第23話「ギルマスにお土産を渡そう」
ギルドマスターのゴステロは、自分が背負っていた大きなリュックサックの中から小さな革袋を取り出した。自分の部下であっても女性のマドロードさんに荷物を持たせなかったのは紳士なんだと思いたい。
「これ一つに銀貨が五十枚入っています。約束通りきっちり五十万シリルあるので、これで一ヶ月の間は魔人カーテスを封印してくれ……いただけるのですね?」
ギルマスは俺を「聖者」だと認定したようで口調を改めた。今だったら館の中に入って来れそうな気もするけど、今更なので俺は「わかった」と薄く返答した。
チラッとキサナを見たら強い視線で頷きながら革袋を受け取っていた。完全にここの主導権を握ってるのはこの人狼少女だよなぁ。なんつったって俺が指定したわけでもないのに「家令」だもんな。
「ギルドマスター。当家では物品の鑑定や暗号の解読、言葉の通じない種族との通訳、絶対に盗まれない巨大な貸倉庫業も営んでおります。どこのギルドにも加盟しておりませんが、是非ともご贔屓に」
こんなときにも営業をかけるキサナの肝っ玉に感服する。そしてそれ全部俺の能力を使った仕事なんだけど、暗黙のうちに「働け御館様」って言われている気がして怖い。
「鑑定ならこのマドロードがおりますので」
ギルドマスターはキサナにも敬語を使うようになった。さっきまでは「獣人だ」と蔑んでいたのに変わり身が凄い。
さて。失礼ながら俺と同じ鑑定の能力を持つマドロードさんを【鑑定】してみる。まだ俺の鑑定スキルは段位が低いので大したことは調べられないらしいが、彼女が持つ【鑑定】との性能比べをしておかないと!
「名前はマドロード・エンベローム。種族はハーフエルフ。肩書はエンベローム子爵家三女とクシラナ冒険者ギルドサブマスター。年齢は……凄いな、全然そうには見えないが百十八歳か。性別は女性で身長は172メテルで、体重は……」
「もう結構です! ギルドマスター、この御方は私の鑑定より詳細をお調べのようですわ!」
マドロードさんが顔を赤くしているのは体重を言われそうになったからなのか、それとも年齢か?
「聖者を名乗る御方、聞いてください」
マドロードさんは真剣な眼差しで俺を見ている。ああ、よく見ると少しだけ耳の上部分が尖っている気がする。よくみないとわからないレベルだから全く気にならないが。
「私は強い隠蔽魔術をかけて、どんな鑑定魔術を使われても自分の素性を鑑定できないようにしていたつもりですが、あなたは簡単に見破りましたね? 余程強い解除魔術を使ったのだと思いますが、どういうわけか魔力が使われた波動を感じませんでした。あなたが使われたのは鑑定魔術なのでしょうか?」
「魔術かどうかは知らないが、神様に頂いた【鑑定】という力だ」
「神……信じますわ」
「素直なんだな」
「ええ。私は誰にもエンベロームと名乗ったことはありませんが、それまで見破られましたから。もちろんギルドマスターもどこかの子爵家三女くらいのことしか知りませんので、どうか口外なされませんよう……」
「わかったが、みんな聞いていると思うんだが」
マドロードさんは薄く笑うと軽くスカートをつまみ上げて一礼した。これってカーテシー、だったっけ。
気がつくと俺の周りは勿論、ギルマスも唖然とした顔をして固まっている。
「……なんだ?」
一番俺とマドロードさんの近くにいるギルマスは、目を白黒させて俺たちを交互に見ている。
「大変ご無礼いたしました。私はずっと古代エルフ語で話しかけておりますので、皆さんは受け答えができる貴方様に驚いているのです。確かに通訳も完璧にして頂けそうですわ」
あ、そうなの? 【言語理解】で自動翻訳が掛かるからわからなかった。
「これまでのご無礼を平にお詫び申し上げます、聖者様」
マドロードさんが片膝を落として頭を下げると、慇懃無礼だったギルドマスターのゴステロも慌てて同じ姿勢をとって頭を下げた。俺たちの会話内容はわからないようだが、マドロードのやることに追従したほうが賢明だと悟ったのだろう。そういう賢さは嫌いじゃない。
「そして聖者様のご顕現、誠にお祝い申し上げます」
なるほど、マドロードさんの言葉が普通じゃないのは感覚で理解できた。関東弁関西弁のようなイントネーションの違いではなく、日本語とベトナム語くらいの違いがあるようだ。
「ちなみにエンベローム子爵家はクシラナの街を含む一帯の領主家です。実家経由でこちらで出来るお仕事を見繕いましょう」
「仕事の斡旋、助かる」
「あ、あの聖者様……、大変不敬ではございますが、ご尊名をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「なぜ?」
「流石に仕事の斡旋をするのに相手を【聖者様】と伝えるのはどうかと……」
「なるほど。私はセツハ、だ」
「セツハ様……。今後とも宜しくお願いいたします」
「おい! マドロード! いつまでわけのわからない言葉で喋ってる! 早く冒険者共を呼んで帰るぞ!!」
ギルマスのゴステロはみんなに聞こえるくらい大きな小声でマドロードさんを叱った。
「ゴホン! それではまた一ヶ月後に。それと、仕事の件も私の顔が効く範囲で確認しておきましょう」
ギルマスのゴステロはそう言うと、マドロードさんが立ち上がるのも待たずにランタンを掲げ、スタスタと森の方に歩き去ってしまったが、すぐにタタタタッと小走りで戻ってきた。
「ダッカス、モルグ! どこに行った! お前たちに依頼したのは私達の送り迎えだぞ! ええい、夜の不還の森を私達だけで行けというのか!!」
こいつ、ちょっとおもしろいな。憎めない小悪党感が嫌いじゃない。
「マドロードさんはこっちに入れるんじゃないか?」
「え、あら、本当ですわ」
彼女は見えない壁を通り抜けて館の中に入れた。害意がなくなったからだろう。
「お茶を飲んでいくといい」
「お呼ばれさせていただきますわ」
「ちょ、わ、私は!?」
「ギルマスもこちらに来れるのならどうぞ?」
「うっ……、あ、入れた」
うそーん。この小悪党、害意がないってことなのか?
□□□□□
ギルマスのゴステロとマドロードさんは、うちの歓待を受けて概ね満足しているようだ。
「これほど美味い夕食は初めてだ……。これはなんの肉だろうか。そしてこのワインの芳醇さたるや!」
「このお野菜も瑞々しくて、大地の優しさを感じます。そしてこのコップのキレイなこと……」
肉はいくら使っても消費しない牛肉。ラベルを見たらA5と書いてあったので旨い部分だと思いたい。
ワインもいくら使っても消費しない酒樽からデキャンタに入れたものだが、どういうメーカーの何年ものなのかは知らない。そもそも詳しいわけでもないし、なんとかカレンダーに出てくる港区おじさんみたいに知ったかぶりしてモテたい気質でもないしな。
「野菜はうちの庭で採れたもので、そのワイングラスとコップはファルテイア様が作った物だ」
「ぶっ」
ゴステロはワインを少し吹き出してしまった。
「そ、そうなのかマドロード」
「は、はい、鑑定してみたら確かにキラウヨルグ神の作り給うた神器と……。これは聖杯ですわ!」
「うううう、うそ、だろ。私は神の聖杯でワイン飲んだぞ!?」
「聖杯には高い治癒効果が付与されていますわね。これがあればギルドマスターのお嬢様の病いも治るのでは?」
「本当か!? マドロード、聖者様にお願いして一個売ってもらえないか聞いてみてくれ。私は嫌われているようだが、娘は本当に良い子なんだ。頼む!」
俺、そういうお涙頂戴に弱いから勘弁して欲しい。
「あ、あの、聖者セツハ様。実は―――」
「いいよいいよ。しっかりばっちり聞こえてたから。キサナ、グラスを一つ包んでくれ」
落としても割れないコポリエステル樹脂製の、見た目はガラスにしか見えないワイングラス……。これ一つのせいで、この後とんでもない騒動になるとは思いもよらず、俺は軽い気持ちでギルマスに進呈した。
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