第24話「不還の森で獣王に会ってみよう」
棺桶からの目覚めを果たした俺は、死後硬直したかのようにカチコチになった体をラジオ体操第二でほぐし、温水とフェイスソープで顔を洗い、パッケージに何も書いていない白い歯磨き粉で歯を磨く。
そして黒一色しかないけどシャツとスラックスに着替え、地下私室のソファに腰掛ける。
満たされてるなぁ、俺。
死んだように生きていた以前と違い、美人の召使いが二人もいるので寂しくないし、日本にいた時と変わりない、いや、それ以上に文明的で清潔な暮らしをしている。
さらに冒険者ギルドから毎月五十万シリルもらえるので金銭的にも余裕ができたし、俺の能力を活かした仕事も今後来るかも知れないので心配は少ない。
ちなみに客人たちを帰した後提示してもらった希望給与は、キサナが一ヶ月二万シリル。ミランダは一万五千シリルだった。安すぎないかと思ったが、この辺りでは四人家族で一ヶ月に一万シリルくらいの稼ぎが普通なので、高給取りの方なんだとか。
こんなに順風満帆で甘やかされた異世界転生があるだろうか―――と考えると、逆に怖くなってきた。
俺に能力を付けて吸血鬼として転生させたイザナミ様や、この世界で衣食住を提供してくれたファルテイア様。あの神々はもしかして、堕落していく俺を見て楽しんでいるんじゃないだろうか。
今生こそは「死んだように生きる人生」ではなく、自分が生きていることを実感できる生き生きとした人生を歩むと決めたはずなのに、館の敷地内から一歩も外に出ていないという体たらく。
日光という天敵がいる限り活動時間と行動範囲が限られるのでキサナが「外は危ないのでいけません」と言う。
じゃあ獣が彷徨いている不還の森があるので「せめてひと狩りいこうぜ!」と言ってみたら「この森の動植物も危険なので駄目です」と一蹴されてしまった。
彼女は「御館様を絶対守るマン」と化している。この世界の常識も何も分かっていない俺を守るためには、この館の中にいるのが一番だということは理解できるけど、俺としてはちょっとメンヘラ入った美人に監禁されている気分になっちゃってるわけよ。
書庫に籠もって未読漫画や小説を読み漁るのもいいけど、こっそりクシラナの街に繰り出してみようかな! 残った銀貨はここにあるので買い物できるし!
俺は銀貨を数枚だけポケットに忍ばせて、キサナに見つからないように館を出た。
「おでかけですか? 行ってらっしゃいませ御館様!」
正門のところでミランダに見つかるのは想定内。彼女は俺を止めたりしないし、彼女にはちゃんと「街に遊びに行ってくる」と伝えておかないとキサナから失踪扱いされそうだからな。
今夜の目的はこのミランダが門前で寝泊まりするためのテントとコット、あと寝袋みたいなやつを新調してあげることだ。彼女の体のサイズに合ったものにしてあげないと、可哀想過ぎる。
この前ダッカスとモルグから聞いた話によると、冒険者ギルドの中には売店があり、そこには各種族に合わせた野営装備も販売しているらしい。そしてありがたいことに冒険者ギルドは二十四時間営業―――この星だと三十時間営業―――らしいので、後の刻でも気軽に行けるそうだ。
俺は館にいるキサナに聞こえないよう、こそ~っと正門を開けて敷地外に出る。
うお?
門の外に出た瞬間、俺を包んでいた「守られている感」がなくなった。気の所為ってやつだろうけど、初めての本格的な冒険に武者震いしてしまう。
目指すはクシラナの街。方向は西。
東西南北は
だって「西から登ったお日様が東に沈む」って歌詞だからな!
……あれ、ちがったっけ。
まぁ、この星と太陽の位置関係や自転の方向を確認しないと、ちゃんとした東西南北はわからない。地球の常識はウーヌースの非常識だという認識はあるからな。
【暗視】で森の中を見渡すが獣が彷徨いている感じはいない。念の為【妖気】を出して獣が近寄らないように気を張りつつ、少し速歩きで森の中を進んでいく。
ダッカスたちの話によると、クシラナの街まで徒歩で二時間弱。往復で四時間も食ってしまう。
後の刻が十時間なので滞在できるのは六時間だが、日照時間を甘く見ると痛い目にあいそうなので、余裕を見て滞在四時間で戻りたい。
しかし舗装されていない森の中を歩くのは危険だ。木の根っこは飛び出ているし地面も隆起しているので「足引っ掛けて転ばせたい」という自然の強い意志すら感じる。
山は静かにして性をやしなひ、水はうごいて情を慰す。という松尾芭蕉の句が脳内をよぎる。今回は
この句で言う「性」は人の心の本体、「情」は人の心の作用を意味していて、静の山に向かえば心そのものがゆったりと養われ、動の水を眺めれば心の憂いが癒やされる、という実にキャンパー向けの一句だ。
それに夜の森は美しい。特に【暗視】ですべてを見通せる俺からすると、まるで幻想的なファンタジー世界だ。
双子月も見えない闇夜なのに木々は青白く光る粉を吐き出し、地面の苔も呼吸するように光って見える。そしてチョウチョやトンボみたいな羽を背負って手のひらサイズの人間……妖精が俺を見て木々の裏に逃げていくが、彼らの羽根から溢れる鱗粉が光の帯のように続く。
こういうの、東京デゼニーランドのアトラクションでありそうだよな。行ったことはないんだけど。
浮かれ気分で森の中を歩いていると、がさっと葉を踏み分ける音がした。
優れた猟師なら今の音だけで相手の大きさを判断できるのかもしれないが、当然俺にはわからない。
だが、鳥肌がスタンディングオベーションしているくらいだから、何かやばいのが近くにいるのは間違いないと本能が教えてくれている。異世界の熊的なやつだったらどうしよう!
「……」
草むらから俺をまっすぐ見ながら出てきたのは、犬だ。
但しでかい。山神様かな?ってくらいでかい。
【鑑定】してみたら、やっぱり犬じゃなかった。
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基本情報
【グロア】
種族:マイラ
肩書:不還の森の獣王
年齢:600
性別:メス
身長:213メテル
体重:105キトン
状態:緊張
ステータス:詳細はこちら
スキル:詳細はこちら
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なんかパチスロみたいな肩書きがついてるぅ!
ステータスを見たら、棒グラフのてっぺんまで白い棒が伸びてるんですけど! キサナの倍くらいあるぞこいつ!!
グロアという名のデカ犬は、俺に飛びかかるでもなくじっと見つめている。威嚇でもなく怯えでもない。ただ、じっと見てくる。
「なんなんだこいつ、化け物か……」
「いやいや、六百年も生きてるお前に言われたくねぇわ」
「なにっ、我らと同じ言葉を解するのか!?」
グロアは驚いたようにひと跳ねして後ずさった。
「あー、俺には【言語理解】って
「言語理解は知っているぞ。だがそれは標準語が浸透していなかった時代に、人間同士が種族を超えて会話できるという能力だったはずだ」
「え、そうなの?」
「標準語が世の中に浸透してからは使い物にならなくなった能力だが、それとこれとは別物だ。発声器官がまるで違う我々が会話できるなど、ありえん」
「できちゃってるじゃんか」
「そうなのだ。ありえないことが起きている」
さすが六百年も生きてる獣王様だ。どこぞのギルドマスターよりも理知的だわ。
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