第20話「衛兵さんを雇ってみよう」
魔人カーテスよりは小さいが、人間の中では大型人種で、身長は二メートルはある。もちろん俺よりデカイ。
黒鬼人種は鍛えていなくても平均的な人間(ヒュム種が平均値と言われているらしい)より筋肉量がかなり多く、彼女はそれに加えて冒険者として日々鍛えているのでムッキムキだ。
そして種族名の通り黒肌なんだが、これが永久蝋燭の光に照らされているとテカテカ光って実に美しい。
筋骨隆々だが顔立ちは整っているし、胸の脂肪は筋肉にならなかったのねってくらいにボリューミーだし、なんといっても毛皮の下に隠された腰つきがパァン!と張ってキュッ!って上がっていて、ゾクゾクする形を―――。と、とにかく種族は違うけど女性の体って美しいなぁと再確認させられたわけだ。
そんな彼女が「どんな仕事でもいいのでここで仕えさせてください」と懇願してくる。
他の冒険者たちは「おいばかやめろ」と彼女を引き下がらせようとするが、ミランダはびくともしない。かなり強い意志で俺に頭を下げているのが分かる。
どうしよう。キサナにも給金を払っていないのにこれ以上人手を増やすのも……。ここは誠実にちゃんと断るとしよう。
「悪いが君を雇う金がない」
「えっ、ここの品を一つでも売れば一生遊んで暮らせそうな……」
女魔術師のメロウラが、ティーカップとティースプーンをまじまじと見ながら余計なことを言う。
金と青の装飾が施されたそれらは、この世界の神であるファルテイア様が俺の頭の中から「御貴族様っぽい趣味のティーセットのイメージ」を引っ張り出して創造してくれたものだ。
おや……。神様が作ったものということは、神器っちゃあ神器だな。売れるかも。
「金なんていりません! 寝場所は雨露さえしのげれば庭先でも構いません! 食事は不還の森で自分で獲ってこれます! どうかわたくしめをお側に仕えさせてください!」
「なぜそんなに仕えたがるんだ」
「それは……」
ミランダ曰く、大多数の種族がファルテイア様、つまりキラウヨルグ神を崇拝しているのに対して
うーん。聖者信仰とやらの話を深堀りしてみよう。
魔人に困らされた人間たちは神に祈り続けたが、魔人は消えない。だから「神は人の世に直接手を出さないのだ」という想像がなされ、神の使徒であり魔人を倒してくれる「聖者」というのが別の崇拝対象として生み出されたらしい。
どこの世界でも人ってのは勝手なもんだ。自分たちの都合の良い信仰対象を勝手に作っちゃうんだもんなぁ。しかし聖者なんてものを創造したくなるくらい魔人の被害は深刻だということでもある。止めることが出来ない自然災害みたいな扱いのようだけど。
そこでふと思い出したのが【開けるとなんでも願い事を一つだけ叶える箱】だ。
イザナミ様とファルテイア様からそれぞれ一つずつ貰ったアレのどっちか開けて「魔人を滅ぼして」って言えば簡単に事が終わりそう―――。
いやいや待て。魔人よりもっと強い強敵が現れるかも知れないと思うと、気軽に使えない。まぁ魔人を見つけたら無限収納の中に収めてしまえばいいので、必要な時まで開けないぞ!
「御館様。当家には庭の担当がおりません。外敵から館を守る衛兵役も兼ねた人材が必要ですが、いかがですか?」
キサナが助け舟を出してくれた。
「それにこの館全部の掃除は私一人ではとても……」
「そういうことなら。ミランダを雇い入れよう。給金はしばらくは無給となるが、それでもいいか?」
「はい!」
「では部屋は三階の従者用を。他のことはキサナに聞いてくれ」
「はい!」
ミランダが嬉しさが有り余って身を震わせていると、女魔術師のメロウラが「え、じゃあ私も」と便乗してきた。
「あなたは駄目です」
キサナがきっぱりと断る。
んー。館の主導権をキサナに取られてる気がするんだけど気のせいだろうか。
「どうしてよ!」
「当家の品を懐に忍ばせて持ち帰ろうとする者など、とても雇えません」
キサナは大股でメロウラに近寄ると、ローブの胸元にズボっと腕を突っ込み、ティースプーンを引っ張り出した。
「手癖の悪い人ですね」
「こ、これはたまたま胸の間に落ちてしまったというか! あとで返そうと……」
言い訳する女魔術師メロウラの両腕を騎士ダッカスと弓使いモルグが掴む。
「聖者様、私達の責任においてこの盗人を連行し、然るべき罰を与えます! 冒険者資格剥奪と投獄は覚悟しておけよメロウラ!」
「俺の命の恩人の家のものを盗むなんて、最低だぞメロウラ!」
二人の男は本気で怒っていた。騎士はまぁ雰囲気的に怒りそうな感じだが、まだ衰弱状態のはずの弓使いがなにより激怒している。
「あ、あんたら私の仲間でしょ!?」
「それこそ冗談じゃない。ギルドで同じ依頼を受けただけの間柄だ」
「そうだ。それにお前みたいな恩知らずの盗人の片割れだと聖者様に思われたくないね!!」
「は、放しなさいよ!! 雷よ我が身を守り給え!」
「!?」
「!?」
騎士ダッカスと弓使いモルグはバチッという音と共に彼女から飛び退いた。強い静電気かなにかに触れた音だったが、もしや今のが魔法ってやつか?
「東の風吹きて北の雨音が褥を濡らせ、迅雷走りて我が怨敵を打ち払わんと伝説の南の太陽と―――」
メロウラが杖を掲げて何かの呪文を長々と喋り始めた。
「御館様に向かって魔術を!?」
キサナが俺を庇うように立ちふさがったかと思ったら、ミランダは目にも留まらぬ動きで立ち上がり、メロウラのみぞおちに拳をぶち食らわせていた。
「くっ、かはっ……」
呼吸困難になって白目を剥いたメロウラが糸の切れた人形のように倒れると、ミランダは再び俺の前に片膝をついて頭を下げる。
「高速詠唱をキャストキャンセルするなんて、凄い。御館様、やはりこの冒険者は衛兵にうってつけかと」
「お、おう」
今のが高速詠唱?
すげぇ長尺の呪文を唱えてたけど、もしかすると日本語に翻訳されているせいで長ったらしく感じただけで、こっちの言葉では凄い早口で詠唱していたのかもしれない。
そして湧き上がる疑問。魔法と魔術って違うものなのか?
おっと。それはそれとして今はメロウラだ。
「二人に任せる」
俺が「私モード」で会話を遮ると、騎士ダッカスと弓使いモルグは使命を帯びた英雄のような顔つきで頷いた。
「必ずや報いを受けさせます!」
「わが命を賭けて!」
大げさ……。まぁ、中二病的にこのノリは大事にしたいので、俺は無言で頷くだけに留める。
二人がメロウラを抱えると、キサナが門まで見送りに行くことになった。というわけでグレートホールには
彼女とずっと片膝付いて頭を垂れているだけなので、間が持たない。これは話しかけるしかないでしょ。
「冒険者の仕事はどうするつもりだ」
「はっ。冒険者など聖者様にお仕えする栄誉と比べるべくもありません」
「しかし冒険者として稼いでいた額を払えるかどうかはわからないのだが……」
「お金は必要ありません。私がお仕えさせていただく側なのです」
「そういうわけにもいかないだろ」
二人分の賃金、早く稼がないとなぁ。
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