閑話 神々のリモート会議 1
―――創世神管理組合謹製仮想空間「ABYSS」にアクセス。
―――神IDをスキャンいたします。
―――リンク完了致しました。
―――「ABYSS」にようこそ、ウーヌースのファルテイア。
「イザナミ、もう来てたの?」
「ええ、先にお茶の準備をしておいたわ、ファルテイア」
創世神管理組合所属、第一級星神「地球担当」黄泉津大神イザナミ、同じく第一級星神「ウーヌース担当」キラウヨルグ神ファルテイア。この二柱の神々は近況報告の交換を行うべく仮想空間でお茶会を催した。
今でこそお互いに
「あら、これって地球の飲み物? 気が利くのね、ありがとうイザナミ」
「どういたしまして。あなたには神にも愛されるマリ◯ージュフレールの高級紅茶を用意したわ」
「ブランドに媚びるような発言はやめなさい。それはそうと、この前イザナミが送ってくれたお笑い番組も面白かったわ」
「どういたしましてファルテイア。ところで『メスガキの使いじゃないんだからね!』も好きだったかしら?」
「えぇ、あれの年末特番が大好き……だけど、イザナミから提案してくるということは、また頼み事があるのかしら?」
「そちらに送った
話をすり替えられたことでファルテイアは眉を少し動かして訝しみ、反撃することにした。
「もちろん。まだ元気よ」
ファルテイアはイザナミが用意したお茶に口をつけて満足気だが、今度はイザナミの方が少し眉を動かして訝しんだ。反撃は成功したのだ。
「まだ、とは? 彼には幸せに過ごしてほしいのだけれど」
「私のせいじゃないわ。イザナミが力与えすぎたせいで、この先どうなるのかわからないという意味よ」
「そんな大層な力を与えたつもりはないけれど?」
「無限収納と鑑定と言語理解は【異世界転生基本セット】だからいいとしても、なんですの、あの
「あら、ヴァンパイアを知らないの? 地球ではポピュラーな人型アンデッドモンスターよ」
「モンスター? しかもアンデッド? 生命と宇宙の法則を乱すような種族を送り込まないでほしいわ」
「もちろんヴァンパイアは人間たちが生み出した空想の産物よ。モンスターと言うより人間の亜種かしら。どのみち地球に実在しているものではないのだけれど」
「実在していない種族を実在させた?」
「そうなのよね。転生システムの調子が悪いのかしら」
「白々しい……。あなたがよくわからないことをしたせいか、彼の身体能力はウーヌース基準で言うと最強種のドラゴン並よ?」
「ああ、身体能力……」
イザナミは思い出したようにぽつりと言うと、おはぎを一噛みした。
「もぐ……。彼を再構築する時にステータスをマシマシにしたから。ごめんなさいね」
「改めて彼のステータスを確認したけど、レッドゾーンに入ってるじゃない。彼をどうしたかったの」
「人の住む次元を超えた存在じゃないから、いいじゃない」
「そうね、許すわ」
ここまでの二人、いや二柱のやり取りは、まったく抑揚のない淡々とした口調で繰り広げられている。南無切葉には優しげに接していたが、それが神同士のやり取りに変わると余計な感情表現は不要なのだろう。
「大丈夫よファルテイア。彼が愚かなら自滅するだろうし、そうでないのならあなたの世界の役に立つはずだから。弱点も多かったでしょう?」
「それもそうね。彼はさっそく魔人を殺さずにやっつけたわ」
「あら素晴らしい」
魔人。
邪心に囚われ人の世に堕天する前は「天使」とも呼ばれていた神直下の元眷属であり、創世神管理組合からは積極的に討伐することを神々に命じている。しかし元眷属ということもあり、神々は魔人討伐に乗り気ではないのだ。
「イザナミはどうしてあの人間……、南無さんに入れ込むのかしら」
問われたイザナミは緑茶でおはぎの残りをこくりと喉に流し込み、今度は煎餅を小さく割って頬張った。
「もぐ……内緒よ」
「ずるいわ。神同士の隠し事は神士協定違反よ」
「では一つだけ教えるわ。彼は最終列車に乗り込むまで大変な仕事をさせられていたの。それに同情したのよ」
「あなたが同情するなんて、一体どんな仕事かしら」
「それはとても
「勿体ぶるのね。それはどんな仕事?」
「彼は殺し屋だったの」
「それはまた凄く特殊事例の人だったのね」
もちろん大間違いである。
それは南無切葉が脳内で思い描いた「私モード」の中二病妄想劇であり、彼自身はしがないIT企業のエンジニアに過ぎない。
しかし幸か不幸か「人が生涯に行った善行と悪行を記録する倶生神」がバグって彼の強烈な中二病設定を記録したせいで、イザナミは事実だと誤認しているのだ。
「しかも彼は、法で裁けぬこの世の悪だけを殺す正義の殺し屋―――と、倶生神の記録に書いてあったわ」
「そんなダークヒーローみたいな人が実在するのね」
「そう。そして可哀想なのよ。彼が悪人を殺したとしても全てが善行とは言えないわ。だって悪人から殺された方の家族からしたら良い人だったかも知れないけど、悪人の家族からしたら敵なのだから。そんな殺しを何度もやれば
「壮絶ね」
「ええ。そんな彼の
「イレギュラーだった、と言いたいようだけど、あなたが長台詞を言う時は必ず何かを誤魔化しているときだと知っているわ」
淡々と話していたファルテイアもさすがに呆れ顔だ。
「それで、どうして彼を私のウーヌースに転生させたのかしら」
「地球にはヴァンパイアなんて強制増殖生物はいないもの」
「うちにもいないわよ」
「地球の人間はウーヌースと違って単一種族だから、ヴァンパイアが実在したら大変なことになるわ。だから、ごめんなさいねファルテイア」
イザナミは悪びれずに言いつつ、今度は軽羹を頬張り始めた。
「星神同士で便宜を図ってくれるのはあなただけよ。私はファルテイアを信頼しているわ」
「いいように使われてるだけのような気もするけれど」
「お礼にお笑い番組を送っているでしょ」
「モノで釣ろうとしないで欲しいわ。もらうけど」
「ありがとう。じゃあ南無さんの件はいいとして、次の件―――」
「他にもあるの?」
「うん……実は……けどこれを言うとファルテイアに迷惑が……もうこれ以上大好きなあなたに面倒をかけられない……だがしかし私一人で抱えるにはあまりにも……ううっ……」
イザナミは瞳に涙を浮かべて俯いた。淡々と話していた状況から突然一変したので、ファルテイアも少しだけ感情的に応答した。
「そんなに言いにくそうにしないで。私との仲じゃない」
「ありがとう。じゃあ言うわ」
顔を上げたイザナミの表情はスンッとしている。潤ませていた瞳の涙はどこへ行ってしまったのか。
「演技派な神なんて良くないと思うわ。それで、次の件とはなにかしら」
「実はまた最終列車に生きた人間が乗り込んできちゃったからそちらにお笑い番組と一緒に送ってもいいかしら。いいわよね。送るわ」
「ちょっとまって。またなの?」
「えぇ。地球では死んだように生きている人間が多いのよ」
「そのザルみたいな仕分けをする転生システムは、早くどうにかしたほうがいいわね。生きてる者を転生させてることがバレたら、創世神管理組合に怒られて、第一級星神からの降格もありえるわよ」
「神代から使っているからそろそろ変え頃ね。それで、受け入れてもらえるかしら」
「……次はちゃんとした人間に転生しているんでしょうね?」
ファルテイアが問い詰めると、イザナミは桜餅を頬張りながらニコッと微笑んだ。
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