ちょっと冒険してみよう!

第21話「働き口について考えよう」

 キサナが館の中の家政婦メイド役。

 ミランダが庭というか館全体の衛兵ガード役。


 二人はよく働いてくれる。夜から明け方までガッツリ働く。


 休日を取ってくれと伝えても、精々数時間休んでいる程度で丸一日休むことはない。俺からするとそれは「休憩」なんだが、彼女たちはキョトン顔をするばかりだ。


 そんな二人と話をしてみると「労働=生きるために必要なこと」だった。


 これはキャンプに行けばわかるが、テントやタープを建てたり寝具を用意したり、薪を割ったり焚べたり調理したりとかやってると、なんやかんやで時間はあっという間に過ぎる。


 しかしそういった「労働」をしないと寝る場所も飯もなければ暖も取れない。働かないと食っていけないし場合によっては生命の危機に直結するというのが、この世界なのだ。


 きっと地球も近代や中世ではそんな感じだったのだろう。そう思うと、あれだけブラックな職場で毎晩深夜残業していた俺ですら、週一回は休みがあったのでマシだったのかと思ってしまう。


 ちなみにこの世界の年月時は地球と少し違う。

 

 一年は十ヶ月。春雨夏秋冬の五つの四季があり、それぞれの季節が大体二ヶ月で移り変り、今は春なんだそうだ。そして一年は三百日で、一ヶ月は三十日。その一ヶ月は十日ずつで分けられて「前の週」「中の週」「後の週」と言われている。


 一日の時間も切りよく三十時間。これも週と同じで「前の刻」「中の刻」「後の刻」と呼ばれ、前と中に働き後は寝る時間帯らしい。つまり、みんな休日なく毎日二十時間は労働しているのだ!


 残念ながら俺が活動できる時間帯は日没後の「後の刻」、つまり十時間しかない。俺はその中で出来る仕事を探し、収入を得る必要がある。二人も従者を雇い入れているのに、これ以上無給で働かせておくわけにはいかないからな。


 というわけで、書斎にキサナを呼んで「冒険者になろうと思う」ってことを相談した。


 その結果、即否定された。


「いけません御館様。冒険者は他の仕事ができないような者たちが最後の最後にやる仕事です。一攫千金なんて夢見ず、もっと地に足のついた仕事を探しましょう」

「うぐぅ」

「そもそも実績がない冒険者の稼ぎでは私の求める賃金にも満たないでしょうし、ミランダも冒険者としての稼ぎはそこそこあるようです。加えて御館様は体質的に夜しか働けないのですよ? 昼夜問わず働いている冒険者たちでも稼ぎは雀の涙なのですから、あとはお察しください」

「うぐぅ」


 雀がこの世界にいると思えないので、俺が理解しやすいように【言語理解】が翻訳してくれたのかな―――なぁんて現実逃避している場合じゃない。どうやって稼げばいいのかわからないとは情けない。よくある異世界転生モノの主人公は、冒険者や商売人になってとんでもスキルで荒稼ぎしてるというのに!


「じゃあさ、冒険で拾得したアイテムの【鑑定】なんてどうだろう?」

「冒険者ギルドには安値で鑑定する者がいますね」

「【言語理解】で通訳とか」

「冒険者ギルドに限らず、どこのギルドでも標準語が不得手な人のために専門の通訳が雇われています」

「動物とも話せるけど!」

「動物と会話するような状況はそう多くないので、過剰な能力かと……」

「うっ……。だったら【無限収納】ならいけるっしょ!?」

「商人に同行して荷物を全部運ぶとしたら、夜しか活動できない御館様は雇われないかと。貸倉庫代わりにするにしても荷物を預けたり引き出したりするのためには、御館様はこの館に引きこもっていただき、いつでもモノを出し入れできる便利な肉便……いえ、貸倉庫として存在していただく必要があります」

「今、よからぬワードが混ざっていたような」

「気のせいです。そもそも御館様がギルドに加盟するメリットがありません」


 キサナが反対している主な理由は「冒険者なんて底辺な仕事をするべきではない」ってことと「わざわざギルドに加盟する必要はない」ということらしい。


 ギルドとは「一定水準の品質を保ち」「不均等が起きないように価格を定め」「加盟者を保護する」ための組織だ。冒険者の他にも武器ギルドとか薬ギルドなど様々なギルドがあるが、やってることはどこも同じらしい。


「つまり御館様の行う【鑑定】がギルドのものより高い水準であった場合でも、平等な価格帯を守るために高く請求することはできません。通訳も収納もそうです。ですから、わざわざギルドの枷に縛られる必要はないと考えます」

「つまり、ギルドに所属しないで一人で商売すればいい、と?」

「そのとおりです」

「けど、勝手商売してるとギルドから文句言われるんじゃない?」

「そんなことはありません。私も家政婦メイドギルドに加盟しておりませんし」

「そんなギルドもあるのか……」

「はい。私はギルドの設けた水準より高い仕事をする自負がありますし、それに見合った給金を要求します。しかしギルドは仕事の水準を周りに合わせろとか給金も周りに合わせろと煩いのです」

「キサナはメイドだったのか……。で、一ヶ月いくらで雇われるんだ?」

「仕事の内容と規模にもよりますがこの館すべてを一人でやっていくとなると、それ相応の―――あ、もちろん、御館様に請求するつもりはございません。今のところ」

「うぐぅ」


 話しぶりからするとバカ高そうだ。


「本当ですよ? この館の暮らしに、おいしい食事……それはどんな報酬を頂いても代えがたいものですから! なのでお金はいつかできた時に頂ければいいのです」

「いつできるかわかんないけど」

「そこは心配しておりません」


 なんかメンヘラ彼女に監禁されている気分になってきた。


 せっかくこの世界に転生してきたのに、一生城に引きこもる生活ってどうなの。それって死んだように生きていた以前と変わらないんじゃないか?


「失礼します! ミランダです!」


 庭の警備をしているミランダがドアをバァン!と開けて入ってくる。キサナが「ノックしなさい!」と怒るが、黒肌の大女は無視して書斎にズンっと入ってきた。


 毛皮と斧というバーバリアン的な装備はキサナから「この館に合いません」と却下されたので、ミランダはどこにでもある男物の麻素材の服を着ている。キサナは持参した一着のメイド服を着回しているし、やっぱり二人には制服とか支給してあげたい……。


「どうした」


 俺が半分くらい「私モード」になりつつ話しかけると、ミランダは片膝を落として頭を下げた。俺と話す時はいつもこんな感じで『王の前に出てきた騎士』みたいなことするんだよねぇ、彼女。


「冒険者のダッカスとモルグが中の刻にやってきました」


 あぁ、真っ昼間に来たのか。もしミランダが昼からずっと起きているのだとしたら過労もいいところだ。早めに休んでもらいたい。


「後の刻まで待つように伝えました所、屋敷の前で待機しております」

「すまないことをしたな。早く入れてやってくれ」

「はっ! それとダッカスたちはクシラナの冒険者ギルドマスターも同行させているようです」

「ヤバいじゃん!」


 私モード吹っ飛んだわ。それって偉い人だよね!?


「キサナ、歓待の準備を!」

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