第25話「獣王に送ってもらおう」

「近くに現れたあの建物の主か?」

「そうだね。あ、俺の名前はセツハ。よろしく」

「く……くははは! 人間に挨拶されるなど初めてだ。我はグロア。何百年とこの森で―――お主、どうして我が六百年生きていると知っている?」

「ああ、すまん。【鑑定】って能力もあって、調べさせてもらった」

「……そんなバカな」


 大きな犬は驚いている。俺が知っている犬より表情筋が豊かなようで、ちょっとしたカートゥーンアニメのようで面白い。


「生きとし生けるもの、身に付くスキルは一人に一つというのがこの世の常識だ。それをお主は二つ持っているというのか」

「二つどころじゃないかも」


 神に貰った【言語理解】【鑑定】【無限収納】とは別にヴァンパイアの種族特性能力もたくさんある。あれもスキルというのなら、俺は持ちすぎなくらいスキルを持っている。


「それに我が感じるお主の気配、その妖気。我が見てきた不還の森に住む獣王たちのそれよりも強い。強すぎる。我ですら怯えるほど故、化け物だと思った。お主、一体何者だ」


 んー。相手がべらべらと話して回る人間じゃないし、教えても差し支えないかな。


 俺は掻い摘んで自分が異世界から転生してきたこと、神様に力を与えられたこと、この世界で初めての種族「ヴァンパイア」であることを伝えた。


「……にわかには信じられん話だが、信じねばなるまいよ。突然現れたあの建物から感じる神威とお主から溢れ出る妖気がその証拠であろう」

「まぁ、信じてもらうしかないんだけど。一つ分かっているのはあんたを攻撃したりあんたのテリトリーを奪ったりする気はない。俺は近くの街に遊びに行きたいだけなんだ」

「クシラナとかいう人間たちの集落だな? それなら随分方向がずれているぞ」

「えっ、マジで?」

「クシナラはもっと南西だ。お主、森の瘴気に惑わされて自分の巣から見て北西に向かっているぞ」

「危なかった。教えてくれてありがとう」


 動物と日本語でコミュニケーションするなんて、ほんとにアニメみたいでちょっとオラ、ワクワクしてっぞ。けど、ここで時間を潰してしまうと朝になってしまう。早く街に行かなければ。


「それじゃ俺は―――」

「お主に頼みがある」

「へっ?」

「お主ほどの人間なら魔人カーテスを倒せるやも知れぬ」

「……えーと」

「あやつは堕天した神の眷属、つまり天使の成れの果てでな。そもそも生きている次元が違う存在でとても我らが敵う相手ではない。今はどこかに行っているようだが戻ってきたらまた森の者たちを苦しめるであろう。そしていつか必ずお主の館や人間の街にも被害を及ばす。そこで……」

「あー、ちょいと待って」


 グロアは切々と話を切り出してきたが俺は慌てて遮った。


「魔人カーテスならもういない。いや、いないというか、ここにいるというか。とにかくもう悪さは出来ない」

「わからん。どういう意味だ」


 見せたほうが早いか。


「ちょっ、まって……はっ!? また場所が変わってる!」


 無限収納から魔人カーテスを取り出した瞬間、前回のセリフの続きを喋りだす。


「よぉ」

「お前、私になにをした!!」


 三メートルの巨体に比例して巨大なぼいんぼいんばいんばいん揺れる胸に視線を奪われる俺。だって男の子だもの。


「あー。えーと、無限収納に収めた」

「なぁぁぁにぃぃぃ!? 貴様ぁ、あの虚無空間に私を入れたのか!? よく生きてたな私!! 大体それは神の力じゃないのか!? どうして人間風情がそんな大それた力を持っているんだ!」

「煩いなぁ。また入っとくか」

「いや、ちょっとまって! 閉じ込められる前に貴様を消し飛ばしてやる! って、どうして力が出ないんだ!? まさか貴様……。ええい、私の意識を高次元に飛ばして自力で虚無空間から脱出してやるから覚悟してお―――」


 魔人カーテスのぼいんぼいんばいんばいんに名残惜しさも感じつつ、また無限収納に突っ込む。


「……というわけで、魔人カーテスは俺が封印してるんだよね」

「すまん、ちょっとまってほしい」


 グロアはぺたんとその場に座り込んで器用に体を曲げて股間のあたりをペロペロしている。それって猫の仕草じゃないのか?


 俺は犬も猫も飼ったことがないし、目の前にいるのは犬でも猫でもない「マイラ」という生き物なのでどっちも当てはまらないんだけど。


「驚きと恐怖のあまりに漏らしてしまったではないか」

「え、俺のせい?」

「魔人カーテスを封印するなど、どうやっているのか想像もできないことだが、目の当たりにしてしまった……。驚きだ」

「まぁ、そういうわけだから安心して欲しい」

「これは他の獣王たちにも教えてやらんとな。不還の森に平和が戻ったと」

「うん。それじゃ俺は街に」

「うむ。足を止めさせて済まなかった。途中まで我が送ろう」


 グロアはぺたんと寝そべって俺を背中に促した。これは誰もが子供の頃に夢見た「大きな犬の背中に乗って走る」ってアレが出来るのか!? 実際にやろうとしても背骨が痛いし、そもそも犬は人を乗せて走れるような体の作りになっていないから無理なアレ!


 どきどきしながらグロアの背中に跨る。


 うーん。乗り心地は良くない。そして獣臭が酷い。うちのシャンプーで全身洗ってやりたいくらいだ。


「首元に捕まって欲しい」

「あい」

「舌を噛まないように」

「あい」

「では―――【俊足】!」


 どわあああああああああ! スタートダッシュがぁぁぁぁ!?


 グロアはとんでもない速さで森の中を走る。


 高速道路をかっ飛ばす車の車窓から見える標識のように、森の木を視認したと思ったらあっという間に後ろに流れてしまう。


 そして十分もしないうちに俺たちは森と平原の境目あたりに到着した。


「ここをまっすぐ行けば街だ」

「あ、ありがとうグロア。めちゃくちゃ早かったな」

「我のスキル【俊足】があればこの程度の距離は造作もない。それで、お主はいつ頃自分の巣に戻るつもりだ?」

「夜明けより前だな。あ、今度うちで―――」

「わかった。それでは」


 グロアは俺の体に頭を一擦りすると森の奥へと去っていった。うちで体洗わせてって言おうとしたのに、せっかちなやつだ。


 さて、ここからは簡単だ。ちょっと遠いが街はもう見えている。


 街全体を覆っている外壁はばっちり見えているし、所々で燃えている篝火が俺を導いてくれる。まだまだ後の刻は始まったばかりだし、余裕! ―――なんて考えていた自分を呪いたい。


「金目のモンを全部出しな」


 俺、野営していた野盗たちに見つかって取り込まれてる。


「夜更けに不還の森に行くバカはいねぇからこの辺りを根城にしていたが、まさか森から一人でやってくる奴がいるとはなぁ」

「こいつ、いい服着てやがる。なんだこのすべすべな布は」

「身なりからして御貴族様だろうよ」

「ははぁん。こいつ、荷物を持ってねぇところを見ると、護衛とはぐれちまった貴族ってところか」

「いやいや、森の獣に襲われて一人だけ逃されたんじゃねぇか?」

「主を逃がすために犠牲になった護衛たちに黙祷。そして不運だったな御貴族様よぉ?」


 勝手にストーリーが作られていく。


 そして野盗の一人がランタンで俺の顔を照らす。


「さすが御貴族様、いいツラしてやがる。奴隷紋を付けてどこぞのマダムに売り飛ばすってのはどうだい?」

「一応聞くが、金持ってるか? 金を置いていくんだったら見逃してやるぜぇ?」


 銀貨を数枚持ってきてるが、これはミランダの野営道具を買うための金だ。カツアゲされてたまるかコンチキショウ!

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