第19話「中二病を維持しよう」
「なんだと貴様―――」
文句を言われそうだったので手を伸ばして意識すると、魔人カーテスは忽然とこの場から消えた。
よかったぁぁぁ! あの巨体を俺は持ち上げられるんだ!?
なにをしたかと言うと、魔人を【無限収納】に収納しただけだ。
生きてるものでもなんでも、俺が持ち上げられるものは格納できるらしいから試しにやってみたんだが、触れてなくても格納できてよかったぁぁぁぁ!!
「ま、魔人カーテスを消し飛ばした……」
腰砕けになっていたおかげで無傷なままの騎士がガラガラ声で言ったあたりで、森の方から獣の唸り声が聞こえてきた。弓使いの握りつぶされた腕から漂う血臭に引き寄せられた獣たちの声だ。
うーん、ここで放置したら寝覚めが悪いな。
「中に入れ」
私が正門を開けても騎士風の男は動かず、ガラガラ声を振り絞るようにして問いかけてきた。
「あなたは、あなた様は、魔人を倒せし者……つ、つまり伝説の聖者様なのでしょうか!?」
「はい?」
思わず素に戻ってしまった。なんじゃい聖者様って。
「いいから仲間を連れてこい。獣の餌になりたいのか」
騎士はいそいそと仲間たちを抱えて門の中に入ったので、俺はスイッチ一つでそれを閉じる。騎士は「触れずに門が閉まる……」と驚いているようだが。
そうこうしていると、館から様子を伺っていたであろうキサナが小走りでやってきた。
「御館様、ご無事でしょうか!」
「私は問題ない。この者たちの介抱を頼む。一人は重傷だ」
「……ここは一体。外とは大違いだ」
騎士は仲間そっちのけで頬当を上げ、庭を見回している。
OH、凄く西洋顔なのねあなた。魔王の指輪をあれする古典ファンタジー映画に出てきそうだわ。
「まるで大聖堂の聖域にでも来たような安らぎを感じる。それに魔神カーテスはキラウヨルグ神がここを作ったと言っていた! まさにここは神域!」
「おい。遊んでいないで仲間を起こしたらどうだ」
慌てた騎士が女二人を起こしている間、私はキサナと一緒に弓使いの砕けた腕を見ている。うへぇあ……、どんな万力で締め上げてもここまでひどい形にはならないだろう。骨は砕けて肉は引きちぎれ、見るも無残で原型を留めていない。
「……」
そういえば、ある映画では「ヴァンパイアの血は万能の治癒力を持つ」という設定があった。それを受けてしまった人間はヴァンパイアになっていたわけだが、俺の場合は眷属化が選択制だった。Y/NでがNを選択すればヴァンパイアになることはない……はずだ。
というわけで、深く考えずに実験。
弓使いの腰にぶら下がっていた短剣を抜いて、自分の親指の平を少しだけ傷つける。痛いからほんのちょっとだけ……。そして血の珠が一滴だけ弓使いの腕に落ちると、弓使いの破壊された右腕は逆再生映像のように修復再生されていった。これはこれで気持ち悪い。
完治したようなので【鑑定】してみたら弓使いの状態は「衰弱」になっていた。きっと腕の再生にかなりの生命力を使ったんだろう。
それにしても俺の血って凄すぎるな! これが世にバレたら血を巡って国家間の争いが起きてもおかしくないし、実験動物のように捉えられる未来しか見えないんだが!
すると、半透明のスクリーンが俺の目の前に現れて「眷属にしますか? Y/N」と出たので、勿論Nをタップする。よし、セーフ!
「キサナ、彼を館に運べ。まだしばらくは起きられんだろう」
「かしこまりました御館様」
キサナはひょいと弓使いの男を肩に担いだ。あらやだこの子、意外と力持ちなのね。
この一連の流れを騎士風の男と筋肉質で大柄な斧使いの女、そしてヒステリックな声を出していた女魔術師の三人は口を半開きにしながら呆然と見ていた。
「お仲間は衰弱している。君たちも当家で休んでいきたまえ」
私がそう言うと、三人は一斉に足元にすり寄ってきた。
「聖者様!!」
だからなんだよ聖者って。
□□□□□
ウーヌースには様々な生き物がいる。
人間に類される様々な種族。
獣に類される野獣、猛獣、凶獣、巨獣。
そして世界に破壊と混沌をもたらす魔獣、魔物、魔人。
魔人は魔獣や魔物といった「堕ちた生き物共」を率いる頂点であり、こうした堕ちた者たちの総称を「魔族」と言う。
特に魔人は、元が神の眷属「天使」だったが、悪しき心に囚われて地上に堕ちたらしく、今でも神を恨んでいるとかなんとか。だから神が作ったこの世の生き物たちを憎み、他の魔族を使役して破壊の限りを尽くすそうだ。
カーテスはこの近隣を縄張りにしている魔人で、俺の館もカーテスが作った前線基地なのかも知れないということで冒険者達が調査にきた―――というのが冒険者達から得られた情報だ。
「しかし館にいた貴方様をひと目見て、その、なんと言いますか魔人だなんてことは絶対ありえないと思ってました! そ、その、イケメンだし……めっちゃお金持ちっぽいし……」
おい、上目遣いで俺を見ながらブツブツ話してる女魔術師メロウラ。お前、「こんな妖気を出す人間なんて見たことないわよ! 魔人に決まってるわ!!」ってヒステリックに叫んでたじゃねぇか。
ちなみに冒険者たちを招いたのは、館の右側にあるグレートホール。そこにいくつも置いてあるテーブルの一つを囲むように彼らに座ってもらい、俺は少し離れたソファにふんぞり返って話を聞いている。そして俺の後ろにはスンッとした表情のキサナが立っている。まさに主人とメイドの図を体現したような感じだよな。
「セツハ様は聖者様ではない、と?」
腕を握りつぶされた弓使いモルグは「けど聖者様なんでしょ?」と言わんばかりの信者の眼差しで俺を見ている。違うっちゅうに。
「そう名乗ったことはない」
俺、今も絶賛「私モード」を継続中。
「よろしいですか? 本物の聖者様が自分から聖者だと名乗るはずがないでしょう。もちろんセツハ様が聖者であられることは間違いありませんが」
キサナは俺の後ろで鼻高々と胸を張っているようだが、ヴァンパイアはモンスターなので聖者とは対局にあると思うんですよね。どっちかって言うと魔人の方に近い気が……。
「聖者セツハ様。貴方様が魔人カーテスを打ち倒したことは、天地神明に誓って必ずや冒険者ギルドに報告申し上げます!」
騎士風でガラガラ声の男―――ダッカスは立ち上がって敬礼する。
きっとこの人達は(キサナも含めて)ウーヌースのこの地方の言葉で喋っているんだろうが、俺には西洋人が完璧な日本語で話をしているようにしか見えない。どういう仕組なのかわからないけど、イザナミ様に貰った能力の【言語理解】って、すげぇなぁ。天地神明なんて言葉も元の言葉に一番近い日本語に変換しているんだろうし。
「とにかく夜も更けた。今夜は泊まっていくがいい。キサナ、客人たちに食事とゲストルームの用意を」
「かしこまりました。ところでそちらの
大きな斧と毛皮が特徴的な、筋骨隆々で長い髪の女戦士ミランダは、立ち上がって俺の前に歩み寄ってくると、一歩手前で片膝を落として頭を低く下げた。
「聖者セツハ様。どうかこのわたくしめを貴方様の下僕に」
冒険者テーブルの残された三人は驚いた顔をして「ガタッ!」と立ち上がった。
「ミランダ、お前は何を言ってるんだ!?」
「冒険者の私たちが聖者様に仕えられるわけないでしょ!」
「俺の腕を治してくだった聖者様に恥をかかせないでくれ!」
彼らは冒険者である自分たちを卑下しすぎのようだが、それがこの世界のヒエラルキーなら仕方ないことだ。
だが、職業に貴賎なしと言うように、俺も人間の価値は職業で決まるものじゃないと思っている。だって神が作った加護の壁の中に入ってこれる時点でこいつらは悪い奴らじゃないのだから。
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