第17話「あの頃の自分に戻ってみよう」
次は左の塔に行ってまた螺旋階段を登る。今度は反時計回りになってるな。
キサナは美少女台無しの苦悶の表情を浮かべながら「お、御館様は凄いのですね。わ、わ、私は足が震えてしまっています」と嘆きながらについてくる。
【鑑定】で彼女のステータス画面を見るとやっぱり俺より棒グラフが長いが、俺より体力がないのはどうしてだろうか。グラフの色の違いが関係しているのか、それともヴァンパイアには乳酸がたまらない種族特性があるのか……。
左の塔の一番上にはお寺で見かけるタイプの大きな鐘がぶら下がっていた。釣り鐘の中にも金属片があって、鳴らすと喧しそうだが、鳴らすための鉢はどこにも見当たらないな。
てか、俺のイメージから作り出した館のはずなんだけど、俺の想像する吸血鬼の城にはこんな設備があったのか? 吸血鬼が鐘を鳴らす映画ってあったかなぁ……。
残すは館の裏側にある一番高い塔だが、そのてっぺんには望遠鏡がいくつも置いてあった。
真ん中には天体観察用と思しきバカでかい望遠鏡が……。いやこれ本当に望遠鏡か? 望遠鏡に座席があって座れるようになってるんだけど、まさか映画「エイリアン」の第一作目に出てきた異星人(のミイラ)が座っていたビーム砲とかじゃないよな?
使い方がわからない真ん中のは無視して、四方に設置されている望遠鏡を覗き込む。
「おー、結構な望遠率」
北は大きな湖があり、双子月の光を浴びて湖面が銀色に輝いている。あんな湖の畔でキャンプしたら最高なんだろうけど、朝日を浴びたら死んじゃうので、デイキャンプならぬナイトキャンプを楽しむプランを考えたい。
東は地平線の先までずっと森で、南は奇っ怪な形の山脈がでで~んと聳え立っている。
特に南の山脈地帯にはいつ落ちてくるともわからない浮いてる島がいくつもあるし、その間をドラゴンみたいなのが飛んでいるので怖い。近寄らないようにしよう。
そして西は―――おおっ、街を発見!!
感覚的にはここから十数キロ。歩くとキツそうだが行けないこともない距離だ。
望遠鏡をズームさせてよく見ると、木で作った砦のような外壁があり、西洋甲冑を着込んだ門番もいる。光源はすべて松明みたいだ。
その外壁の中には形が違う様々な建物が密集している。
森の木々や壁に邪魔されてよく見えないが、日が暮れてから結構経つのにたくさんの人が行き交っているのがわかる。賑やかだ。
そしていろんな人種が見えた。俺がよく知る人間はもちろん、スターなウォーズに出てきそうな異形の者たちもたくさんいる。
「これを見ると、異世界に来たって感じがするわぁ」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
俺が感心していると、やっとキサナが上がってきた。
「な、なんですか、この筒は」
「これは望遠鏡と言って、覗くと遠くまで見える道具な。ほれ、見てみ?」
「わっ! すごいですね! クシラナの街が間近にあるようです!」
あそこはクシラナって言うのか。ご近所だから仲良くしないとな。
「あの街は夜でも開いてる店が結構あるのか?」
夜でも人が賑わっているから、居酒屋的な店がたくさんあると思いたいし、遊びに行ってみたい!
「酒場や娼婦宿は夜中まで営業しています」
よぉし! ……と思ったが遊ぶためには先立つ物がない。むしろ、あの街でどうにかして収入を得ないとキサナに給金が払えないので遊んでる場合じゃなかった。働かねば。
「あ。それと、冒険者ギルドも一日中開いているそうです」
「それだ!」
異世界モノの定番、冒険者! 収・入・源!
あれでしょ、序盤は薬草をとってくればいいやつでしょ。いいよー、わかるよー。伊達に異世界モノの漫画やアニメを見てないよー。
ん? 望遠鏡を覗き込まなくても松明の光が森の中をやって来るのが見える。
「御館様、何者かがこちらに向かってきます。おそらくクシラナの冒険者です」
「お客さんか。歓迎しないと」
「えっ!? もしかしてあんな不逞の輩たちを城内に入れるおつもりですか!?」
不逞の輩ランクで言えば、茶色に汚れた白ローブを頭からかぶって顔を隠していたキサナの方が上だったけど、そんなことは口に出さないのが雇い主としてのマナーだ。
「それに暗くてよく見えませんが、間違いなく全員武装しています」
そこで効くのがヴァンパイアの種族スキル【暗視】だ。
どれどれ……。おお、先頭は西洋風のフルプレートメイルを着ている。まさに騎士っぽい。
俺の僅かな知識だと中世時代の甲冑は現代価格で数千万円はしたらしく、それを用意できる財力がないと騎士になれなかったとか……。こっちに来るのはいいトコの金持ちなのか?
その騎士の後ろにはモコモコの毛皮をまとって大きな斧を肩に担いだ長髪の人がいる。暗視を使っても性別はわからない。のっしのっしと大股で歩いているけど、男にしては体の線が細く見えるんだよなぁ。
その二人の後ろにいるローブ姿は間違いなく女性だろう。杖を持っているから、多分RPGで言うところの魔術師か僧侶的な立ち位置だと思う。
それと木々の間にもう一人いた。大きな弓を背負って全員より少し先を歩き、たまにハンドサインで後ろに指示を出している。あれは斥候役だな。
四人は間違いなくこちらに向かってくる。
ここの調査程度なら話し合いの余地はあるけど、略奪者だったら否応なしに戦闘……。はぁ、今生は平和なスローライフを目指そうかと思ってるので、争いごとは避けたいんだが。
「キサナは館の中に戻っていて」
「そんな! 御館様を前に出すなんて戦闘メイドの沽券にかかわります!」
うーん、その戦闘メイドってのがよくわかんないし、女の子になにかあったら大変だ。
「私は大丈夫だ」
そう。争い事になっても私なら問題ない。なぜなら私は生まれてこの方、喧嘩で負けたことがないのだから。
これはヴァンパイアになったから強がっているのではない。むしろヴァンパイアなどという闇に潜む劣等種になったせいで、光に属するこの私の命に関わる弱点が出来てしまい、最強の私を神々が弱体化させたとしか思え―――だぁぁぁ、駄目だ! まだ恥ずかしいと思う自我が残ってる!
思い込め、思いだせ! あの頃の俺……いや、私を!!
渋るキサナの肩を押しながら塔の階段を降りつつ、俺は少し前の「死んだように生きていた自分」ではなく、それよりもっと前の封印した自分を思い出す。
封印した自分―――それは記憶から抹消したくなるほど痛かった中二病時代の俺だ。
臆面もなく自分こそ選ばれた者だと信じ切っていたあの頃。
普段着は全部黒いロングコートと合皮の黒パンツに黒のロングブーツ。黒い指空きグローブも忘れなかったあの頃。
やたら前髪を伸ばして目元を隠し、ニヒルな笑みを浮かべる練習を鏡の前でやっていたあの頃。
同級生からは「お前、先生に親でも殺されたん?」と言われるほど体制に反抗していたあの頃。
自分がモテモテだと信じて疑わなかったので女子にクールな態度を取っていたら「なにあいつキモい」と避けられるようになったあの頃。
喧嘩を売られても俺があまりにも痛かったせいで相手がドン引きして退散したあの頃。
そう―――あの頃の私に戻るんだ!
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