第18話「魔人と戦ってみよう」
いい歳のおっさんになって中二病は完治したつもりだが、異世界転生してヴァンパイアになるという中二病垂涎のシチュエーションになったことだし、ここは一つガッツリあの頃の俺に戻ってみようじゃないか。
髪をくしゃくしゃにして目元を隠し、呼吸を整え、俺は私に成り代わるスイッチを入れた。
「お、御館様……。なんだかご様子が……。こ、怖いです」
キサナが螺旋階段を降りながら、怯えた目で振り返ってきた。
「も、問題ない(照)」
いかーん。まだ恥ずかしい。私になりきるんだ俺!
そういえば種族特性で「妖気」とかいうのがあったな。生きとし生ける者たちを畏怖させる、だったっけ? 「俺のオーラが……」とか中二病時代の妄想を脳内再生していたら無意識にそれを発動させてしまったのでキサナが怖がっているようだ。
あの頃の俺はどうして中二病という厄介な病を発症したのか。それは珍しい自分の名前のせいだ。
「
ちなみにこの名前にどんな意味があるのか親に聞いたら
「南無三!」
「説破!」
という仏僧がやる問答の掛け声からノリで取ったというだけで、そもそも南無三とか説破という言葉の意味も知らなかった。鬼畜すぎるだろ、うちの親。
とにかく。
今の俺は転生し、ウーヌースという世界で新しい人生を歩み出したヴァンパイアの始祖、セツハだ。中二病でいられなくなって世の中に絶望し、死んだように生きていた南無切葉じゃない!
「私の言いつけた通り、館に戻れよキサナ」
塔から下りきった私は、わざと低い声を絞り出して人狼メイドに命令し、かなり斜に構えたようにかっこつけて庭を歩いた。目指すは正面の門だ。
えーと。
あの頃の俺の、いや私のキャラ設定ってどんなやつだった? 闇に落ちた光の戦士で法で裁けぬ悪人を仕置人……そう。なんかそんな感じだった。
恥ずかしながら、脳内で殺した相手は数知れず。
無謀な煽り運転で他所の家族を事故に合わせながら悪びれなかったクズニート。
私利私欲のために無罪の人を犯人に仕立て上げて平凡な一家を破滅に追い込んだ悪徳警官。
いじめで自殺騒ぎが起きた時、知らぬ存ぜぬを決め込んで被害者の方が悪いとまで言い放った学校関係者。
横恋慕した挙げ句に惚れた女を滅多刺しにして逃げた大学生。
人生が上手く行かない腹いせに電車内で無差別殺人を行ったボンクラ……。
そういう世の中に残してはならない悪人だけを殺す、闇に落ちた仕置人―――という設定だ。
あぁ、自分でも鳥肌が立つ。若い頃の俺は死んだほうがいい。こんなだったから同窓会にも恥ずかしすぎて顔を出せないでいるくらいだ。
しかし今は私になりきってこの場を凌がないと。普段の俺があんなゴツい異世界人を相手にしたら、ビクついて話にならないのが目に見えているからな。
『君は自分を偽って生きることが恥ずかしくないのかね』
「黙っていろ。貴様の出る幕はない」
「え、なんですか御館様?」
「ふっ……。なんでもない。君にはわからんよ」
「は、はぁ」
くわぁ、脳内キャラと会話しちゃったのをキサナに聞かれてるぅぅ! 恥ずかしいぃぃぃゃぁぁ。
庭を抜けて正門前まで行くと、すでに冒険者が勢揃いしていた。しかも殺気立って武器を構えているので平和的な訪問ではなさそうだ。
「御用の際はそこを押して家人を呼べと書いてあるはずだが」
私が淡々と言うと、先頭の騎士が低くガラガラの声で応じた。
「字なんか読めるか」
OH……。この世界の識字率は低いらしい。
「こんな建物は昨日までなかったはずだ。あんた、何者だ」
「名乗りもせずに私の名を尋ねるとは無粋な。だが新参者として先に名乗ろう。私の名はセツハ。昨日ここに引っ越してきた者だ」
「昨日!? ふざけたこと言いやがって!」
「夜にふさわしくない大声だな。用件を言いたまえ」
初対面の赤の他人に使う言葉遣いじゃないが、私はこういう人物設定なのだから仕方ない。もちろん内心の俺は恥ずかしすぎて脳内の
門を隔てて騎士風の冒険者と会話を続ける。
相手は四人。人数も多くて武器も持っている。なのにどういうわけかあちらの方がかなり緊張している。もしかしてダダ漏れの妖気のおかげでこっちを恐れているのだろうか。だとしたら悪いことをしたな。
「聞きたいことはたくさんあるが、あんたは、ま、魔人なのか?」
ガラガラ声の騎士が声を震わせる。
「マジン? 私は人間―――」
いや。ヴァンパイアは地球ではモンスターに分類されているから人間ではないな。
「私が人間に見えるのか?」
言い直してみた。
「じ、冗談じゃないわ」
連中の最後尾にいた魔術師風の女が声を震わせた。
「こんな妖気を出す人間なんて見たことないわよ! 魔人に決まってるわ!!」
「貴様にはマジンとやらに見えるのか、この私が」
倒置法! リアルな会話で倒置法! 駄目だ、照れるな俺。今の俺は私だ。
てかマジンってなんですか。魔人ですか? 魔法が使える人って意味ですか? それとも悪魔みたいな人ですか? もしかしてパイルダーオンするやつですか?
その時、双子月を遮るような影が夜空から舞い降りてきた。
「キラウヨルグの気配を辿って来てみたら……。なんだこれは」
トンと門の向こうに着地したのは、身の丈三メートルを超える筋骨隆々の大女で、肌は薄紫色で頭には大きな角があり、背中には蝙蝠のような飛膜。そして体のあちこちに真っ黒で重そうな鎧を着けているというのに、乳房と腰部や臀部はノーガードでそこだけやたら艶めかしい女性さを出しまくっている。
「ま、ま、魔人カーテス!!」
ガラガラ声の騎士がその場にへたり込むと、最後尾にいた女魔術師は溜息をつくような声を漏らして背中からばたーんと倒れた。
「う、うそだろ!!」
弓を持った斥候役の男はすぐさま背中の矢筒に手を伸ばしたが、いつの間にか接近していた魔人カーテスとやらがその腕を掴んでいた。
「ひっ」
ぼきぼきぐちゃ、という耳障りな音がして斥候役の男の腕は握りつぶされた。それがどれくらいの痛さなのかまったく想像できないが、斥候役は意識を失ってだらんと持ち上げられた。
「モルグ!!」
毛皮に包まれた肌黒細身筋肉の―――声からすると女性か?―――が斧で魔人に斬りかかる。だが、魔人の背中から生えたハエトリグサみたいな触手が彼女をパンッと弾き飛ばし、斧使いは軽く宙に浮いて肩から地面に叩きつけられてしまった。
ええと、なんですかこれ。紫の大女、むちゃくちゃ強いじゃないですか。冒険者を助けるべき? だけど俺ごときがこんな化け物と戦えるわけないよな。なんせ俺は
魔人カーテスはうちの外壁に触れ、なにかに弾かれたように手を引いた。
「これはキラウヨルグが作ったに違いない。まだ神の気が満ちている。おい、中にいるお前。あの神がここをお前に与えたのか」
「誰に向かって口を開いている」
バカ! やめて私!
「私の家の前を血で汚したな。貴様はその報いを受けねばならん」
報いを与えられるのは脳内だけだから!
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