! 貴方様から下賜頂いた聖杯でやっと病が治ったところなんです!!」
どうにかしてやりたいのは山々だけど俺には日照時間までという制限もあるし、そもそも冒険者じゃないし……。
ダッカス「前衛は任せてください!」
モルグ「斥候と後方支援は任せるっす」
ルシアンナ「オレは第四段位の黒魔術まで使えます、主様!」
三人が俺を見ながらアピールしてくる。これは……やらなきゃダメな流れだよなぁ。
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